劉 慈欣 / 三体(Ⅱ)黒暗森林

2023-11-06味わい本(じっくり読みたい), science - fiction SF, social 社会, space 宇宙まとめ, 三体



中国初、ベストセラー「三体」三部作の第二作目<黒暗森林>。

VRゲームを通して三体世界のことが明らかになった第一作に続き、本作では「450年後に負け確となってしまった地球人類たちはどうするのか」を描く長編。

絶望の中に一筋の光。
上下巻共に薄暗い空気感で話は進みますが、クライマックスの回収はたまりません。

人類存続の要であり奇策「壁面者計画(ウォールフェイサープロジェクト)」、発展した未来の地下都市、冬眠技術による世代間格差。
引き続きSF要素も豊富ながら、人類(とくに軍人)が数百年に渡ってどうやって「負け確」に向き合っていくのかの描写を含めて、最高にハードSFです。

今回も要素てんこ盛り、しっかりネタバレしていきます。

人類の奇策「面壁者」計画

第一作での主人公格であった汪淼は今回は出てきません。
今回も登場人物が多いですが、主人公は新キャラである羅輯(ルオジー)と、一作目から存在感のあった大史(ダーシー)の二人だと考えてよいと思います。
準主役級が軍人である章北海(ジャン・ベイハイ)でしょうか。

羅輯は、葉文潔の娘であり前作で亡くなっていた楊冬(ヤンドン)の元同級生で、元天文学者で、そして登場時は宇宙社会学者(本職は社会学の教授)。
しかし、ダメな感じのお兄さんとして登場します。
名前もしっかり覚えていないセフレ(ひどすぎる)とホテルでグダグダしているシーン。だが、ホテルを出たところで事故にあい、間一髪助かったと思ったらすぐに大史に拉致される。
それは、国連が新たに組織した「惑星防衛理事会(プラネタリー・ディフェンス・カウンシル/PDC)」から面壁者として任命されるためだった‥。

面壁者(ウォールフェイサー)計画とは、「各常任理事国の選定と推薦を経た四人の面壁者が、それぞれ完全に独立した状態で黙考することで、智子による人類社会の監視をかいくぐって計画の秘匿性を担保しながら、三体世界の侵攻に対抗する戦略計画を立案・遂行する」こと。

ここ!! 突然の壮大なフィクション設定!! 胸熱~~!

まず、三体人は人類が言葉にしたり紙に書いたりなど思考を外部に向けて形にしてしまったものは智子を通じて全て把握できてしまうということ。翻せば、「考えているだけ」のことは三体人には全く分からない。
さらに、三体人は思考が伝達と同時に起こる性質を持っているために「欺く」といった類の概念がない。考えた瞬間に周囲に開示している状態になるから、嘘を付くとかそういうことができず、つまり「相手の真意は別なのではないか」と言葉の裏を考えるといったこともない。

そこで、思考をトレースできない三体人を欺き「なにが真実か分からない巨大な迷路をつくりあげ、敵の判断力を失い、こちらの心の戦略的意図が悟られる瞬間を可能なかぎり先延ばしにする」ために四人が選別された。

権力を持つ特定の誰かが全く外部に真意を語らずに戦略を進めれば三体人を欺けるかもしれない、その誰かというのがPDCの任命した「面壁者」であるという、藁にもすがる思いの計画です。

四人の面壁者

そんな重要人物として選ばれた四人とは。
  1. フレデリック・タイラー(もと米国国防長官)
  2. マニュエル・レイ・ディアス(前ベネズエラ大統領)
  3. ビル・ハインズ(もと欧州委員会委員長の科学者)
  4. 羅輯(冴えない大学教授)
すごい肩書の三人は実績からして妥当と思われますが、羅輯は本人からしても謎な人選。
しかも、任命された時点で「発言が計画の一部ではないと分かる術がない」という前提で接されるために、「辞退したい」と申し出たところで本当の意味で辞退が認められることはない。
面壁者として権力は与えられて入るものの、誰も自分自身の本当の言葉の意味を尊重してくれない、という恐ろしく孤独な状態となります。

ちなみにどうして羅輯が選ばれたのかと言うと、三体人がわざわざ指名で殺そうとしたのが全人類の中で羅輯だけ、という事実があったため。
三体人がなぜ羅輯を狙ったのかは人類側では誰も分かっていないが、三体人が唯一驚異だと判断していることだけは分かる。だから肩書も何も関係なく、賛否両論ありつつも、一か八かで任命されたのでした。

