劉 慈欣 / 三体(Ⅰ)

science - fiction SF三体

言わずとしれたベストセラー。
スケールが大きく、社会や技術の描写もはっきりとしているため、三部作全体で大河SFとでも言えそうです。

日本人含めアジア人作家のSFはなんとなく敬遠していましたが、あまりに当然のように界隈がみんな揃って読んでいたので、そろそろアジア人作家SFデビューをしようということで。

ゴリゴリネタバレしていきます。

“ゲームの世界”と織りなす現代ファンタジーなハードSF

はい。もうタイトルコピーが意味不明な感じになっています。現代ファンタジーでハードなSFって何?

冒頭で大河SFと書きましたが、それは二部作目・三部作目を含めてという話であって、この一作目ではまだ地球と現代に留まったまま話が終結するため大河という雰囲気はありません。

あらすじは…、いや、内容が複雑なのであらすじを書くこと自体が難しいのですが…。
まず文化大革命(1966から10年間ほど中国で起こった権力闘争)で理不尽に父を失った失意の天体物理学者 葉文潔 という女性が登場します。
そしてその後現代、汪淼 という科学者が登場して科学の根底が崩れていくというとんでもない事態に直面していく。と同時に、科学者の間で流行っているVRゲーム「三体」に汪淼も挑戦していくことになる。

ということで、本作では科学の根底が崩れるというショッキングなテーマと、それに向き合っていく中で展開される「三体」という不思議な世界観のゲームが主軸で進みます。

登場人物が多いのですが、一応本作では 汪淼(ワンミャオ) を主人公だと思えば良さそうです。汪淼は一般的な感覚の普通の人で、読み手からするとヒーローというよりは語り部に近いポジションです。
そしてもう一人特徴的なのは 大史(ダーシー) という警官で、彼は主人公をフォローする気のいい兄ちゃん。最後までオタオタしている汪淼と比べると、大史はヒーローに近い肝の座り方。人気があるらしいのもうなずける。

要素が多すぎてなかなか一言でまとめられない超大作なので、もしまだ未読で気になる方がいればぜひ読んでほしい。

ただ、娯楽エンタメ小説として万人受けする感じではないと思います。
まぁそもそもハードSFですから、というのもあるんですけど、人物描写が淡々としていて各キャラクターごとの人間味のある特徴みたいなものがあまり見えないんですよね。
ほとんど全員、頭良くて落ち着いてるんですよ。
いやそんなの個人的には最高なんですけど、物語の登場人物としてはあんまり印象に残らない。情熱的なヒューマンドラマや群像劇、分かりやすい展開が好きな方からするとちょっと退屈かもです。

※第二作目ではスケールが大きくなって大河みが出てきますので、グッとくる場面も多いです。第一作である本作は導入っぽい雰囲気が強め。

以下は、自分用に内容のおさらいをしながら感想です。

物理学は存在しない

物語は葉文潔(イエ・ウェンジェ/ようぶんけつ)の暗い文革時代から始まりますが、続く現代軸では人類にとってさらにショッキングな出来事が起こっていきます。

優秀な科学者が意味ありげなことを言って自殺するなど、どうも科学者界隈で怪しい噂が流れ始めたと思っていたら、超強度ナノマテリアル研究者の汪淼もついにその怪奇現象にぶち当たる。

汪淼がまずぶち当たったのは「自分が撮った写真にだけ謎のカウントダウンが印字される」というホラー。ついには視野に常にカウントダウンが表示されるように。
これ、めちゃくちゃ怖いです。
ここに来て急激にSF感が出てくる。

さらに他の研究者の話では、物理学の基礎の研究基盤となる高エネルギー粒子加速器において、同じ結果が出るはずの実験で、毎回全く異なる結果が出るようになってしまった。

本来、物理学はこういうものと考えられている。
時と場所が変わっても、物理法則は変わらない。
物理法則は、時間と空間を超えて不変なんです。
なのに、実験がそれを否定してしまった。
(高エネルギー粒子加速器の実験で)同一の粒子、同一の衝突エネルギー、同一のパラメーターだったにもかかわらず、違う結果が出たんです。
(中略)
ということはつまり……物理法則は存在しない
科学の根底が覆されてしまっている。
だから茫然自失して自殺までする科学者が出てくる。

