グレッグ・イーガン / 白熱光(Incandescence)

science - fiction SFグレッグ・イーガン

イーガンのハードSF(2008年)。

2017年に文庫で出ているようですが、私は2013年刊の単行本版で読みました。
そちらのほうがカバーがかっこいい。

ストーリーに関する内容はネタバレしています。


難しすぎるけれど、独特の高揚感があるドストレート・サイエンスフィクション

難しいところ(偶数章)は宇宙物理学がテーマで、主人公「ロイ」たちが独自に宇宙の法則を探求する流れが事細かに描写されています。

日本語解説ページの台詞から引用させていただくと、
本書では一貫してこちらの世界の物理の概念と違う形式で力学が展開します。ある現象を新しい角度から見るというのはSFの醍醐味なので、すぐにこちらの物理の言葉に翻訳してしまうのでなく、あちらの世界の物の見方で読んで行くとお徳かもしれません。
ということらしいので、物理や宇宙物理が好きな方や、ある程度理解がある方は解説ページと合わせて解釈していくのが面白いのではないでしょうか。

イーガンご本人の解説ページ(英語)
http://www.gregegan.net/INCANDESCENCE/Incandescence.html
日本語で解説してくださっているページ
https://ita.hatenadiary.jp/entries/0000/01/01

私は物理や数学は苦手ですので、ぶっちゃけ偶数章はロイたちが何を言っているのかさっぱりでした。。
ただ、軌道・重力・遠心力のような話を「発見」していっているのだということだけは分かりますし、それでストーリーラインを追うには十分かと思います。


奇数章は、はるか未来の我々の子孫っぽい主人公「ラケシュ」が出てきて、未知の文明(かもしれない)を調査しに行く話。
世界観の描写もSF好きなら特別なことは無いので読みやすいです。


この奇数章と偶数章、それぞれが「ファーストコンタクトSF」と「宇宙の定理を探求するSF」となっています。
広大な宇宙を数千光年かけて行き来するようなスケールでの「外からの」SFと、小さな星の住人たちが自らの運命をかけて宇宙の仕組みを探求する「内からの」SF。

ファーストコンタクトが面白くないわけないですし、星の運命をかけて定理を探求していくというドキドキは「アルマゲドン」にひけをとりません。


この奇数章と偶数章はそれぞれが1本の小説であってもおそらく成り立っていたと思いますが、これがセットになっている、というところが最後にグッとくるところです。


ネタバレ部分

奇数章「ラケシュ」が調査しに行くのが偶数章「ロイ」たちの世界なのだと、これはもう序盤から分かるわけですが、「出会わないファーストコンタクト」とか書いている方もいらっしゃるように、結局この二人は出会いません。

最初、私は「ラケシュ」→「ロイ」という時間軸で、ラケシュが「ゼイ」に火を着けてはるか未来に「ロイ」たちがスプリンターの重さの地図を見つけた、のかと思ったのですがこれは逆らしい。
そもそも「ロイ」たちの方舟の中心にあるのは「カーブラックホール」で、「ゼイ」たちの方舟の中心にあるのは「中性子星」のため、別の方舟と考えられる。

本作において舞台となる銀河の「バルジ」の中は「孤高世界(Aloof)」と呼ばれていて、ラケシュたちの「融合世界 (Amalgam)」とは一切交流しようとしない謎の存在であるにも関わらず、ラケシュをバルジの中に招いて調査をさせたのも孤高世界だったわけです。

※太陽系が属する「天の川銀河」は「吸いつくされた」と書いてあるので、本作の銀河は別の銀河(アンドロメダへ旅立った人もいると書いてある)。さらに銀河の中心部にはブラックホールがある事が多いらしく、更にそれを取り巻く1.5万光年くらいはドラ焼きみたいな形をしていて「バルジ」と呼ばれる。(無知…)

その「孤高世界(Aloof)」こそがロイたちの子孫だったということ。

星の動きがどういう流れだったのかと言うと、まず「方舟建造者」が生存戦略の一つとして、一次生産者であるロイたちを(おそらく大量に)作り出す。そして近接してきた中性子星(侵入者)に「ヒッチハイク」させる。(そこまでは「方舟建造者」の想定通りだった)
が、さらにその後隕石の衝突か何かで中性子星の軌道から外れ、バルジの中心部へ落ちていきカーブラックホール(ゴーダル・エ・マーカス)の降着円盤で生き続けているのが「ロイ」たちの世界でのちの「孤高世界」ということらしい。

わかりやすいのはこちら。
https://ita.hatenadiary.jp/entry/00000102/p11
※ロイたちの軌跡は、HomeSystemから黒矢印で「Disruption」に向かいそこから「NSD」に向かう青い矢印で下の方の「Ark」
※ラケシュの軌跡はピンクの矢印
※ゼイがいるのは左上の「Ark」


あとがきに記載されている、上記を説明している箇所というのはおそらくここ。ページは単行本版です。

P322 ロイ:
そのときには、なにをするのだろう?
人々の平穏を乱す未来の<放浪者>を片っ端から払いのける?空所を横断する壁を築く?
P363 ハフ:
<放浪者>を通過したら、ぼくたちはハブのまわりに壁を築くべきだ
P400 ハフ:
ハブは危険な場所です。ぼくたちがそこから離れたら、そのあとは二度と決して、だれもそこに近づくことがあってはなりません。
もしこちらへむかってくる人がいたら、ぼくたちはそれを送り返すべきです、


なんでラケシュを呼んだの?