さらに、三体人を相変わらず崇めているETO(地球三体協会)の残党はこれを身を挺して妨害しようとします。妨害というより「真の戦略を暴き、面壁者の意義を消滅させる」こと。
それが「破壁人(ウォールブレイカー)」。

いちいち胸熱設定ですねぇ…。

この破壁人は羅輯以外の面壁者につき一人ずつなので三人いるのですが、キャラクターとしてはほとんど物語に登場しません。
面壁者の対としてETOの残党が常に彼らの真意を暴こうと暗躍している、という緊張感。
そして上下巻を通して本当に順次、面壁者は破壁人に真実を暴かれていわば「負けて」行きます。

逃亡主義

さて、面壁者計画がニュースで発表されようとも、基本的に世間は絶望しています。

汪淼のように研究を諦めずに続ける科学者や勝てると信じようとする軍人がいる一方、「地球を捨てて宇宙へ逃げるべきなのではないか」という逃亡主義が蔓延し始める。
これは資源と技術の問題で、実現できたとしても「一部の人間だけ」になってしまうことがほとんど明白だから。
果たして人類は、種としての生き残りではなく各人の権利の平等性を優先し、逃亡主義を取り締まりの対象とすることとします。

このジレンマ、もしも現実世界が同じ問題にぶち当たったとしたら、やはり同じ結論になるような気がしますね。
特に現在の「個人一人ひとりに人権がある」という倫理の世界では、生き残る人間を選別し、あとは種のために死ねなどという政策が実行できるわけがありません。
そして物語では技術発展がほとんどないまま資源は研究に割かれていき、食料も配給制となっていきます…。


ちなみにSFではよく同様の話題が登場します。
「全員は逃亡できないから、お互いを潰し合うために争いが始まる」というやつですね。
例えばジェイムズ・P・ホーガン / 星を継ぐもの(Inherit the Stars)では、人類の祖先であるルナリアンたちは、住めなくなる母星から脱出しようとして資源を技術開発に全振りしますがうまく行かず、逃亡するにしても全員は脱出できないと悟って二分され、星をぶっ壊す規模で同士討ちして母星をふっとばし、両者共にほぼ滅んでいます。

現在は地球上に80億人近く人間がいますしね。
他の作品でも、緊急時に船に人が殺到して「勝ち逃げ許さん」勢がそれを撃ち落とすとか絶望的なシーンがあったりします。
そういえばタイタニックでは、救命船(主に女と子ども)を船内に残った人が攻撃したみたいな話は確かなかったですよね。でもそれは危機の認知と実際の危機が同時に来たからであって、もしも「じっくり話し合う時間があったのだとしたら」、だまし討ちや殺し合いが発生していたのかもしれない、と思ってしまいます。

さらに本作では終盤で結果的に逃亡状態になる戦艦が出てきて、「逃げた後に」その戦艦たちが直面する問題を通してなにがどうシビアなのかが具体的に描かれています。
逃げても、逃げなくても、どちらも辛い現実。。

それでは、作中の肝となる面壁者の計画をそれぞれ見ていきましょう。

面壁者たちの計画

1、フレデリック・タイラー

彼はそもそも軍事の専門家ですから、かなり純粋な計画をたてます。

表向きの計画

メガトン級のスーパーボム(水爆)一基を搭載した小さくてすばしこい宇宙戦闘機の編成を用いて、三体艦隊に特攻させる

本当の計画

【蚊群編成計画】
信念深いETO(地球三体協会)に秘密裏に取り入り彼らに戦力を与えて、終末決戦のその時、まずは人類の宇宙艦隊を殲滅させる。
そして投降の手土産として大量の水を献上するために三体艦隊に近づいたところで、タイラーが操縦を奪取しゼロ距離で特攻させる。


いわば、人類の宇宙艦隊を生贄に差し出すという感じですね。
彼はそれを破壁人に暴露されたことで耐えられなくなり、ETOで追求される前に、最後に羅輯を訪ねてそこで身投げしてしまいます。。

この人は最初に計画を暴かれる人物で、戦略もシンプルですし上巻で亡くなりますので、まあちょっと噛ませ感ありますよね。破壁人がどれだけ重圧かつ孤独なのかということも示してくれました。