なにかトリックがあるに違いないと足掻いた汪淼でさえ、天を明滅させるという芸当まで見せられてやはり自我を失いそうになる。
何かを知っているらしい知人から「研究をやめればカウントダウンは見えなくなる」とだけ言われ、やめてみると、本当にカウントダウンは見えなくなるのだが…。

天の明滅も突然起きたものではなく、事前に宣言して約束どおりに起こされたもの。
これが示すところはつまり、これは超自然的な現象ではない。人類とコミュニケートできる意思を持つ誰かが人為的にわざわざそれをしているのが明白ですね。

と、あとから考えると明白なのですが、読み手は汪淼と同じ視点でそれを見ているので絶望と驚愕で混乱していてそんなことまで発想が及びません。

作中では大史が「警官の勘」で、「科学者に研究をやめさせようとする黒幕がいる」と言い当てる。誰も信じちゃくれないが、と。
汪淼は、彼のその勘と、「飲んで飲んで飲み倒して、寝る」「仕事に行け。研究をつづけろ。」という力強いアドバイスのおかげでなんとか自我を保つ。
そして謎のVRゲーム「三体」もプレイしていくようになります。

*大史がヒーロー説・・・ありまぁす!!

“三体”ってなんのこと?

さて、タイトルとなっている三体、作中ではVRゲームのタイトルでもありますが、結局これは何だったのか。

ゲームは、不規則に来る激しい気候変動のせいでまともに生きていけない「乱紀」という性質を持つ世界で、どうやって世界(そこに生きる人々)を滅亡させずに発展させていくかという内容。
カギは「乱紀」の仕組みを暴きそれに対処する術を見つけること。しかしこれがうまく行かず滅亡を繰り返すことになる。

ちなみにここに出てくる三体星人は、「脱水」して水分を抜くことで冬眠のようなことができるという謎の仕様。

_人人人人_
> 脱水 <
 ̄Y^Y^Y ̄

脱水すると、まるで紙のように扱うことができる様子。燃やしたり、虫に食われて穴が空いたり。
乱紀には脱水して倉庫に押し込んで人口を減らす(冬眠させる)ことで、一部の人間だけで凌いで次の恒紀を待つ。恒紀が来たらお祭り騒ぎで水をぶっかけたり湖に放り込んだりしてどんどん復活させる。
何この設定??? 視覚的に面白すぎない??? 早く映像化よろ!

彼らの特徴としては、割とサクッと人を燃やしてしまう(殺してしまう)ところかな。
処刑宣告を言い渡す場面が多いのですが、言い渡された側も淡々としていて、未練があって抵抗する人はいても「死ぬことが怖い」たぐいの反応を一切しません。
厳しい環境のために絶対君主制で強い統制力が必要だったから残酷な処罰もする、、、、というよりは、シンプルに個人の命は軽めな文化なんだろうなと思います。個人の命より全体の発展。(人類もそういう時代がありましたしね。)

さて、ゲームの中ではプレイヤーはアバターで活動するのだけど、それが秦の始皇帝だとかアインシュタインだとか歴史上の有名人物だったりとかして面白い。
汪淼から見て独特な特徴的なキャラクターとして描かれているのでNPCっぽさがあるんですよね。この辺が現代作品っぽいというか、若干メタ的な?アンソロジー的な?空気がある不思議なワクワク感です。

乱紀の正体は、「太陽が3つある」こと。
互いの重力が特定の形で安定せず決まった動きをしないために、不規則で唐突かつ急激な気候変動が起こるのだということが分かってくる。
これが実際の「三体問題」というものらしい。二つまでなら運動の予測ができるが(ケプラーの法則)、三つになると複雑過ぎて予測不可能になる(現時点ではまだできていない数学上の問題)ということ。
Wikipediaによると以下の通り。
古典力学において、三体問題(さんたいもんだい、英: three-body problem)とは、互いに重力相互作用する三質点系の運動がどのようなものかを問う問題。
(中略)
運動の軌道を与える一般解が求積法では求まらない問題として知られる。

このゲーム、滅亡してやり直すたびに少しずつ発展していくため、「どうやって文化が進んでいくのか」をインスタントに抽象化して咀嚼できる楽しみもあります。
終盤では情報化社会など、結構高度な文明まで発展していく。
1人の人間が旗を振るのを1ビットに見立て、大量の人間を並べて演算をするというフォン・ノイマン型人間コンピュータ<秦1.0>の描写はめちゃくちゃ面白かったです。

ああ、フォン・ノイマンが紀元前に生まれていて権力を持っていたら、もしかしたら同じことをしたのかもしれない!

