ジェイムズ・P・ホーガン / 内なる宇宙(Entoverse)

2021-08-30science - fiction SF, social 社会, space 宇宙ジェイムズ・P・ホーガン




やっとシリーズを読み終えて爽快!!なので、本記事はいつもよりテンション高め・書きなぐる感じでお送りします。笑
他の記事はもう少し落ち着いたテンションで書いてますので、よろしくお願いいたします。

日本語版ではジャイスター三部作から14年(1997年)。なんと続編です!!
リアルタイムで「星を継ぐもの」を読んでいた方は、この続編が出た時どんな気持ちだったのでしょうか。羨ましすぎます。

ハントの謎解き、再び

さて、本作は「エントバース」がテーマです。それで「内なる宇宙」というタイトルなんですよね。

以下、どんどんネタバレします!
好きすぎて色々ツッコんでますが、好き故ですので誤解なきよう。
なにがどう好きなのかは、三部作のレビューに熱く語ってる内容とほとんど同じなので繰り返しません。
一作目「星を継ぐもの」のレビューはこちら
二作目「ガニメデの優しい巨人」のレビューはこちら
三作目「巨人たちの星」のレビューはこちら

本作は前後篇になっていて2冊あり、主人公ハントたちの世界と、もう一つ謎の世界がサンドイッチ形式で進みます。

この「謎の世界」、一体何なんだ?というのが最後の謎解きに収束していく、(そしてその謎を解くのはハント)という様式美もシリーズの血を受け継いでいます。
そういう意味では変わらずスカッとできて、面白い。

というか、この「謎の世界」とタイトルを見た時点で、察しのいいほとんどのSFファンはその「謎の世界」=「内なる宇宙」だとピンときてしまうのだと思いますが、私にはわかりませんでした(笑)

謎の世界というのは、別の宇宙とかではなく、なんと「巨大なAIサーバの中で、電子の流れがもう一つの宇宙と生命体を作り出していた」という世界。
そしてハントはその世界との歪みに、またも主人公的ナイスタイミングで巻き込まれてゆくことになります。

状況説明がながい(前編はちょっとヒマ)

ところで前3作と変わった点といえば、まずちょっと長いんですよ。事態が展開しはじめるまでが。
正直、前編は状況説明が長すぎて緊張感に乏しく、ちょっとつまらないです。

私は三部作から立て続けに読みましたが、実際には前作「巨人たちの星」と本作「内なる宇宙」の発表には10年の隔たりがあります。
なのでその10年での作者自身の変化や、世の中での政治的・技術的な発展がどう影響してくるかには興味がありました。
たとえば本作はコンピュータサイエンスの概念がより具体的なエントバースの仕組みへの言及になっていますし、米vs露 みたいな話もなくなってた。
そしてもう一つが、「状況説明が長くなった」ことかと。背景や状況の説明に、かなり文字数や(作中での)時間を割くようになった。

星を継ぐもの」は真相に向かって駆け抜けるような爽快感がありましたが、もしかしたら本作執筆時のホーガン氏から見ると「雑」に見えるのでは?というくらい、書き込みがきめ細かくなっている印象です。

これは良いか悪いかいうよりは好みかなぁと思います。
私は社会的背景がみっちり説明されたポリティカルフィクションも大好きですし、ホーガン氏の街や空間を表現する箇所はすごくオシャレで好きなので、マイナスには思わなかった。
なんですが、物語としてみれば、前編のラストでジーナが動き出すあたりまではワクワク感には乏しいです。
代わりに後編は、その布石のおかげでゴリゴリ展開していきますので結構爽快ですけどね!

キャラたち

続いてキャラについてツッコミたすぎるので、思いの丈を書きなぐります。

安定のハント

ハントがハントすぎて、17年経っても変わらないハントがハントだなぁ…と。
もともと、3部作を読んでいたときに「ハントは作者の理性的な理想像」なんだろうなと思ってましたが、こちらは変わらなすぎて愛おしすぎました。

ジーナ、Youなにしにきたの?