2、レイ・ディアス

この人は実在の人物であるベネズエラ元大統領「ウゴ・チャベス」の継承者という設定で、「二十一世紀の社会主義」を推進し繁栄させた人。
アメリカの軍事介入も戦略的に勝ち越し、ハイテクを活用することにも長けていて、弱者が強者に打ち勝つという象徴であり英雄。
まさに適任という感じです。

表向きの計画

水星に核爆弾(恒星爆弾/水素爆弾)の発射基地を作り、人類最後の砦とする。→シミュレーションを行えるコンピュータができるまで一度冬眠。
そのために水爆実験を水星の地下で行いたい(採掘の手間が省けるため)。
必要な水爆の数は少なくとも百万発。

本当の計画

【水星連鎖反応計画】
百万発の水爆を水星で爆破させると、公転速度は減速し太陽へ落下する。
水星が衝突した太陽では対流層に穴が空き、放射層にある大量の抗生物質が宇宙に吹き出し…これらが増加してどんどん太陽系の惑星を飲み込んで行く、つまり生命と文明という観点では三体世界よりさらに過酷になる。
これを盾に三体人に降伏を強要する(*三体人は他に入植先がないから、実行されてしまったら人類もろとも共倒れとなってしまう)。
更にその手段として、自分の命が危機に晒されたら水爆を起動するというデッドマン装置を使って実行予定───。


レイ・ディアスは太陽系を人質にとって交渉するという策略だったわけだ。
それが暴かれてしまったためPDCからも追求されるのだけど、面壁者の性質として流石に罪には問われなかった。
でも破壁人に暴かれた時点でおそらく彼はもう自分の計画と人生に見切りをつけていて、最後にブラフで改造した携帯を「自分の心拍と近く(の水爆)にリンクしている」と脅して去っていった。

そして祖国にて、期待を裏切られて暴徒と化した民衆に石を投げられて撲殺される…。


3、ビル・ハインズ

この人はイギリス人紳士で脳神経科学者、革新的すぎてノーベル賞からは漏れたが、欧州委員会委員長も努めたことのある人物。
大脳のメカニズムは分子ではなく量子レベルの活動であることを発見し、妻の山杉恵子はそれを健忘症や精神疾患へ応用したことでノーベル賞を取ってます。

*ところでアメリカ人がゴリゴリの軍人で、イギリス人は神経質な紳士で、中南米は褐色の戦略家って、ステレオタイプすぎてほんと笑えますw やっぱみんなそう思うんだなっていう笑いです。

表向きの計画

大脳の思考活動を観察、何かを考えている時の神経活動をコンピュータ上で再現できるように。→コンピュータの発展を待つために一度冬眠。
研究の結果、偶然にも精神印章(メンタルシール)と呼ばれる信念強制植え付け機が完成。
それで軍人に「戦争に必ず勝利する」という信念を植え付け、人類知性の向上に賭ける。→もう一度冬眠へ。

本当の計画

実はハインズ自身が敗北主義でありひいては逃亡主義であったために、メンタルシールは「戦争に必ず負ける」という刻印になっていた。(*マイナス記号を一つ足しただけで仕組み自体は複雑なので誰も気が付かなかった)
つまり、敗北主義を浸透させて、逃亡のための計画を考える方にシフトさせよう、という計画と言えるでしょう。


さて、ハインズについては破壁人がはっきりしていて、妻の山杉恵子でした。
ハインズは精神印章技術が成功してからもう一度長い冬眠に入っていますが、約170年後に夫婦で目覚め、メンタルシールなぞなくとも技術が発達してほとんどの人たちが勝利を確信している時代にあって、山杉恵子に律儀に暴露されます。

羅輯を除いて全編通してロマンスな描写があったのはこの夫婦だけでしたが、それは山杉恵子が夫の破壁人だったからなのでした。。
ここまでお互いの真意を隠せた夫婦というのもすごいですね。

ハインズは、正式な手続きで導入した刻印機のほか数台を極秘に使用し、それを託してネズミ講的にいわば「敗北刻印族」を増やしていた。
つまり、どこにあるか不明の刻印機が複数台存在する可能性があるということ。
でもその形跡が全然が見られないということは、頑固な敗北主義者はしたたかに逃亡計画を進めているのではないか…。