三体人と、地球三体協会という新興宗教

このゲームはもちろん、娯楽のためのゲームというわけではない。

本当にそういう「3つの太陽」の惑星で滅亡を繰り返しながら発展してきた種族(三体人)がいて、彼らは三体問題に対処するのを諦めて、別の惑星に植民するという手段で安寧を求めようとしている。
そしてその三体人を崇めたりして三体人に通じている地球人の一派が、仲間の選別やスカウトのために作ったのがこのゲーム。

その一派というのが「地球三体協会」で、創始者は冒頭に出てきた葉文潔その人。
彼女こそ、最初に三体世界へ「地球文明の存在や惑星の位置を暴露」して人類の落日を招いた人物です。
そして協会は実際に三体人たちにいわば内通し、地球の情報を流すなどするようになる。

クライマックスでは汪淼たちや警察らがその地球三体協会に乗り込み、彼らがどうやって設立されたのかや、内部で派閥分裂していること、そして三体世界は地球文明に何をして「科学の根底を崩壊」させたのか等が明らかになっていく。450年後に彼らの戦艦が太陽系に到着することも。

地球三体協会は、平たく言えば「現在の人類に見切りをつけた過激派」の新興宗教団体で、派閥があるとはいえ基本的には人類社会に絶望した人たちです。

ただし最初に地球の存在を三体人に知らせた葉文潔は、破壊衝動に駆られて太陽系を差し出した、という感じの人物ではありません。
目的のためには身近な人を殺すことすらある冷徹な人物でもありますが、本人なりの信念があってやっていることで、全てにおいて思慮がないわけではない。(むしろ普通に接していれば非常に優しく包容力のあるおばあさんという感じのキャラで、汪淼もそう感じて接しています。)
高度な技術を持った別の文明なら道徳観念も発展しているはずで、彼らに支配されたほうが人類のため」というのが基本思想でした。
結局、三体世界は地球人類を「虫けら」程度にしか思っておらず一掃するつもりでいることが分かるわけですが。

この葉文潔、物語ラストで亡くなっても、その思想や科学者としての先見性から、第二作でも非常に存在感のあるキャラクターです。


智子(ソフォン)

さて、ハードSF的には「物理学は存在しない」ってなんぞやというところが気になるところです。

葉文潔がいうには、
三体世界はふたつの水素原子核を高速まで加速し、この太陽系に向けて噴射しました。
三体世界はたった2つの陽子によって、来る450年後の邂逅に際して地球の科学がこれ以上発展しないよう、妨害を仕掛けていた。

作中の科学者の説明によれば、マクロスケールでは三つの空間的な次元と時間という四次元しかないが、ミクロスケールでは付加的な七つの次元がある。
つまり基本粒子には11次元の時空が存在している。我々の世界は11次元の世界だということ。

人類は、マクロなレベルで、ミクロ次元を解錠することなくミクロな粒子の操作をする、(例えば火を燃やすなどの化学反応から発電機まで。)ということに関してはほぼ頂点に達しているが、もっと高度な技術発展をする場合はミクロスケールをコントロール出来るようになる必要があるだろう。

それに比べて三体世界は、ミクロスケールを含めて九次元をコントロール出来る技術力に到達していて、陽子をスーパーインテリジェントなコンピュータに改造することにも成功!
そのやり方は、
ミクロ集積回路のエッチングは、マクロスケールの、それも巨視的な二次元平面上でしか行なえません。
したがって、陽子を二次元に展開する必要があります。
陽子を宇宙空間で巨大な二次元平面にして集積回路をエッチングし、そして次元を数段階戻す…。
智子一つだけで次元を11次元に戻してしまうとせっかくエッチングした集積回路が三体人によるコマンドを受け付けなくなってしまう(*内部センサーと入出力インターフェイスがどんな電磁波の波長よりも小さくなるため)。
しかしそれを複数体作って相互作用させれば、11次元に戻しても量子効果を通じてマクロ世界を感知するシステムを構築できる…そしてその量子もつれは距離に関係なく相互作用するため、そのうちいくつかを三体世界に残しておけば、地球に送り込んだ智子から情報伝達も瞬時に行うことができる。

*地球の高エネルギー加速器で智子が衝突すると「智子が増える」の箇所は、結局「増える」のかそれとも「全て再結合して完全修復する」のかイマイチわかりませんでした。訳のせいかな?

