ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア / 衝突 Collision(The Starry Rift)

お気に入り・おすすめ, science - fiction SFたったひとつの冴えたやりかた, 三体

10年ぶりに再読。
「たったひとつの冴えたやりかた」に収録された三篇のうちの三作目です。
私に言語学者萌えなる癖を植え付けた元凶であります。

表題「たったひとつの冴えたやりかた」のレビューはこちら
二作目「グッドナイト、スイートハーツ」のレビューはこちら

記事は2010年のものをリプレースしました。ネタバレしております。


全体の構成と世界観

まず、全体の構成と世界観については表題作品のレビュー記事に書きましたのでここにリンクしておきます

一作目「たったひとつの冴えたやりかた」と同じく、キーワードはメッセージパイプですね。3回の超Cジャンプを経て届けられる録音カセット。
ただしこの作品は三作品の中でも最も古いもので、船の超光速輸送はまだできない時代だったようです。

そして本作では、連邦宇宙から見ると未知の世界<リフト>の向こう側、異種族世界が登場します。
その異種族が「ジーロ」と「ムルヌー」。
ジーロはほぼほぼカンガルーのような生物で、ムルヌーはそこから生まれる謎の生物。

異種族世界<調和圏>では植物が排出するのはCO2で、人間と逆にそのCO2が命綱であり、水が天敵(ガスや塵雲の中から芽生えた生命体らしい)。

「感応者」と「力場」

物語は、20年前に出発した<リフト>横断探測船からメッセージ・パイプが届くところから始まります。
それは「あるはずのない上腕を動かそうとしたり、しっぽを使おうとする」という奇妙な報告。
続いて探測船は異種生命体(ジーロ)の星を見つけます。

副操縦士かつ「感応者」であるキャシーは上陸するにあたり「彼らの姿を真似たほうがいい」と訴え、偽しっぽをつけることに。
そしてジーロの星に無事に降り立った探測船ですが、言葉は通じず、ジーロ側は大した客じゃないとぞんざいな態度。

ここでキャシーは突然「儀式」と叫び、ジーロ側がいそいそと用意した小さな桶のようなプールに自ら顔を突っ込んで溺死。

これはジーロ側に「無事に長旅が終わったら生贄を捧げる」という文化があり、その生贄役は自分の役割だと「感応」していたために、怪しまれないために自ら行った行為でした。。

どうも「感応者」というのは少々霊的ななにかを感じ取る人間のことらしい。
でも「本来しっぽがあるような気がする」類の報告はキャシー以外の全員がしていて、これは適応ではなく「力場」だということが終盤で判明します。
<リフト>などの濃度の低い空間では(比較的)近くの種族たちの感化力が投射されて力場となる!

このあと通訳が出てきて挨拶することができますがジーロ側が騙して人間を捕まえようとし、突然の大雨による混乱に乗じて離陸(逃げる)ことに成功。

ファーストコンタクトじゃないファーストコンタクト

さて、そもそもどうして「通訳」なんかがいたのかという話。あと、なんで捕まえようとしてきたのか。
人類側は人類の言語(銀河共通語)を映像付きで簡単に伝えるトーキー・ブックを渡しはしたものの、そこに入ってない単語さえ知っている様子。

じつは暗黒界の「悪い人間たち」が彼ら<調和圏>のコメノという種族の星をたくさん略奪征服しはじめていて、一部捕まえることができた捕虜から言語を学んでいた。
だから彼らは「人間=憎むべき敵」とみなしていて、人間だとバレたために監禁されそうになったのでした。
暗黒界は「最終戦争後に連邦に入ることを拒んだ、大半がヒューマンの」勢力で、いわゆるならず者が溜まりがちなマフィアのようなもの。まったく迷惑極まりない。


このあとジーロは探測船を追ってくるので人類側は和平交渉のメッセージを送りますが、返ってきたのは「たすけー」という弱々しいメッセージだけ。
罠かもしれないからと自決カプセルを奥歯に仕込み、覚悟してジーロ船に乗り込んだ人間たちは、なんらかのトラブルでCO2欠乏症で意識を失いかけていたジーロたちに息を吹きかけて(文字通り)、彼らを救ってやります。
しかも、衰弱して今にも死にそうなジーロの乗組員を助けてもやる。

でもジーロ側の船長はどうしても人間を信じようとせず、和平交渉に応じようとしません。挙げ句に人間側の言語学担当であるシャーラを人質にとって脅迫。
ジーロは<暗黒界>が仲間種族にしてきたことを知っていますから、目の前の人間がいくら人が良さそうでも容易に折れてはいけないと葛藤があるのも仕方ないのかもしれません。

でも、ここで交渉が決裂したらそこにいる人間が幽閉されるだけじゃなく、<調和圏>VS<連邦宇宙>という銀河レベルの大戦争に発展してしまいます。
人質となったシャーラは「いまここで少しでも交渉に有利になるように」と自決カプセルを噛んで死亡。
これはちょっとズルい気もしますが、ジーロ側の船長はシャーラを殺してしまったものだと狼狽。

さらに最後には実用が開始された人類の超光速救助船が到着し、和平交渉が成立。
連邦基地でよくしてもらったジーロはすっかり気を許して、平和な外交関係を結ぶことが出来たのでした。


言語学者と、活躍する女性たち

さて、ジーロ側の通訳であるジラは、もともとヒューマンの言葉をろくに学ぼうとしないジーロの姿勢に苦言を呈していて、捕虜から言語を学んだのもジラが自ら頼み込んで単身行ったことでした。