4、羅輯

さて肝心の羅輯はちゃんと役割に向き合うのを早々に諦め、「妄想上の恋人」を探して連れてこさせて美しい自然の中で隠居生活を開始。
でも周囲からは「それが計画の一部ではないとどうして分かる?」理論によりしばらくはただただ幸せに暮らします。

妄想の描写については、けっこうヤバめなガチ具合で、しかも結構ボリュームを割いているので、「この妄想力や妄想彼女が面壁計画に関係してくるんだろうか…?」と思わずにはいられないのですが、結論! 全然関係ありません!!
ほぼ妄想通りの完璧な女性を面壁者特権であてがわれて、しかもちゃんといい感じに愛し合う夫婦になるという、なんなんだこれは? という展開なのですが、とにかく、あまりに何もしていないことを流石にPDCは問題と考えて、その愛する妻と娘を冬眠させてしまいます。
「終末決戦の日まで待ってる」と書き置きさせて、愛する二人を人質に取ったわけですね。
羅輯が何もしなければ愛する二人は終末決戦で無残に死んでいく可能性があるわけですから。二人を救いたいなら向き合えと。

PDCちょっと汚いんじゃないの?という感じでもないんですよね。自業自得。
だってその女性は「面壁計画のために」羅輯の所に呼ばれたのであり、羅輯を慕う気持ちは本当だとしても、純粋な気持ちとして面壁者として頑張って欲しいわけです。
羅輯本人にも「君が幸せになることも面壁者計画の一部だから、幸せになることだけを考えて好きなことをすればいいんだよ」とか言われているわけですし。
「面壁者計画の一部として」来ているわけですから、己の欲望のためだけに権限を行使して君を囲っているんだなんて、シンプルに彼女を裏切っていることにもなりますよねぇ。。

ということでようやく向き合うことになった羅輯。
向き合ってからはいたって真面目で芯の強い、いいお兄ちゃんになります。

表向きの計画

羅輯自身、そして他の全ての人間がなぜ羅輯が三体人に狙われたのか分かってない。
そしてETOも「羅輯だけは三体人と直接対決する」と何故か分かっているようで、破壁人がついていません。
女侍らせて隠居してただけなので、表向きの計画も無いです。
しいていえば「何もしてない」と見せかけるという計画、と言えなくもないでしょうかね。

本当の計画

羅輯はかつて葉文潔と会話した内容が「狙われた理由」なのではないかと気付き始める。
そう、羅輯はまだ存命中の葉文潔と、楊冬(葉の娘で羅輯の元同級生)の墓の前でかつて言葉を交わしています。
その内容は宇宙社会学について。
葉文潔は言葉少なにキーワードを全て伝えて去るのですが、これを羅輯はのちのちしっかり理解している。
ただしその内容を明確に論文等で外に向けて出してはいないのか、重視されず埋もれているのかで「理解している人間は羅輯だけ」だから狙われたんだ!と得心します。

それが暗黒森林。*後述

そしてそれを実証するために「呪文」を発射、ほぼ同時のタイミングで「遺伝子誘導ミサイル(遺伝子を識別して攻撃をしてくるため本人以外には軽い風邪くらいの症状しか出ないが感染力が強い)」に狙われて瀕死の状態に。
治せる技術がある未来まで冬眠に入ります。
*ちなみにほぼ同時期に、大史も白血病によって冬眠に入ります。

約200年後の世界

ハインズは精神印章の結果を待つために、そして羅輯は病気に罹ってしまったため長期冬眠に入った。
そして目覚めた200年後は、彼らが想像したよりも発展して「三体艦隊に大勝できる」とほとんどの人たちが信じている「いい時代」となっていました。

どんな世界だったのか。ここもSFの醍醐味なのでまとめます。

地下都市

まず、人類は終末決戦に備えて地下に都市を建造しました。
巨大な地下空間を縦断するように、いわば蟻の巣のように太い幹から枝が分かれ沢山の葉が各住居となるという構造。
移動はエア・カー。さらに個人の移動は背中にしょった「自転車」が頭上で大きなプロペラとなり「とんぼ」のように飛んでいける(はい!タケコプター!cv.ドラえもん)。
また、壁や衣服等あちこちがタッチ式ディスプレイになっていていろいろなものを表示/受付する。
食料は遺伝子組み換え技術により人工的に週に1回小麦や米が収穫できるが、地上の土で育てた昔ながらの作物等は高級品となっている。

