デヴィッド・フィッシャー、金原 瑞人、 杉田 七重 / スエズ運河を消せ トリックで戦った男たち

IDEA・IDEAさんのレビューに興奮して購入。積読してました。
メッチャ忙しくて何も出来ないこの時期になぜか読み始めるw
総評は◎です。小説として★5
そういえばレビュー書いてないけど先日「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド」を読みました。
大人になるにつれて歴史に興味が出てくるもんなんだな、と大学に入った頃から思い始めてたし、「戦争」については、(当たり前?だけど)他人事じゃない何かを感じて、というか日本教育が戦争とは何たるかを教えなさ過ぎたためだと思うんだけど、何か惹きつけられるものがあった。
でも、もともと「戦争」ものを読むつもりは少しもなくて、ただtaguchiさんのレビューを読んで、これは面白そうだと思ったに過ぎなかったんですけど。
実際は、マジックが云々とかじゃなくて、もうこれは「戦争の中で仲間と勇敢に戦った奇抜なヒーローを基にしたややノンフィクションのフィクション映画」でした。
率直に、彼らはスゴいと思う。ハラハラドキドキさせられるけど一応最後には成功する。
で、本当にフィクションなんじゃないかと思うほどのタイミングで、ヒーローの参謀であるフランクが死ぬ。
マジか、と三度見くらいした。実は機内での会話とかが具体的に書かれていたから、奇襲を受けた、と読み進んでも、「ま、生きて帰ってくるんだろう」と思って読んでたので。
よってここで「コレは一応ノンフィクションだけど、やっぱフィクション仕立てなのか」と思った。
マイケルとキャシーが結婚しちゃうのもデキすぎじゃないかとも思ったほど。
まぁ、多少の誇張とか細かい部分や感情描写でのフィクションが混じっていたとしても、
そういう人物たちがいて、一応は、数々の功績があることになっているわけだ。
読んでいて興奮しっぱなしでした。
完全に余談ですが…
昔から、「戦争」ってなんなんだろう、実際はどんなもんなんだろう、と漠然と思うことがよくありました。
日本の教育って、戦争を、「非人道的、残虐、悲しい、苦しい」、みんな苦しい、罪の無い人間がどんどん死んでいく………とにかく、なにがなんでもダメだ。人と人が殺しあうなんて狂っている、ありえない。と教えてきた。と思う。
確かに、それは行き着く正論だし、それを教育で浸透させて、誰に聞いても「戦争はみんなが不幸になるだけだからするべきでない」って口をそろえて応える日本人を育て上げたのはスゴいとおもうし、正しいとも思う。
でも、小学校低学年のとき、国語の教科書に、毎年、夏に差し掛かるあたりに必ず「戦争により悲しい人生を送ったダレダレちゃんのかわいそうな話」みたいなのが載ってて、その話については結果的に必ず「だから戦争なんてダメなのよ」と教えられることに気がついて、なんとなく気分良くなかった。
それは、かわいそうな子の話を読むのが億劫だったんじゃなくて、子供心に、「なぜ人は戦争をするのか、という根本的なところをまったく教えず、ただ怖い、悲しい、苦しい、という印象だけで、ある一定の価値観を組織的に押し付けようとしている」のがミエミエだったからなんじゃないかな、と今になって思う。
結果的に怖くて悲しくて苦しいんだから、どんな理由があっても、戦争ダメだと思わせるのは正しいんだよ、正しいとは思うけど。
でも、「そういう教育をされてきている」ことにまさにしっかり気がついたのは、この本を読み始めたときだった。
戦争がどうやって始まったのかについてはあまり書かれてないけど、
ヒーローが志願する動機や、現場の様子や、わざわざ前線に立ちたがる兵士の気持ちや、それでも普通の生活が続けられるカイロや、権力者たちの動きや。
ただ人が死ぬから悲しいからやるべきでない、とそれだけを言われて教育されてきた自分は、「戦争」と聞くと、条件反射で、戦慄の走る音楽とともにおぞましい死体の映像とか、街が爆撃で火の海になっているさまとか、悲しくて泣き叫ぶ人とか、餓死で死んでいくナントカちゃんのこととか、思い出して、「ダメです」と思っていたことに気付いた。
でもね、こんなに人は文明を持って生きてきたのに、それでも戦争をする。
それを「なぜだろう」という視点が無い限り、単なる「何も知らない平和論者」。
原発についてもまったく同じことが言えると思う。
みんな健康に幸せに生きて生きたいと誰でも思ってる。
でも、なぜそれでもやりたがるか、やらざるを得ないか、意見が対立するのか、それを真剣に考えなくては、
「ひどい、こわい、ありえない」とプラカードをもって前進するだけでは話が進まないだろう。
(まぁ、話し合わずとも数が上回れば、という多数決社会だから数だけ圧倒的ならね、あと権力ね)
問題解決の視点からすると、これはもうありえないのだ。
そんなの人の命が懸かった戦争に必要ない、ってのも正論だけど、
なんとなく、問題解決の視点から見て、その教育はしっくりこない。とくに、「今の時代では」。
論理的に考えろ、とか日本でも言われるようになって久しくて、
それでも、戦後教育の体制からまったく変われないでいる教育では、
いまだに、小学校の教科書に毎年「かわいそうな××ちゃんの悲しい話」が載ってるんだと思う。
これでは論理的に考えるも何も無い。
感情論に訴えかけて答えを刷り込むんだから。
そう思うと、日本の「国語」教育って本当に独特な気がしてきた。
本人の意思の描写がほとんど無いお話を読ませて、「ここで主人公は何を思ったでしょう」って、スゴい教育だ。
文脈云々じゃなくて、「相手のキモチを考えましょう」を鍛えているわけだよね。
相手の感情を常に気にする日本人ならではの教育且つ、それを継続する教育なんだなぁ。
まぁ、これは文化の問題なのでよしあしじゃない。
ただし、論理的な考え方をつける、という、今後生き抜いていくために絶対必要な能力を、
「相手の気持ちをまず考えましょう」教育の中で、排除してはいけないと思う。
熱く語ってしまいました。
ともかく、話としても面白く、いろいろ考えさせられるいい本でした!
