きましたよ、「ハントの相手役」!
これはねぇ、まあ版を押したような「理屈っぽくて頭いいスカした男(ハントみたいな人)が好きな女」ですよ。笑

三部作で大活躍した相手役は、「頭いい女」じゃなかった上に、元々体の関係から、な感じの相手だったので、珍しいなと思ってたのです。でも、ここで安心安全のセオリーに。笑
序盤でいきなり「相手役です!!」という感じで登場するので、ははぁホーガンさん、脂が乗って、あなたもやっぱりそうなのか。w と序盤からニヤリとしましたね。笑

これはきっと、「ハントにはちゃんとした相手役を出してやろう」とか、「ちょっとロマンス風味があったほうが良いだろう」、「女性キャラは男性とは違うルートから解決の力になる」、等の理由から登場させたキャラだと勝手に思ってます。もちろん真相は分かりませんが。

ただね、彼女、序盤ですんごいキーマンみたいな顔して出てくるんですが、最後まで見てるとあんまり大事なイベントを担ってないんですよ。
「ハントとは別のルートからの大事なトリガーとなる」大事なイベントがあるかと思いきや、・・・無いよね?

やったことといったら、調査で乗り込んだはずの敵さんのところで記憶を書き換えられて逆スパイにさせられてしまったことくらい。
その少し前に「ヴィザーに全てを任せたら自我を失いかけた」シーンもあって、AIにすべてを委ねるのは恐ろしいことを表現してくれたけど、あとはそれを優しくフォローしてくれたハントがイケメン、というのが分かっただけ。彼女が勇気を持って乗り込んだからこそ何かが大きく進展した、みたいなことは何も無かったよね?

ハントは「頭良い主人公」で失敗をしないので、一般人の象徴として「AIに完全に体を預けてしまうと普通はヤバい状態になる」を身を以て表現する人として登場させたのでしょうか。
でもそれならわざわざジーナである必要あんまりないと思うんだよね。仲間側にもっと極端な「一般人っぽいキャラ」を出して、盛大にぶっ飛んでもらったほうがよっぽど分かりやすかったはず。
わざわざ「恋人候補っぽい相手」にこれをさせてハントに宥めさせるというのは、う~ん、そういう「ピンチに陥る相手役」と「それを助ける主人公」というロマンスを描きたかったのかなぁ。

「冷静な科学者たちが平和的な解決を導く」というシリーズの中核キャラとしては、あんまり期待どおりに活躍してくれたキャラではありませんでした。
だって謎解き要素ありのこのシリーズで、ものすごくキーマンみたいな感じで登場するんだもの。

一番最後の最後に、ジーナ(ハントから見れば素人)が意見を強く言い続けたおかげで解法までたどり着けた、というのはありましたが、ものすごく邪推すると「それくらいはさせとかないと、ジーナが全く活躍しない」という事態になりかねなかったからでは?w
アレ言うのってそれこそクリスとかでいい。クリスこそマジで何もしてないしねw

全てがニクシー頼み

後半はぶっちゃけニクシー無双です。あれ?ヒロインはジーナじゃなかったっけ???というくらいの無双ぶり。ほとんどすべてニクシーのおかげだよね?

特に、終盤でシリオをどうやって寝返らせるか?の解法がまさかの「ニクシーの体はもともとボスの愛人の体だった」って、ハァ?!ってなりました、さすがにww
「ハントたちによる実直な解法で世界を救う」のが面白いシリーズだったはずなのに、「偶然!!相手側のボスの元愛人でした~!ラッキ~!」って、雑すぎない?