電力供給

石油は彫り尽くされているが、電力は発達した制御核融合技術によってかなり潤沢になりほとんどが電力稼働のようです。
病院の電熱カップも、地下都市を移動しているエア・カーも、地上を走る車も地下都市の給電から。

宇宙艦隊

地上の国の括りは200年経ってもあまり変化しなかったが、宇宙艦隊がそれぞれ国として独立。
アジア艦隊、ヨーロッパ艦隊、北米艦隊の三国。
そしてこの3艦隊を横断するのが太陽系艦隊連合会議(ソーラーフリートジョイントカンファレンス/SFJC)で、これは元PDCです。

艦隊の技術

最高移動速度は光速の15%に到達。推進力は非媒質型核融合推進システム。
120Gまで出す(第四戦速)場合は、酸素を十分に含んだ「深海加速液」で船内を満たして人体を保護する必要がある。
保有している艦隊の数は二千隻(*三体艦隊の2倍)。
ガンマ線レーザー砲、電磁エネルギー砲、高エネルギー粒子ビーム、恒星魚雷。地球サイズの惑星の表面なら独力で焼き尽くせる。
閉鎖生態系生命維持システムも完備。
また、指揮システムは館長の命令をすべてコンピュータシステムが実行する「集中型」の建造が主となっている。

*深海加速液はエヴァンゲリオンのL.C.Lを彷彿とさせるけど、LCLは「電荷することで分子配列を変化させ擬似的なスクリーンを形成し、神経接続もこれを媒介に行っている」ということらしいので更に上をいっていると思われます

*ちなみに三体艦隊は観測により、200年後に予定通り到着するのはせいぜい300隻ほどとみられている。それとは別に探査機が1基、ちかぢか到着予定で、3年後には探査機9基が引き続き到着予定。

「大峡谷時代」

さて、素晴らしい未来に到達するまでには辛く厳しい時代も経ていました。

三体人による危機(危機起源)が暴かれてから10年ほどで食料は配給制となっていて、その後20年ほどでどんどん経済も悪くなり、市民レベルでは環境破壊も進んだ(「どうして三体人のために素晴らしい地球を残しておいてあげないといけない?」)。温室効果、異常気象、砂漠化。
そして農業生産高が急落して人々は飢え、互いの肉を食らうまでとなり83億人いた人間たちが35億まで減少。(ジョージ秋山/アシュラ…)

しかしようやく文明を維持するなんて高尚な話よりも、まずは目の前の子供が飢えて死んでいく方をなんとかしたい、という思いで人々は再興する。第二次啓蒙活動、第二次ルネサンス、第二次フランス革命。
“文明に歳月を与えるより、歳月に文明を与えよ”
そういうわけで市民生活をまずは第一優先にすることとなり、わずか20年あまりで水準が戻り、技術が発展しながら半世紀ほどが過ぎた。
で、三体危機のことを思い出して再度戦艦を編成するが、市民生活を侵さないということで独立するわけですね。
「人道主義が第一、文明存続はその次。」


章北海の戦略

さて、面壁者たちの動向と並行して軍人、そして観測所の二人、さらに一般市民のおっさん3人組が繰り返し登場します。
自分の意志で物語を最も大きく動かすのは軍人である章北海その人です。
「人類の勝利を確信している」と固い信念を持つ模範的な軍人。

三体シリーズって「確固たる信念があって、そのためには残酷なことであっても冷静に冷徹に淡々と実行する」キャラが多いのですが、この人が一番象徴的だと思われます。

この人は羅輯たちが生きていた時代の人間なのですが、未来の士気や統率力等を不安視した軍部が、忠誠と信念で選抜したメンバーを「未来増援特別分遣隊」として何人もの軍人を冬眠させていたうちの一人です。(未来に信頼できる人間を派遣すべきという意見を出したのも章北海)

殺害

彼は実は冬眠に入る前、とある殺人を行うのですが、これは、宇宙艦隊の技術研究の方向性を決定づけるためのものでした。

ひとつは媒質(反動物質)推進船で、核融合エネルギーを使うにしろ実際は化学ロケットの発展型だから「確実性は高いが大幅な技術発展は見込めない」。それに実現したとしてもエネルギー供給のために惑星基地がたくさん必要になる(長距離移動は見込みづらい)。