この智子を作り上げる過程もかなり面白いです。
陽子を二次元平面に展開する実験が何度も行われては失敗したり、そんなに途方もないサイズの世界になら知性が発現しているに違いないが、それを捻り潰してしまっていいのか等、ここに関しては人類の敵(?)ということも忘れてワクワクしてしまう。

そして地球に送り込まれた智子は、地球の高エネルギー加速器に潜伏し、実験結果を意図的に改ざんして人類を混乱させていた。
人類はミクロ次元の基本構造を研究する基礎研究がこれで立ち行かなくなり、科学技術はこれ以上飛躍的な発展を遂げることはない…。

さらに、汪淼が見せられたカウントダウンと天の明滅。
智子が高エネルギー状態でフィルムを通過すれば感光が生じ、これを高速で繰り返して文字に見せる事ができる。網膜に対しても同様。
さらに智子を二次元に展開すれば地球を包み込んで透明度を調整したりなどもできるから、天の明滅だってできる。

流石にこれを見せられたら奇跡だと思って汪淼が脱力するのも無理はない。

・・・という、負け確の現実を暴かれて、本作は終幕です。
三部作とはいえ、すごい後味!!!


1379号監視員

さて。
SFに限らずファーストコンタクトものというのは、誰かが裏切ったり出し抜いたりという内部のゴタゴタが結果に大きな影響を与えることもよくあります。

しかし本作に置いては、結果的にほとんど意味をなさなかった1379号監視員。

この人は三体世界の、いわゆる「末端現場にいる冴えない監視担当の職員」みたいな人。だけど葉文潔の最初のメッセージを受け取って地球文明を知り、そしておそらく自分が罰せられるとわかっていても、「侵略されるから、応答してはいけない!」*応答すれば位置がバレるため というメッセージを地球に向けて送ってくれた「平和主義者」。

葉文潔はこれを無視するから物語が展開していくわけなのですが、正直この人は人類の他のキャラよりも情熱的な人間味を感じましたねぇ…。

当然この人は処罰されますが、普通に死刑にするのでは罪が軽すぎるということで、地球が滅亡するのをその目で見て苦しめということで放免されて自由の身になります。w

これがね、第二作にちらっと出てきたりしますから。胸アツなんですよ。


要素多すぎなダークファンタジーとも言える

要素多すぎない??????
最近のSFってこういう感じなの????
まあ、私が読んだことのある長編SFって結構偏ってたり昔のやつだったりするからなぁ。

智子とか三体世界とかそれぞれがワクワクするテーマなのに、それが「人類の負け確を暴く」という最高に暗いテーマで進んでいくわけですから、この絶望感とワクワク感が入り混じって、なんとも言えない気持ちになります。
いや、SFとしてはポジティブな方向に面白いんだけど!後味が?!

そして、結構人も死にます。
めちゃいい人そうっぽい葉文潔が結果的に殺人をするのも、まあそりゃ怖いですが、「ナノワイヤーで静かに大量殺戮する」とか、一体何なの・・・・?
これだけ見たら完全にダークファンタジーでしょうよ…。
敵さんを大量殺戮って、普通はかなり盛り上がる注目シーンのはずなんですけど、本作では結構終盤にそんなに長くない描写で静かに終わっていきます…。怖い。


しかし! 物語は三部作です。ここで終わりません。
ラストでは、絶望しかけていた汪淼が大史にハッパをかけられて、もう一度研究を行おうとする描写で終わります。


…あれ?やっぱり大史がヒーローだったんじゃね・・・・・・?


ということで、引き続き第二作目「暗黒森林」のレビューを後日書きたいと思います。

三体
劉 慈欣 (著), 立原 透耶 (監修), 大森 望 (翻訳), 光吉 さくら (翻訳), ワン チャイ (翻訳)