「巨人たちの星」でも最後、ハニートラップで内側から崩すというやり方を取ってますが、あれは最後の(平和的な)実行手段としてそれが1番よさげだったから違和感なかったの。今回はちょっと…苦し紛れの後付けに見えるんだよ…。

なんだかなぁ。
ジーナがちゃんとジャーナリズムしたおかげで、最後の最後で相手側の信用を得て信用してくれた、とかのほうがよっぽどよかったのでは…。
ジーナの存在に噛ませ犬っぽさを感じたから余計に、そういうウケ方をさせたいならちゃんと活躍させなよと…。
わけわからん存在のニクシーがほとんど全ての解決策をもたらしたってビミョーでしょうよ…。

もっと言えば、ニクシーをもっともっといい女っぽくして、ニクシーを相手役にしてもよかったんでは?とさえ思った。
後半でハントを助けてくれるのってほとんど全部ニクシーでずっと絡んでるわけで、結局何の役に立ったんだっけ?のジーナよりよっぽどロマンスしやすかったと思うんだけどねぇ。

「人が死ぬようになった」

さて、実は1番感じた変化はこれでした。

「巨人たちの星」のレビューで「誰も死なない銀河戦争」と書いたのですが、頑なに誰も死なせなかった(もしくは書けなかった?)ホーガン氏、本作ではちゃんと人が死にます。

「ちゃんと人が死にます」って変な感じだけど、種や文明を跨いであわや宇宙銀河大戦争となりそうな場面を描いているのに、誰も死ななかった「巨人たちの星」までのほうが普通じゃなかったんだと思うんですよ。

誤解を恐れず言うと、作品全体の思想に左っぽい印象があり、「頭がよく、社会も相応に発展していれば、命の奪い合いや事故による落命などはほとんどないはずである」という理想を「巨人たちの星」までは貫き通していた形だと思っていたのですが、本作ではより一般的な感覚に近い形で「犠牲者」みたいなのが出てきます。

たしか物理的に死ぬ人もいるし、エント人がジェヴレン人として覚醒するのも「人格の完全な上塗り」ということになっているので実質「1人死んだ」わけです。

現実でも人って意外とちょっとしたことでスグ死んでしまうし、フィクションなら余計に「犠牲さえ出た」という強調表現になるので、特に「世界の滅亡の危機」とかを描くSFの多くの作品では多用していると思います。
なので感覚的には、「そんな大層なテーマなのに人1人犠牲になってないって凄すぎね?」という違和感がなくなった、より一般的な感覚の「世界の危機」の描き方になった…わけですが。

でも、だからこそ、「誰も傷つかないし誰も死なない!」という頑なな理想を描くのは止めたんだなぁ…という、ちょっぴり残念な気分になったのです。

まあ、もともと「書かなかった」んじゃなくて「書けなかった」だけかもしれないので、お門違いかもしれませんがね。

人格は電子情報で置き換え可能

少しだけSF的な話も。

本作では、人格(攻殻機動隊的にいえばゴースト)は、もれなく電子的な情報で形成(存在)することが可能である、ということになっています。
例えば、ハントたちがエント人を説得しにエントヴァースに電子情報となって遠征するとき、ヴィザーは完全な転送と回収ができることになってます。

学術的な話はほとんど知らない一般人的な感覚から言うと「いつかは概ね電子情報で再現できるようにはなるのだろうが、完全には無理だろう」(「完全」を定義しきれないと思うし)という感じ。
うまくいえないけど「臓器移植したら、まるで自分の好みとは思えない好みになった」のと似ていて、仮に遠い未来、人類が肉体を捨てたとしたら、やはり「物理的な肉体を持つことによるフィードバック情報」は、偽装しきれない(する必要もない?)と思ってます。
本作ではそれさえも完璧にコンバートしきれる!という力強い描写。

Ghost in the Shellを始めとして「どこまでが私なのか」というのを割と湿っぽく描くSFが散見される中(好きですよ)、そこにはほとんど疑問が投げかけられていないので、理想主義者的な面がここに出ているという感じもしますね。
・・・・・と、書いていて思いましたが「完全に電子情報で自我を形成可能」なら、人工培養のバイオロイドにエント人を転写できるくね・・・・・・????
いやむしろ全部機械のアンドロイドだろうと、工業用ロボットであろうと転写できるんじゃね?
ハントたちをエントヴァースに「完全にコンバート」できるヴィザーなら「かんたんさ!」みたいな感じなのでは…?