もうひとつは媒質を使わない放射ドライヴ船で、「より確実性は低いが恒星間飛行が可能だと考えられる」。

章北海は後者になってもらわないと困るということで、方向性を決める会議に出席する前者派の人を殺害・・・・・。かくして実際に「非媒質型」で技術発展が進んだのでした。

精神印章問題対策の要

章北海も羅輯が目覚めさせられた時期とほぼ同時期に覚醒させられます。
この頃、山杉恵子によってハインズの策略が暴かれ、つまり強固な敗北主義者である刻印族が軍に紛れている可能性があるため、集中型指揮システムは非常にリスキーな仕組みとなっていた。
だから、精神印章が開発される前の時代に冬眠されて忠誠心の高い章北海たちを副館長に任命し、実際の入力は副館長に行わせるようにしたい。たとえ艦長が実は刻印族で艦隊を逃亡させようとしても止められるということ。

章北海は恐縮しつつも大任を受ける素振りをみせますが、艦長である女性に「君を本当に殺すことになったらすまない」と意味ありげに言う。それは彼女が敗北主義者で逃亡しようとしたら射殺しますという意味なのですが、本当のところ。。

逃亡

そう、章北海こそが純情培養の敗北主義者であり逃亡主義者だった。
つまり、200年前のその時から「勝利主義者」として振る舞い軍部で地位を固めながら、実のところ「逃亡できる戦艦を開発して、然るべきときに逃亡する」という信念をずっと貫き続けていたということ。

「全人類が逃亡」ではなく軍人の責務として一隻でも逃したい、ということだったようで、戦艦たちが大挙して探査機の拿捕に向かうなか、章北海が乗った戦艦は別の星に向けて加速(逃亡)します。
第四船速は深海状態でないと人間はGでぺちゃんこ即死ですから、殆どのインプットをし終え、最後のスイッチを押すぞ(全員でお陀仏したくなかったらおとなしく深海状態に移行しろ)という脅しで船を奪ったのでした。

そしてこれの拿捕のためには四隻の追跡艦が追尾します。

探査機「水滴」と再びの絶望

ただの探査機だと思われていた全長3.5メートルの「水滴」が太陽系に到着します。
しかし二千の戦艦は三大艦隊のパワーバランス維持のためにわざわざ全隻を出動させて、律儀にぎっちり隊列を組んで拿捕に向かう。(馬鹿だねぇ…)

「水滴」のあまりの形状の美しさに「これは友好の印なのではないか」とかいう空気になるわけですが、そもそもこの水滴が送り込まれたのは羅輯が「呪文」を放った時。智子を開発する段階で九次元まで触れるようになっていた三体文明です。

かくしてこの「水滴」は大量殺戮兵器であり、律儀に全隻でいい感じに並んでいる戦艦を次々に「ぶち破り」、一時間やそこらで二千隻をほぼ全滅させてしまった。

唯一逃げおおせたのは「逃亡」していた章北海の戦艦とそれを追尾していた四隻。
そして、「水滴」の最初の調査団として派遣された老齢の丁儀が「悪い予感がするから深海状態に移行してはどうかな」と言った言葉に「リスクは別にありませんからアドバイスを聞いてみましょう」と従っていた二隻の戦艦、合計七隻だけでした。

「人類は非人類になる」

五隻と二隻。
彼らは最初は、絶望となった地球を見放して自分たちだけでも別の星系にたどり着き、文明を維持しコロニーを発展させなくては、と気丈に明るい雰囲気でしたが、段々と燃料の問題に気が付き始めます。
そして都合のよいことに、「他の艦の人間が全員いなくなり、その燃料や資源を使えるのなら望みはある」状態に。

(>_<)

全艦考えることは同じ。
そこまで見越していた章北海は「自分が引き金を引く」といって他の戦艦を攻撃しようとしますが一足遅く、章北海の乗った艦は全滅となったのです。
二隻の方もほぼ同じことが起きたと見え、片方がやられて資源を回収される。
かくして、それぞれ約2000人✕2隻、合計4000人が太陽系を離れ別の星を目指す長い旅に出たのでした。

「仲間を殺して自分たちが生き残る」のは、大峡谷時代に人肉を喰らっていたのと根本的には同じ。仲間を喰って生き残った彼らは自らのことを、「もはや人類ではなくなる」という意味で「非人類」と呼ぶのでした。