人類のようなテクノロジーはなくとも超光速通信を実現していたり、もちろん宇宙船だって当たり前に使って惑星間で異種族とともに社会を形成しているジーロ。はっきり言ってそんな彼らが訪問者をぞんざいに扱ったり言語学を甘く見ていることに違和感を感じるんですが、まあ、そこは突っ込まないでおきますか。

ともかくジラがいなかったらまさに銀河戦争になっているところでしたから、明るく優しく、バイタリティのあるこの若い女性に全<調和圏>民と<連邦宇宙>民が感謝しなくてはいけません。

さらに人類側では、感応者であるキャシー、そして言語学担当のシャーラが「未来のひとびとのために」自ら命を賭したという大博打をしてのけてます。
泣ける名作と名高い「たったひとつの冴えたやりかた」で大きな決断をしたコーティーでさえ、「船にある種子で連邦を感染させないために」という確実な理由がありましたが、キャシーとシャーラは「相手の気持ちを揺り動かす」というかなり曖昧で確実性の低い目的のためにこれをやっている。

そういえば、メッセージパイプの語りは航法士トーランですし船長アッシュも和平交渉で大活躍しますが、細かいけど重要な布石を打ったのは全員なぜか女性です。
作者であるジェイムズ・ティプトリー・ジュニア氏も実は女性で、その名前も男性っぽく見せるためだったらしい。今でもこういうのはありますが、当時はさらにそういう偏見は強かったのでしょう。


まあとにかく、キャラクターや作者の性別はどっちでもよいのです。

私はこの作品のせいで言語学者萌えになったんですよ。分かります???

ファーストコンタクト萌えもここから来てる気もしますが、知的な異種族と「言語」でコミュニケーションを試みるべきだというのがいいんですよ…。

他に大好きな作品はですね、「あなたの人生の物語」です。そりゃそうですよね!


ぶっちゃけファーストコンタクトで言語学者が活躍するなんてのは、言語というプロトコルがお互いに存在していて、かつ敵対的な態度ではない場合にしか当てはまらないし、そもそもそこまで発達している社会なら言語プロトコルの解読と翻訳なんて一瞬(例えば三体とか)という場合もあるでしょうが、「(最終的に相容れなかったとしても)、相互理解と対話からはじめるべきだ」という姿勢が好きなんだと思うんです。

まあ宇宙が暗黒森林@三体だったらそんな事言う前に消し炭どころか宇宙の塵になってるんですけどね…。

ムルヌーという生物

ムルヌーが不思議生物すぎるのでもう少し書いておきます。

ジーロはほぼカンガルーですが、ムルヌーはジーロの未熟版のような生物らしい。ムルヌーはジーロが子供を生む過程で生まれてくる。
まずジーロの雄雌が交尾 → 雄がムルヌーを産む → 雄と雌とムルヌーがそれぞれ交尾 → 雌が子供を産む

う~~んこれは、生物学やってる人じゃないと発想がついていかない流れです。

そしてムルヌーは子供と違って成長しても未熟なままで、しかも子供がある程度育ったところくらいで老いて亡くなる。
ひどい扱いを受けていた時代もあったが、作中の時代では乳母として家族に暖かく迎え入れられ、小さい子供を慈悲深く育ててくれる存在となっている、と。
なんとも都合のよい・・・・・・・そんなのいたら現代では大歓迎ですよねぇ・・・。

で、探測船を追いかけてきて瀕死になったジーロ船から助けを呼んでくれたのも、「生贄」として乗り込んでいた年老いたムルヌーだったわけです。
(ジーロ語も満足に話せないはずのムルヌーがどうしてヒューマン言葉喋れたんやとも思いますが、人間側が翻訳したのかもしれません)

ムルヌーが助けを呼ばなくても、和平交渉の返答が返ってこなかったら人類はジーロ船に乗り込んでジーロたちを助けていたと思いますが、CO2欠乏症ということは早く助ける事が大事ですからね。文字通りこのムルヌーはジーロたちを救ったのでした。


ちなみに生贄については「大霊のもとに還る名誉ある役割」とされていて、プールで溺死したキャシーも恐れていたというより「大霊のもとに還るのよ!」みたいなテンションでしたので、我々が思うよりはカジュアルな死生観のようです。
でもジーロであるカナックリーは「生贄になる可能性が高いからスペーサーになるのを両親から反対された」という下りがありますから、かつての古代ギリシャのスパルタのように「息子はたくさん傷を負って死んだほうが嬉しい!」とまではいかないようです。(もちろんスパルタでも内心悲しがっている親はいたとは思いますが…)

三遍全体について、ティプトリーについて

「たったひとつの」のほうでも書いたのですが、やはり未来宇宙史として書かれていることからも、ひとつひとつの死を必要以上に抒情的に書いてない感はあります。(とはいえ本作ではアッシュ船長たちがかなり落胆するメッセージを残していますが。)
そして女性がかなり活躍する。

本作は1986年の作品で35年前くらいですから「あんまり古くないな」と感じるのですが、このとき作者のティプトリー氏は70歳。
生まれたのは1915年でアイザック・アシモフより5歳も歳上なんですよ。
改めて、慄然とした優秀で勇気のある女性が活躍するこの作風は、ご自身の経験が繁栄されている気がしてなりません。

ただティプトリーは他にも結構作品を出していて、この「たったひとつの」は亡くなる2年前に発表された晩年の作品ですから、もっと若いときの作品を読んだら別の感想になるのかもしれません。

ぜひ他の作品も読みたいですね。

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早川書房、朝倉久志訳、2010年7月15日 20刷。
表紙かわいいよねー。

たったひとつの冴えたやりかた
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (著), 浅倉 久志 (翻訳)