なるほどロイたちが孤高世界の祖先なのですね。

技術は融合世界と同じ、もしくはそれよりずっと高度と思われる「孤高世界」の人たちが、何故わざわざラケシュを呼んだのかについてはよく分かりませんでしたが、自分なりに納得はできました。

作中で、ロイたちが「平和に戻った時、これまでのようにみんなが何も考えなくなる状態に戻ったとしてそれは望ましいことなのか」みたいな問答を何度かしているのと、ラケシュたちによれば「危機に瀕した時に(だけ)知的能力が覚醒するようになっている(過度のストレスは成体の脳に同じ神経構造の発達を引き起こすことができる)」「平和な世代が二~三ダースも続けばもとに戻る」みたいに言っていることから、おそらくラケシュの時間軸では「平和に戻ってしまったので知性(や探究心のようなもの)が低下しいる」のかもしれません。

P390のラケシュの落ちのセリフが、まあ真実なのかなと思います。
ぼくが思うに、彼らはたくさんのことをなし遂げ、たくさんのことを学び、たくさんのものを見たけれど、いま、世界がもはやあたえてくれなくなったものを必要とすることなしに、生きる方法を見つけざるをえなくなっているんだ
たぶん彼らの中にもひとりかふたり、ちょっときみと似ているけれど、現状への不満ではきみに遠く及ばない人がいる。いわば、完全には目をさましていない歩哨だ。
世界が通り過ぎていくのを観察し、そこに少しだけ干渉することさえできるけれど、宇宙がなにか新しいものをあたえてくれるようになるまでは、宇宙とふたたび関わることができない、関わろうとしない

「孤高世界全体の総意としてラケシュに調査を委ねた」と考えるのがSFのセオリーですが、「総意ではなくて一人か二人が勝手にやった」なら、あり得るかなという気がしてきますよね。

孤高世界は高度な文明を持ちつつも、ロイたちからかなり世代を経て、「ゼイ」たちの方舟の人たちのように「決められたことを決められたまますることに一切の疑問も不満も持たない」状態、つまり知的好奇心や探究心が失われてしまっている状態になっていている。けれどゼイのように少しだけそれが開花しかけている人がいて、だけど自分で動くほどではない……。
ちょっと手の込んだアバター(ラール)を作って、融合世界にいる探究心が強そうなやつ(ラケシュ)に、手始めに我々の遠い祖先の姿のままのゼイたちのところに行ってみてもらおうか、みたいな。


ともかくラケシュは迷いが消えたようですし、ロイたちも「うまく行ったから孤高世界として存在している」ということが結果的に分かるということになっていますので、読後感はすっきりしていました。

何より偶数章の「科学で星の運命に立ち向かう」というテーマや、どんどん知識の覚醒がカスケードしていく展開はほんとうに「アルマゲドン」を観ている時のような高揚感でしたね。
どちらかというと自分たちの子孫っぽい「ラケシュ」に感情移入するのかと思いきや、見た目は虫の「ロイ」たちのほうがシンプルに胸熱展開です。
(ラケシュとパランザムのやりとりはまさに未来的で「静」な感じで、これはこれで素晴らしいんだけど少年漫画のような盛り上がりはない。)

その他の雑談

こんなに小難しい話を書くのに、イーガンの人物描写は本当に過不足なく丁寧なんですよね。

感情の描写はけっこうあっさりしている方だと思うのですが、必要な葛藤や悩みや動機はしっかり描いてあって、私がよく言う「共感できない」みたいなのがほとんどありません。

例えばラケシュに関しては、冒頭ラールの話を受ける時、
「何か大きいことをしたいけれど、今どきバックパックで世界一周なんて珍しくもなんとも無いし、僕の好奇心を刺激してくれる何かはないのか」と新宿のマックで毎日友達とグダグダしている感じで、動機も含めてめちゃめちゃ分かりやすいですよね。
そんなイタい感じでは書かれていませんが、要約するとそういう「意識高い系だけどまだ何もしてない若者」です。笑


ロイが「ガルと子供を作りたいと思う」とか「自分の子供が」とか思うところもあっさり書いてあるのですが、だからこそ「子孫やその未来について真心を思考する想像力」や「アイデンティティの目覚め」のようなものを感じて個人的にはグッときました。

さらにザックの死、仲間の死、そしてロイ自身の老いまで描いて、その後の未来を想像させるという。偶数章は意外にも泣けますよ。

(そしてその未来で「知的探究心」が失われた子孫たちがラケシュを召喚し、ラケシュは再び彼らの探究心に火をつけることを決意する、という二重のオチ。美しい…)


そういえばパランザムは現代で言えば「AI」生まれ、みたいな存在っぽいですが、こちらもまた「確かにちょっとDNA生まれとは違うところがあるのかな」とやんわり思わせるキャラになっていてとてもよいです。

「DNA生まれかそうでないか」が、決定的に何が違うのかという話は確か語られていないし、今でいえば「ヨーロッパ人?アジア人?」くらいの違いで、まあ別種といえば別種だけどそれが何?という世界のようで、そういうのをさらっと書くのもイーガンのいいところですね。


正直なところ偶数章が難しすぎて中盤は退屈だったのですが、スプリンターが実際に危機に見舞われ始めたあたりからグイグイ面白くなっていきました。

解説を読んで多少はイメージもできるようになったので、時間があったらぜひ再読してみたい。


白熱光
グレッグ イーガン (著), Greg Egan (原名), 山岸 真 (翻訳)