暗黒森林

ずっと絶望だけど、やっぱり絶望。もうどうしようもない…。
もはや地球人類全員の一縷の望み、羅輯のターン。

羅輯は「水滴」の惨劇を聞いて、そして太陽の方向に向かってきているということから、自分が狙われているのだと考えます。
が、水滴はなんと地球の軌道にとどまって太陽に電磁放射を始めた。つまり羅輯が「呪文を送れなくなった」。

な~るほど、そりゃそうだ。
羅輯を殺しても全く同じ解を人類が見つける可能性はいくらでもあるんだから、そもそも「呪文送信機」そのものを封じたほうが話が早いんだからな。

そしてこの時、かつて羅輯が187J3X1恒星に送信した「呪文」が効いて星が消滅したことが判明し、人々の絶望の中再び「面壁者」に祭り上げられる。

羅輯は「呪文」として、187J3X1の位置を特定できるいわばマップを、太陽をアンテナにして全宇宙に送信していた。
この広い宇宙には無数の高度な文明がすでに存在していることを前提とすると、それを解析できる文明がワンチャン攻撃しておくか、と考える可能性がある
そして実際にそれを行ったどこかの文明があり、見事に的中したということ!

暗黒森林とはこういうことだ。

まず二つの公理がある。
  1. 生命は文明の第一欲求である
  2. 文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量はつねに一定である
そして、互いの距離が遠すぎることから問題になってくるのは、「猜疑連鎖」そして「技術爆発」。

猜疑連鎖とは、宇宙スケールでは互いの文明が互いにとって善であると認め合うのは実質不可能であるということ。
距離が近く似たような文明の中で発展してきた人類同士なら、ある程度のコミュニケートでそれは解決できるが、種もバックボーンも何もかも違う上にかなり遠くに離れている文明を信用し合うというのはかなり困難(しかも文明という単位なので相手が一枚岩である可能性も低いですしね)。

技術爆発とは、人類が数千年どころかここ数百年でここまで急激な技術発展をしたことからも分かるように、宇宙の単位で考えれば一瞬に近い時間で文明はいきなり大発展する可能性があるということ(人類に限らず)。

そして、この広い宇宙にはどれほど文明があるのかも、そして宇宙の資源がすでにどれほど専有されているのかも分からない。

公理の二つに照らし合わせると、「他の文明は見つけ次第、抹消する」のが最も安全策ということになる。

殺される前に、自分たちの資源が奪われる前に、他の文明は消す。
宇宙社会学においてはこれが一番安全な「生存戦略」ということになる…。
宇宙は薄暗い森林で、常に目を光らせたハンターが潜んでおり、存在がバレたら狩られる、そういう世界だということです。

*ちなみに現実には1974年にアメリカが
アレシボ・メッセージというものを2万5000光年離れた球状星団M13に向けて発信しています。
本作で言えばM13にとっては「ここ!僕はここにいるよ!」にあたるのでしょうか?
惑星については太陽系のことしか書かれていないらしいので、本作のスケールで考えれば特定は難しく、軌道計算をしてだいたいの方向性が割り出せるという程度なのでしょうか。
いずれにしても暗黒森林という考え方から見たらリスキーなアクションと思われます。

ラスト六ページの決戦

羅輯は今回は素直に面壁者計画に従事したものの、そもそももう「呪文が送れない」ために自分にはもう何の能力もないということを公表していた。
それでも人類の希望のアイコンとして恒星爆弾の配備などできることはやった。しかし、次第に人々は本当に羅輯にもどうしようもないのだと落胆するようになる。

羅輯もボロボロになり、もう何もかも諦めて「自分の墓を掘りに行くのさ」とヨロヨロと葉文潔と楊冬の墓のあるところへ…。

なんと羅輯はそこで「三体世界に話がある」と智子を通じて交渉を持ちかける!

曰く、太陽軌道上に三千六百十四発の恒星型水素爆弾を配備してあり、それはゆりかごシステム@レイ・ディアスの発想で、羅輯の生体反応が切れたら順次爆発するようになっている。

この恒星型水素爆弾は爆発すると、水爆を包む油膜物質が吹き出して星間雲を作り出す。
これを太陽系の外から見ると(順次爆発するため)明滅しているようにみえ、それは三体星系の位置情報のシグナルに解釈できるようになっている。
だが、同時に太陽系の場所も同時に暴露されてしまう。

