グレッグ・イーガン / ビット・プレイヤー

science - fiction SF, space 宇宙, novel 小説グレッグ・イーガン

イーガンの短編集。

改めて私は長編のほうが好きかな~と感じましたが、それでもやっぱりイーガン節。
いいですね。



イーガン作品に共通している素晴らしいところのひとつは、描いているテーマが物理法則や現代人の想像している世界の秩序そのものを疑うような内容なのに、あくまでも主人公の生活レベルでの視点で物語が進行するところと思います。
情緒的すぎず、客観的すぎず、絶望も希望も淡々と描いているのに不思議と登場人物が生きている世界の手触り感がある。
同じ特徴を持つと思うテッドチャンは、より情緒的な描き方が上手いと感じるけど、どちらもとても好きです。

一つ一つ感想書きます。
ネタバレしてるかもなので気をつけてください。

七色覚

見え過ぎるようになったらどうなる、という話。
現在の人間の色覚は三種類ですので、それが倍以上になるというとんでもない世界。

単純に世界がどう見えるかという話だけでなく、人工的に七色覚を得た人間が世間でどんな扱いを受けサバイブしていくのか(というか世間はそれをどう受け入れていくのか)がサラッと描かれているところがイイ。

ほんと、世間ってやつは勝手ですよ。

不気味の谷

特定の人間の脳をトレース(特定の有機脳をニューラルネットワークに模倣させる訓練)させた人口脳を持つアンドロイド(バイオロイド)の話。
オリジナルの人間の葬式シーンで物語が始まるのですが、いつの時代もアンドロイドものの主要テーマであるのは「アイデンティティの模索」であるように本作もそれがテーマです。
この「生身の人間の脳を再現」する方法を作中では「サイドローディング」と呼んでいて、後書きによるとゼンデギにも同じ技術が出てくるらしい。

本作は珍しくミステリ風で、既に亡くなっているオリジナルのかつての秘密を探るというノベル的な面白さがある。
SF作品はサスペンスやミステリーの要素が混じっている事も多いと思いますが、イーガンでは珍しいと思うので新鮮でした。

しかしこの作品、かなり読みにくい。
アルジャーノンよろしく主人公の認知がやや不安定であることを書きっぷりで表現してあるのだとは思いますが、個人的には苦手な表現でした。

ビット・プレイヤー

こちらが表題作ですね。
我々の世界とは違う法則らしい世界で目覚めた主人公が、その世界の法則の矛盾に向き合っていく、というイーガン節。
イーガンがよくやる導入で、そして図解が欲しくなるといういつものイーガンです。

その世界は「ゲームの世界」。
いわば主人公はNPCとして存在しているらしい、ということが判明します。
しかしそのNPCたちはなぜか人間としての自我を持っており、現実世界の人間の記憶などをそのままもしくは切り貼りして再現したものなのではないかと本人たちは考察している。
電源切られたり、セーブデータクリアされたら即刻オシマイなのでは?という読者としても不安になる設定ではありつつも、やはり主人公を起点として何とかその世界の法則を見抜いて生き抜こうとする展開となります。

特別なにか解決して終わるわけでもないので、これ長編でやってもよかったのでは?感がすごいなぁと思っていたら、やはり続編があるらしいです。
主人公(サグレダ)は頭も良くて勇気もありあまりにもヒーロー然としているのですが、短過ぎてそれ以上の為人がいまいち分からなかったので。
続編が読めるのが楽しみです。

失われた大陸

珍しくタイムトラベルもの。だけど、後書きにあるようにこれはサイエンスフィクション的な側面よりも、むしろ作者の難民支援的な思想が反映されたもののようです。
難民支援していたのは知らなかったので新鮮でした。

…というのを知ってから読んでしまうと、本当に現代社会の難民支援の暗い部分のただの暗喩であってSFには見えないので注意が必要かも。
個人的には暗喩だとしても面白い短編でした。
暗喩どころか直喩とも言える内容なんじゃないでしょうか。
タイムトラベル(亡命)のくだりは「The kite runner」思い出した。

鯨乗り

来ました、白熱光よりも三年前に発表されている融合世界(孤高世界)シリーズ!
このシリーズの世界は未来の宇宙が舞台。
世界はあらゆる星や種族が互いを受け入れ合って存在していて融合世界(アマルガム)と呼ばれているけど、その一角にまったくなんの反応も示さない(プローブは無傷で送り返されてくる)「孤高世界(バルジ)」と呼ばれる領域がある。

本作は「リーラ」と「ジャシム」が融合世界側から孤高世界にコンタクトを取ろうとする話でした。
「もう死んでもいい」と思うくらいの何かをしたいというリーラと、それに付き合う夫のジャシムが最終的に「自分たちを送り込む(通り抜け実験)」に成功する──という内容。

その続編である白熱光は、この作品の30万年後という設定。
主人公ラケシュとパランザムが未知に向き合う奇数章と、孤高世界のそもそもの始まりを書いた偶数章という壮大なサンドイッチ作品。
私は白熱光を先に読みましたが、こちらの続編だったのですね。感慨深い。

さて、本作は結果的にはファーストコンタクトじみたオチにはなっていないのですが、白熱光でコンタクトが開始されていると考えればリーラとジャシムの功績は言うまでもないでしょう。
それにしても、こういう旅はだいたい2人でさせてくれる、これがハードSFの憎いところです。

孤児惑星

こちらも融合世界(孤高世界)シリーズ。
まだ調査されていない放浪星タルーラを、別々の星から来たアザールとシェルマが調査するうちに原住民とコンタクトし、トラブルに巻き込まれる。

タルーラにはいわゆる太陽がなく、しかし不思議な星で熱源がなぜか星の内部にあるのに地表では四季が存在しており、何らかの人為的な経緯があったものと推測できる。
これを調査しているうちに二人は原住民と鉢合うわけだけど、原住民は政治的な理由で大きく三派に分かれており、多数派である「円環派」には危うく殺されそうになってしまう。
外世界(アマルガム)とコンタクトを取ることにする「外螺旋派」に助けられ、なんとか危機を逃れて彼らを外世界に連れ出すことに成功。

ファーストコンタクトでちゃんとコミュニケーションが成立する上に、技術的な会話がしっかり成り立つという、ファーストコンタクトものにしてはハピネス寄りな展開です。
(まぁそもそも、融合世界はあらゆる種族が平和に共存しているという暗黒森林もびっくりなハピネスな未来感ですし、それが好きで読んでいるのでありがたい話でしかないですが)
そしてどんなにハピネスであっても政治的な問題というのは100発100中で存在するでしょうから、そこの展開はスリリングでよかった。

ただ、個人的には情緒的な描写をもう少し欲しかったかな。
アザールとシェルマの関係性が濃くなるほどの尺が無かったし、アザールの動機づけもグッとくる感じはなかったので入り込めず、正直あんまりワクワク感がなかった。
これが長編になればまた違う感覚になると思うんですけどね。

それと結局のところ熱源の謎ははっきりしてない・・・ですよね?
続編があるのだったらぜひ読みたいところ。