ジェイムズ・P・ホーガン / 巨人たちの星(Giants’ Star)

2021-02-09science - fiction SFジェイムズ・P・ホーガン

名作「星を継ぐもの」からはじまる、ジャイスター三部作の3作目です。
人類社会はなぜ、非科学的なものを長らく信仰してきたのか? に著者なりの仮説を展開していく、溜飲の下がる大作。


1作目のレビューはこちら → 星を継ぐもの
2作目のレビューはこちら → ガニメデの優しい巨人

ちゃんとオチきる最終回

1作目「星を継ぐもの」は、その遺体の正体を科学者が導き出すという、地球人類の中で完結する謎解きサスペンス。

2作目「ガニメデの優しい巨人」は、明らかになったその歴史に関わる宇宙人「ガニメアン」と邂逅するファーストコンタクトSF。ついでにさらなる事実の種明かし。

そして今作は、ガニメアンたちとその末裔とともに、敵対勢力となる別の宇宙人(厳密に言えば地球人類と同じ人種)の陰謀に向き合う、という、いわばハードボイルドなポリティカルフィクション。
そして最後の種明かしとなります。

3作とも最後には必ずスカッとする「謎の解明」が用意されている、という様式美があります。
さらに当初から三部作として構想されているため、ちゃんとそれが連作を通して溜飲の下がる筋の通った真相になってます。
むしろその一連の真相を、3つの謎解きとしてそれぞれを描ききってあることに驚きですよ。

別に「どんでん返し自体が本体」みたいな、最後にびっくり!を期待して作られたという感じの作品ではないんです。
淡々と科学者が突き詰めていったら、驚きの真相が明らかになった、という実直な描き方になっているので、だからこそSFなのですよね。

誰も死なない銀河戦争

以降、ネタバレありです。

さてこの3作目、とくに前半は「米vs露」の政治陰謀ドラマを思わせるような描写が目立ちます。
そして後半は「(本当の)陰謀に立ち向かう」ハラハラドキドキバトル。

いわば「ハッキング戦争」とでもいいますか。
でも、マトリックスだとかインセプションのような画的に派手な戦闘ではありません。

作中では、地球人類のほかに三つの分類の宇宙人が登場します。
まず、2作目で地球人類と邂逅を果たした、草食動物から進化した「ガニメアン」
そして今回登場するガニメアンの未来の姿である「テューリアン」
最後に、地球人類と同人種であるがテューリアンに保護されて成長した「ジェヴレン人」

そしてそれぞれに、それぞれの社会を覆うAIを持ってます。
ガニメアン:ゾラック
テューリアン:ヴィザー
ジェヴレン人:ジェヴェックス

ジェヴレン人はかつて母星を巡って対立した同人種「セリオス人」の末裔である地球人類を未だに嫌悪し、遥か昔から地球人類の発展に悪影響を及ぼし続けていた。 つまり、科学的な発展をされるとまた星を二分する大戦争に発展するような憎き相手だから、科学的な進歩を妨害するために、テューリアンの目を盗んで神々や魔法といった概念を広めて信仰させた、というわけ。

「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」──じゃないけど、テューリアンのもとで科学的・合理的な発展を遂げていたジェヴレン人の機械などは、数千年前の地球人類には魔法に見えたでしょうからね。

そしてジェヴレン人は、競争の概念のない素直なテューリアン人を騙し、いずれその技術もろとも乗っ取ろうと企んでいた──。

この乗っ取り計画に気付き、阻止で活躍するのがやはり主人公ハント。

少し間違えば銀河を乗っ取られかねない窮地で、主人公ハントたちは、ゾラック&ヴィザー連合側からジェヴェックスに「地球から大軍勢が押し寄せている」というウソ情報を流して混乱撤退させ、結果的に誰も傷付かない落としどころを見つけるわけですね。

