ジェイムズ・P・ホーガン / 星を継ぐもの(Inherit the Stars)

2023-11-06名作, science - fiction SFジェイムズ・P・ホーガン

有名どころということで手に取りました。
正直最初はあまり期待してなかったのですが、いや、めちゃめちゃイイです。

1977年の作品。
アポロ11号が月に行ったのが1969年、ソユーズとアポロのドッキングが1975年なので、まさに冷戦・宇宙開発戦争の時代です。

ハードSFとして読みましたが、ミステリとしても有名なようです。
細かい「謎」部分のネタバレはしませんが、流れはネタバレしています。


スリリングな(科)学者たちのScience Fiction

あらすじは、月探索中に「宇宙服を着た人」の亡骸を発見したのだが、鑑定の結果、彼は5万年前の人間だった。
人類は5万年前に宇宙服を着て月に降り立っていた!? という大いなる謎に、主人公である物理学者「ハント」や、そのライバルとも言える生物学者「ダンチェッカー」、その他専門家たちがただ調査し、ただ検討し、ただ議論することで、最後には正しいらしいと思われる解を得る────。以上です。

ん?

スペースオペラファン:
「え、地球に危機が訪れたり、謎の向こうに恐ろしい敵が居て戦争になったりとかしないの?」

ハードSFファン:
「市民権を得ていた物理法則が大元から覆されて主人公が16次元世界に飛ばされたりとかしないの?」

ポリティカルSFファン:
「世界各国の陰謀が渦巻くはずの国際会議で、こんなに平和に調査が進むはずなくね?」

全員:
「あれ?誰も死なないの?」


ということで、これね、科学者たちが夢見る、「世界中の専門家たちが集い、人類の歴史に関わる大いなる謎を解明する」物語なのです。

ドンパチが無いのでスリリングさが薄いように感じるかもしれませんが、いやいや、現代の専門家たちが一つの謎を解き明かすために集合して、人類の謎に立ち向かうんですよ。
仮説を立て、調査し、議論することで、謎を解明するんですよ。
物理学、生物学、言語学、地政学…、あらゆる立場の専門家がそれぞれに奮闘し、互いに議論することで(もちろん感情的に意見が対立することもたくさんある)、一歩一歩真実に近付くんですよ。
めちゃくちゃスリリングじゃないですか??

たぶん、純粋な科学者視点から見て「正攻法で勝つ」物語なわけです。

「武力に訴えなきゃ正義も貫けない」みたいなヒーローモノにある葛藤とかと向き合わなくて良いんですよ。

現実には、こんなに美しく各国の専門家たちがただただ目的のためだけに調査や議論をして謎を解明するなど難しいでしょう。
だから「フィクション」なんですけど、だから爽快なのですよ。


「月」にまつわる謎と、タイトルの意味

月がなぜ表と裏でぜんぜん違うのかとか、そもそも月の起源とか、そういう話もたくさん出てきます。というか、それが謎の核心に関わる大事なテーマです。

最初に書いたように、作品が発表されたのが1977年で、これはまさに世界中が「冷戦」に囚われ、かつ「宇宙開発」に熱狂していた時期。
アポロ11号の影響でみんなが月に魅せられ、宇宙開拓時代の幕開けだと多くの人が未来に夢を見た。

だからまさに時代感を反映しているテーマなんですよね。
もしも私が当時生きていてこれを読んでいたら、ワクワクしていたに違いありません。

今では月の裏側の画像を簡単にネット検索して見ることができますが、それでも、まだまだ宇宙開拓時代と呼べるような時代になっていない。
当時、ロケット等の開発が隆盛だったのは「宇宙開発戦争」と言われるように、結局のところ国対国の権力争いのために死にものぐるいで金を突っ込んでいた結果でもあったわけで、そういう背景を想像しなかった人にとっては「あんなに盛り上がっていたのになぜ失速したの?」と残念に思う未来なのかもしれません。

だからなのか、「月に謎が発見された」ところから始まる科学者のストーリーというのは、今読んでも少しも色褪せてないテーマだ、と私は思いますね。

タイトルは最後まで読むとやっと意味がわかりますが、これもすごくおしゃれです。好き。
「星」とはどれで、「継いだのは誰」なのか。


「チャーリー」という人物のストーリー

主人公は謎に立ち向かう物理学者「ハント」ですが、大いなる謎を投げかけたのは、宇宙服を着て亡くなっていた人物「チャーリー」です。
宇宙服に守られて、完全に近い形で遺体が残っていたわけです。しかも、争って傷を負った跡などもない。
それまでの行動の手記と思われるものまでご丁寧に所持したまま、眠るようにそこに5万年いたのです。

物語中盤、木星にて打ち捨てられていた巨大な宇宙船(現代のものより遥かに技術力が高いと思われる)が発見され、それもまた物語を動かしていくのですが、やはり「チャーリー」個人の視点で過去に思いを馳せるというのは、とても情緒的な側面があります。

どうして月の裏側で一人、力尽きていたのか。

君は誰なのか、なぜここにいるのか、そして何が起きたのかを教えて欲しい…。


こういうのはちょっとミステリ風の特徴なのかもしれません。
私はあんまりSFでこういうのを見たことがないです。

そしてニクい演出なのは、「冒頭で実はチャーリーが登場している」ということです。
まあこれ気付く人は一瞬で気付くと思いますが、冒頭で、チャーリーがまさに力尽きる直前の描写がされているんですよね。

「5万年前の謎の遺体」とだけ書かれるとちょっと怖いし、昔すぎて身近な感じも無いのですが、読者は実は冒頭でチャーリーが生きていたところの描写を読んでいるので、ハントと同じ気持ちで謎を解明したくなるんですよ。

そしてそのチャーリーと同行していた「コリエル」がどうなったのか?
これもまた最後まで読者を惹き付ける謎の一つでもあります。


ライバル「ダンチェッカー」との戦い

主人公のハントは物理学者で、ダンチェッカーは生物学者。

「フィクション」なので、各々の専門家たちは「十分な確からしさ無しに、特定の仮説を信じ込むなんてご法度」という理性に溢れた人物ばかりなわけですが、その中でもダンチェッカーは少し強情です。
というか、「そういう科学者としての理性に欠け、思い込みの仮説を真実だとして譲ろうとしない上に、声だけはデカい」という、ちょっとダメな感じの人物っぽく描かれるのがダンチェッカーです。
終盤まで、この「VSダンチェッカー」の構図は変わりません。

でも、ダンチェッカーだって一流の学者です。

あーでもないこーでもない、と言っているだけではなく、力強く粘り強く、そしてハントすら凌ぐ(かもしれない)直感力や仮説立案力を持って全力で真実に立ち向かっていきますから、友人として仲がいいかはともかくとして、とても建設的な関係であり、ある意味文字通り「最高のライバル」なのです。
この二人の関係が、また魅力なのですよね。

もし、ハントが天才チートで、ほとんどの謎の解明や「美味しいところ」を全部一人で持っていってたら、それって全然「科学者」っぽくないじゃないですか。それはただの天才ヒーロー少年漫画ですよ。「天才科学者が一人で宇宙の謎解明したったw」ていうタイトルのなろう小説ですわ。

「科学者一人ですべて分かるわけない」からこそ、「各専門家がそれぞれの専門領域で全力で立ち向かった先に、どこから見ても論理の通る解がある」というのを最もわかりやすく象徴してくれるのが、ダンチェッカーなんですよね。
う~んアツいです。


三部作の1作目

さて、この作品は最初から三部構成で構想されていた作品だそうです。

1作目:星を継ぐもの
2作目:ガニメデの優しい巨人
3作目:巨人たちの星

これを書いている時点で、三作目まで読み終わっているのですが、二作目と一作目でだいぶ評価が違う(二作目は評価が落ちる)ようです。

「ヒットしたので続きを作った」タイプのものではないのに、なぜこうも評価が落ちるのか、と思っていたのですが、私なりに原因が分かりました。細かくは二作目、三作目のほうで書きたいと思います。

二作目のレビューはこちら

一言でいうと、二作目・三作目はもはや異星人との交流が主題になってくるので、ちょっと雰囲気というかテーマが別の作品になるんですよね。
私は続編はすべて読む予定(一応日本語訳では4作目まで出ている)ですし、3作目まで読んでとても満足してますが、一作目で満足できたらそこで終わっても良いと思います。

作風や雰囲気はずっと一緒なので、書きっぷりが好き、という方は全部読んでもいいんじゃないかな。