まあ、エント人指導者的には「肉体を得たい」というより「(ジェヴェックスという神によって)支配したい」というイカれた目的だったっぽいので、共存策である「アンドロイドの体に転写」を提案されても意味なかったかもしれませんけど、多くのエント人が「覚醒したがってる」ていうのを叶えるだけなら転写でいいよなぁ。

宗教の話

本作が前作「巨人の星」よりもさらにポリティカルフィクションみがあるのは、「宗教による大衆の扇動」をかなりガッツリ描いているからかと思います。

これも前作とは違う変化の一つ。
より「社会全体で技術とどう向き合うか」の解像度、というか深度を上げに来たという感じですかね。
サイエンス描写よりも、ここの「社会がどう向き合うか」の方に主眼が置かれている作品だと思う。
私はそういうの大好きだけど、その分若干SFみは減ると思うので、これも好みでしょうか。

個人的には、そういう作品は好きだけど、ジャイスターシリーズでは「すんでのところで理想が勝」ってきてたから、この作品も「理想主義」だったらもっとワクワクしたのかもしれない。
「ご都合主義」は多くても「理想主義」で書ききる作品って少ないと思うからこそ、よくある「既に退廃してる民衆」をベースに始まり、しかもそれが解決するわけでもないという、理想主義から脱却してしまった感が、寂しくもあるのでした…。

人々は不自由を(強いられていると)感じると、それを別の誰かのせいだと宣言されたり、別の魅力的な理想を掲げたりする力強い指導者に、ホイホイ扇動されうるのだということが皮肉っぽく書かれてます。
「自分で物を考えなくなった哀れな人間の末路」という感じ。

「AIに全てを委ねてモノを考えなくなった人間が、電子世界で生まれた別の人格に騙されて易易と殺される」というテーマだけ見ると、より大衆SFみも感じるよね。ある意味、ジャイスターシリーズで1番分かりやすいテーマな気がする。

それに「AIに全てを委ねて物を考えなく」なってない現在の人間も、これまでの歴史上の人間たちも、変わらずホイホイ扇動されてますけどね。別にジェヴェックスやヴィザーみたいな「凄い技術」とかが無くっても、扇動される人間の弱さは変わらない。
個人的にはやはり「不自由を感じていると」というのが要素としては強いのではとは思ってます。

教訓めいた話で言うなら、「AIを神だと言い出すヤベー奴」はこの先出てくる可能性があるかもなぁ、とは思ったのでした。

ジャイスターまとめ

さて、これでようやく5冊を読み終わりました。

今回は物申す感じで書きなぐっちゃいましたが、最初に書いたとおり「好きゆえ」です。

シリーズでずっと変わらないテーマはこの3つ。
  • 科学者たちが頭を使うことで解決する
  • 序盤で謎が提示され、終盤でそれが明かされる
  • 人類や社会というのは科学的かつ理性的であるべきだ
時をおいて執筆された4作目である本作は、「理想」面が薄まっていはいたものの、良さは健在。
ある意味重厚に、よりリアリティのある内容だったとも言えるかな。

作者の思想がけっこうダイレクトに表現される作風なので、作者と会話している気持ちで読めるのですよね。
こういうダダ漏れ作品、好きなんですよね~。

一作目の「星を継ぐもの」は、堂々、マイベストSF5位くらいにヨユーでランクしております。

作風自体が好きなので、また機会があったら他の作品も読みたいなぁと思ってます。

内なる宇宙(上)
ジェイムズ・P. ホーガン (著), James P. Hogan (原名), 池 央耿 (翻訳)
内なる宇宙(下)
ジェイムズ・P. ホーガン (著), James P. Hogan (原名), 池 央耿 (翻訳)