これが「都合の良い天才がいてハッキング成功」みたいな単純な手段ではなくて、敵地に潜入して要人を寝返らせたり、ハックを成功させるために命をかける仲間がいたりと、ちゃんとハードボイルドしているんですよ。
それも、国家間どころではなく銀河レベルです。

そこまで大きな陰謀があるポリティカルフィクションであれば、何らかの形で敵側でない誰かが明らかな危険に晒されたり死んでしまったり、敵側を殺したり、もしくはそれをある程度前提とする展開、なんというか「命を賭けた戦い」になることが多いと思うのだけど、前作に引き続き、ホーガン氏、意地でもそれをしません。

作中で敵さん含めて誰も死なないのです。
わりとすぐに人が死んだり欠損する鬼滅の刃や進撃の巨人ファンには地味な展開に見えるかもですね。
(それはそれで別の楽しみ方だからね!少しもdisってないよ!)

作者の理想とフェチ

「科学者たちが頭を使うことで、誰も死なずに平和的な解決を実現する」本作が示すもの。

人間は冷静かつ理性的に物事に向き合うべきだ。
それが解決を導くし、人間はそうできる。

1作目、2作目に引き続き、科学(者)への信頼。

そんな作者のフェチや理想がまたしても溢れ出ているわけです。

ある意味、現実主義者な方から見ると都合が良すぎるファンタジーなのでしょうが、歴史書や社会学研究における提言書じゃないからこそ、フィクションとしての醍醐味になってるんじゃないでしょうか。

神風じゃあない、すべての事には原因があって、科学者や科学的な合理的で冷静な思考こそが、問題解決、平和解決を導ける。
そんな力強い理想がダダ漏れしています。


余談(宗教・信仰・魔法)

本作では「人類社会はなぜ、非科学的なものを長らく信仰してきたのか?そんな非合理なものに翻弄されてきた(翻弄されている)のはどうしてなのか?」という、憤りすらも感じるわけです。

その解の一つとして、「本当に神々や魔法(にしか見えないしそう教えられるもの)が存在した、事実だったから根強く信仰された」を描いた。
う〜んなるほど。
たとえば力を持ち始めた部族には白装束で冠を頂いて杖を持って髭をはやした偉そうな神様ヅラして現れ、「神々を怒らせるとこうだ!」とかいって雷ピシャーンするわけですね。笑
そして都市や国として発展しだした地球においては、陰謀論の「闇の組織が世界を裏で牛耳っている」みたいなのよろしく、本当に要所要所で、要人として潜入していたジェヴレン人たちが地球人類を貶めるために暗躍し続けた。
だから、人類は愚かなことばかりしていたのだ──。

ソクラテス ← プラトン ← アリストテレス

ところで、哲学界隈では紀元前の「ソクラテス ← プラトン ← アリストテレス 」では、かなり科学的な発想が行われていたようですが、このあとにキリスト教がヨーロッパを席巻しはじめるのですよね。
古代遺跡等では(おそらく奴隷などがいたにせよ)合理的な都市づくりや天体観測の知恵があったと考えられるものもある。なのになぜかいわゆる西暦が始まってからかなり最近まで、宗教的な諸々が世の中のかなりを覆っていた(る)と思われるわけです。
もしかするとキリスト教というのは、ジェヴレン人が作ったのではないか?神々は本当にいたわけだ。
もしくは、作ってはいないにしろちょうど良いと考えてジェヴレン人こそが布教にめちゃくちゃ力を入れたか。なんちゃってね。

キリスト教の大本であるユダヤ教なんかは「学がない一般庶民でも安全に暮らしやすくなるために」神様の名を拝借して色々なルールを広めた、と考えられるらしいので、「ジェヴレン人が地球人の発展を遅らせるために」だなんてとんでもない流言ですけれども(笑)


そんなわけで、1作ずつでも非常に面白いのですが、ぜひ3作つづけて読みたい大作でした!

星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿 (翻訳)
ガニメデの優しい巨人
ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿 (翻訳)
巨人たちの星
ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿 (翻訳)