ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア / グッドナイト、スイートハーツ Good Night, Sweethearts(The Starry Rift)

science - fiction SFブレードランナー, たったひとつの冴えたやりかた, 電気羊はアンドロイドの夢を見るか?

10年ぶりに再読。
「たったひとつの冴えたやりかた」に収録された三篇のうちの二作目です。

表題「たったひとつの冴えたやりかた」のレビューはこちら
三作目「衝突」のレビューはこちら

記事は2010年のものをリプレースしました。


全体の構成と世界観

まず、全体の構成と世界観については表題作品のレビュー記事に書きましたのでここにリンクしておきます

この作品では「宙賊」が登場します。
登場人物は全員人類でクローンも登場し、かつ悪者から恋人を救うという展開からしても、SFに馴染みがなくてもとっつきやすいテーマなんじゃないでしょうか。

一作目の「たったひとつの」や三作目の「衝突」はけっこう衝撃的なファーストコンタクトを描いていますから、ちょっと毛色が違いますね。
大変個人的な見解なのですが、ブレードランナーにちょっと雰囲気が似ています。

男の愛と自由とSF

さて、あらすじ。

主人公は生活年齢が30歳ほどの「回収救難官」であるレイブン。
回収救難官とは、おそらく辺境地区などをメインに燃料切れや故障で立ち往生してしまった船を救援したり、難破船などを回収する連邦の役職のようです。
100年前の「最終戦争」に参加していて、「リハビ療法」のおかげで当時のことをいい感じに忘れつつ、自由気ままな自営業者として宇宙空間をいつも漂っている。

そんなレイブンは燃料切れの船に支援をした際、リハビ療法で忘れていたかつての恋人とまさかの再会。
彼女はレイブンみたいに冷凍睡眠を繰り返していたわけではないので、いわゆる整形はしているにしてもツギハギ線がある様子。
でも当時の熱い愛をお互いに全く忘れていません。

さらに、いったん燃料補給が完了した直後、その船が宙賊に襲われたと思われたためもう一度救援に戻ります。
そしてまさかまさか、その宙賊が連れていた捕虜が元カノの孫クローンだった!

記憶はないが若くあのころのままの姿の彼女か、当時の記憶をもっているが老けている本物の元カノか…。言い寄られているわけでもないのにレイブンは勝手に心揺れ始めます。

そして賊の話から、彼らはサルベージ業者の夢である「伝説的な宇宙の宝島」だと思われるところから航行してきたということが判明。「宇宙のあっちこっちには重力の中和点があり、何千年ものあいだに漂ってきたガラクタが、じょじょにそこに溜まり溜まっていく」という噂の。
これはビジネス面からみても、冒険的な意味合いからしてもワクワクしないわけにはいきません。

また、宙賊を制圧するシーン、そしてそのあと形勢逆転されて大博打に出るシーンは刑事モノSFさらながらの本格サスペンス。宇宙船がどうなっているのかや、そのあたりの扱い方についてもかなり詳しく出てくるので緊張感もある。

結局、恋人二人を逃して自分も助かるのですが(賊は死亡)、迷いに迷った末、恋人たちを逃した船に戻らず宝島へ向かう決断をする──。

連邦宇宙の時代、宇宙にいるのは冒険心と志のあるスペーサーだけじゃないのさ

「The Starry Rift」全体が同じ世界線の未来史。
そしてあとがきに「ティプトリーはこの世界線をもっと描くつもりだったのではないか」とあるように、私もやはりそう思います。

宇宙史SFで派手さがあるものは、未知の生命体との邂逅や、それらによるトラブルに直面して解決した人物、社会変革のまっただ中にいた人物などにフォーカスして描かれる事が多いです。それと比べると本作は一介の自営業者のほとんど個人的な話なので、やや落ち着いたトーンではありますね。
「未来史」として色々なシーンを描いている作品群のうちのひとつで、レイブンという(ほぼ)一般人から辺境宇宙を垣間見れる作品です。


男性が言い寄られているわけでもない若い娘(元カノのクローンのクローン)に色々と思う所あるのは、最終戦争とその頃の劇的な恋が呼び起こされるせい。
クローンがこういう形で出てくるのは新鮮でしたね。クローンは一応個人として別の人権を持つとされるのかな?クローンが一般社会でどういう扱いを受けているのかはあまり言及がなかったのですが、そのへんも知りたかったな。

そして結局は冒険心のほうが勝ってしまったというのも、やっぱり宇宙船乗りらしいといったところでしょうか。

ラストの記述は、結局宇宙でずっと冒険していたレイブンはブラックバード号の中で亡くなり、別の回収救難官が船を回収した、ということですかね。宝島は見つかってないんじゃないでしょうか。ここは分かりませんが。

ちょっとブレードランナーみがある件

ここからは小話です。

ブレードランナーといえば「電気羊はアンドロイドの夢を見るか?」を原案としたかの有名な映画(1982年)です。本サイトでのレビューはこちら

ブレードランナーは、刑事が脱走したアンドロイドを捕まえに行く過程でアンドロイドに惚れてしまい、最後は駆け落ちするという大筋です。
ストーリーだけでなくいわゆるサイバーパンクの金字塔として有名で、どことなく暗くジメジメした近未来感が話題となった作品ですね。
この作品は1982年公開で、本作作品群「The Starry Rift」は1985年の作品ですので時代もかなり近い。

書きっぷりに関しては、ティプトリー作品はブレードランナーや原作の電気羊よりも現代風に感じます。
電気羊はサイエンス要素やそれらの細かい描写というのがあまりなく、人間の感情にフォーカスしている感じなのですが、ティプトリーの作品は技術をかなり書き込んであるのと、派手に抒情的な描写はしません。だからでしょうか。

なんとなく似ている雰囲気があると思ったのは「ヒーロー然としてないけどやることはやれる渋かっこいい主人公が、やや暗めの世界観の中で、のっぴきならない恋愛感情に思い悩む」という点。

…いや~似てる。

ブレードランナーの主人公は「駆け落ち」、レイブンは「愛より冒険」を取るわけなので結末は真逆なのですが、そもそもSFで男女の恋愛にフォーカスする作品ってあんまり見ないからというのもあるかも。

もう少し細かく言うと、人物像という意味では「ブレランの主人公」よりもブレランの原作である「電気羊」の主人公のほうが近いと思うのです。電気羊の主人公は刑事じゃなくて賞金稼ぎですし、レイブンと同様に最後に駆け落ちしたりしませんからね。
ただ、恋愛にフォーカスしているのは「電気羊」よりも「ブレラン」だと思うので、作品全体の印象としてはやはり「ブレードランナー」のほうが近い気がします。


以上、「たったひとつの冴えたやりかた」とはまた違った視点から同世界線が楽しめる作品です。