つまり、「相打ちでどちらも滅亡するか、要求を飲むか」。
レイ・ディアスがやろうとした戦略をほぼそのままやってのけたのです・・・・。脅しの手段は「呪文」ですが。

太陽系だけでなく自分たちの星さえ人質にとられ、さすがに三体世界は要求を飲み、「水滴」の電磁波出力をやめ、残り九基の探査船と三体艦隊を「オールトの雲を超えるな」ということで方向転換を決断します(三対戦艦の方向転換は少し協議が必要ということだが飲まないわけに行かない)。

すでに三体艦隊は方向転換をしても帰投できるエネルギーが無いので、人類社会の発展に手を貸せばなんとかなるかもね、ということで今後技術が共有されていくことが示唆されます。

そして他の面壁者についてイケメン発言。
彼らを軽視するのは不当です。彼ら三人の面壁者はいずれも偉大な戦略家であり、人類が終末決戦でかならず敗北するという事実を見極めていた。
面壁者たちは全員、真摯に責任に向き合ってとんでもない孤独とともに戦っていたのに、みな絶望的な終わり方になってしまっていましたから、羅輯にそう言われて溜飲が下がった気がしました。


やっと終わった

アカン、最後の回収が激アツすぎてあらすじ全部書いてしまった。。

結局、ETOはすでに無くなっていたし他の面壁者も脅威にならなかったことから、三体人はすっかり騙されていたということだ。

恒星型水爆を太陽軌道上に配備したのは、もともとは斑雪計画として艦隊連合会議から引き継ぎを依頼されたものでした。
防御や攻撃としての意味はないけど、軌道が見えるから最後の決戦の時に「どこに落ちてくるか」くらいは分かるからというのと、逃亡するときに煙幕になってくれるからという、対抗策というより終幕策のような理由だったのですが、羅輯はこれで最後の策を思いついたわけですね。

いや~~、ヒーロー!!

でもね、暗黒森林理論をほぼ確立していたのは葉文潔ですし*、太陽をアンテナにできる理論も葉文潔が見つけてる。
(*ETOの共同設立者であるエヴァンズも理解していた、という描写があることから、三体世界とのコミュニケート初期に三体人が二人に教えたという可能性もある。)
羅輯は位置情報を送信しただけ、、、なのですよ。
そもそも妻子を人質に取られてようやく向き合うしかなくなったというかっこ悪さ。
水爆で星間雲を明滅させるという手段はめちゃくちゃアツいですが、脅しに使った手段はレイディアスのもの。

ただ、最後の最後で、どんなに孤独でも諦めずに策を思考して実行した、というところが最高にヒーローなんですよね。
理由が妻子だろうとどうでもいいんですよ。
賭けに勝っても、僕は救世主なんかじゃない、と、ちゃんと感覚が浮世離れしていないところもやっぱりヒーローです。


宇宙は暗黒森林だということが分かったので大団円という感じでは無いかもしれませんが、上下巻で引っ張ってきた羅輯のヒーローっぷりが最後の最後にギュッと詰まった激アツ展開でした。
全体を通してとにかく暗黒な展開だったので、最後の最後でちゃんと回収してくれて本当に気持ちが良かった。三部作の中でも傑作と言われているのがわかります。

この他にも、三体艦隊を観測し続けた観測隊の二人の話だとか(リンギア&フィッツロイ)胸熱なシーンはたくさんあります。

そしてSFネタに事欠かないというか、事欠かなすぎて書ききれなかった‥。
ちょくちょく有名な人物や作品の言葉を引用してきたりとかいうのも、鉄板ではありますが箇所が結構多かったのが楽しかったですね。

人生がヒマでヒマで仕方がなかったら、いつか三体に登場した技術まとめ(現実とも比較)みたいなやつ書きたいですね。


この暗黒森林理論をもし人類の多くの人間が気付いていたらどうなっていたんでしょうか。と、気になるところもありますが、まずは次巻を読みたいと思います。
太陽系から離れた二隻の船のこともありますし、結局本作では出てこなかった刻印族も出てくるんでしょうか?
次作も期待です。

三体Ⅱ 黒暗森林 上
劉 慈欣 (著), 富安 健一郎 (イラスト), 大森 望 (翻訳), 立原 透耶 (翻訳), 上原 かおり (翻訳), 泊 功 (翻訳)
三体II 黒暗森林 下
劉 慈欣 (著), 富安 健一郎 (イラスト), 大森 望 (翻訳), 立原透耶 (翻訳), 上原 かおり (翻訳), 泊 功 (翻訳)