劉 慈欣 / 三体(Ⅲ)死神永生

2023-11-06考察, 味わい本(じっくり読みたい), science - fiction SF, space 宇宙まとめ, 三体



ベストセラー「三体」三部作の最終作である<死神永生>。

第一作、第二作に続いて、本作はさらに大きなスケールで危機に向き合う人類を描く上下2巻の長編。

あらすじは、第二作のラストで人類が手に入れた「抑止力」に人類がどう向き合うか、そしてそもそもの暗黒森林という宇宙の理にどう立ち向かっていくのか、という内容。

上巻はだらだら読んだのですが、上巻の終盤から物語のラストまでは目が離せなくて徹夜して一気読みしました。

本作は終盤では地球というスケールを大きく超越していきますが、その加速度がすごい。
一人ひとりの人間や感情・生活といったミクロ視点から、太陽系レベルでの人類としての選択、そして物理法則や宇宙スケールまでを丁寧に描くので、この高低差もたまりません。

一晩で読み通す爽快感を味わった後は、大量にある要素をじっくり振り返ってみようと思います。
しっかりネタバレしていきますので未読の方は注意。

三体シリーズの導入とも言える「Ⅰ」のレビューはこちら
複雑度が増してラストも爽快な「Ⅱ」のレビューはこちら

本所は「歴史書」である

さて、いきなり大ネタバレですが、本作「死神永生」の冒頭はまさに「神が語る」っぽい1ページから始まります。
この序文のタイトルは「『時の外の過去』序文から抜粋」。

はい、出ました。SFによくある「歴史書風」語り口ですね。
この冒頭の1ページで、すでに本書のスケールが示されています。
「時の外」で、「過去も未来もない」のような文章が書かれていますから、時空を超えるスケールなのだとわかります。

「歴史書風」の語り口通り、本書では元号がどんどん変わっていきます。
今回は以下の時代ごとに振り返っていきます。カッコの中は年数。

前日譚(15世紀のコンスタンティノープルと、一作目で亡くなった楊冬の再登場)
危機紀元 : 202X年~2208年(180)
抑止紀元 : 2208年~2270年(62)
抑止紀元後 : 2270年~2272年(2)
送信紀元 : 2271年~2332年(60)
掩体紀元 : 2333年~2400年(70)
銀河紀元 : 2273年~不明

DX3906星系
暗黒領域紀元 : 2687年~18906416年
宇宙#647時間線 : 18906416年~

コンスタンティノープル陥落(15世紀)

さて、しかしながら始まりは史実の過去である15世紀のイスタンブール!
鉄壁の守りであることで有名だった東ローマ帝国(≒ビザンツ帝国)のコンスタンティノープル(現在のイスタンブール@トルコ)が、東から攻めてきた破竹の勢いのオスマン帝国に敗け、ここに東ローマ帝国は終焉するという歴史的瞬間を描いています。
これは歴史好きは滾らないわけがありません。

ここで描かれているのは、ディオレナという不思議な女性が「私はスルタンを殺せる」と、敗戦が濃厚なコンスタンティヌスを訪問するシーンです。
(※スルタン≒オスマン帝国のトップであり、ここではメフメト2世を指します)

しかし、いざメフメト2世を殺そうとした時にはディオレナは失敗し、史実通りコンスタンティノープルは陥落するのでした。

ここでは、ディオレナが事を為そうとしていた場所では「ぽっかり穴が空いたように見える時がある」といった不思議な現象が起きており、実際にディオレナは自分が魔女だったわけではなく、その現象を利用して「次元を超えていた」ことを示唆します。
メフメト2世を殺れなかったのは、その現象がちょうど都合よく終わってしまったからだったというわけです。

この世界は、生命にとって都合が良すぎる

そしてこの後、やっと本作「三体」の時間に画面が戻ってきますが、なんと一作目で悲劇の死を遂げていた、葉文潔の一人娘である「楊冬(ヤンドン)」が再登場。
彼女が自死したのは「物理学は死んだから」とされていましたが、そうではなく本当は暗黒森林を理解し、さらに「自然は、ほんとうに自然なのだろうか?」というところまで理解してしまったからなのではないか──といった示唆がなされます。

ここまでで本作のテーマがほぼ確定しましたね。
このよくあるテーマを安直に捉えてファンタジーにしてしまわないところが本作のすごいところ。

こうやって冒頭でかなりのスケールの示唆をしておきながら、上巻は主人公となる「程心(チェンシン)」視点から、いわゆる人間生活や社会生活を丁寧に描いていきます。

ただこれがですね、ある意味とても退屈なんです。二作目「黒暗森林」も、物語のラストまではずっと地味で暗い展開が続くんですよね。
でも、だからこそ最後の回収が激アツなんですよ。本書も後半のスケーリングが爽快なのは、この丁寧な上巻があってこそです。

危機紀元(約180年間)

そしてやっと本作の主人公級が登場。

まず「雲天明(うんてんめい)」という、これまた冴えない若いがん患者。
彼は大学で航空宇宙工学を学び民間企業に就職しますが、「灰色な幼少期」を過ごし、あまり満たされた感じではない人生を過ごしてきた。
安楽死しようと思っていたところ、ひょんなことで大金を手にし、「星群計画」に乗って星を買う。

さらに、「程心(チェンシン)」という女性。
天明の大学時代の同級生で、航空宇宙エンジニア。優秀で美しく、誰にでも別け隔てなく優しく接した「いわゆるモテる女」で、天明も彼女に恋心を抱いていたけど、自分にだけ優しいわけじゃないことはしっかり分かっていたから、本当にただの同級生だった。
程心は大学院に進みますがその後、三体危機への対抗策として面壁計画とは別に進んでいた「階梯計画」のメンバーとなります。

星群計画

太陽系外の特定の恒星とその惑星(太陽系から百光年以遠)の権利を国連が販売。我が赴くは星の群れ計画──。
人類は三体危機を目の前にしてもなお、各国いろいろな政治的思惑ですぐに一枚岩にはなれなくて、国連惑星防衛理事会(PDC)はつまり資金源が微妙だった。
それを集めることと、当時の国連事務総長であるセイによる「今から我々は一枚岩になる!」という政治的宣言の広告ツールとして、なんとも無責任な「どっかの星の権利を大金で売る」という計画です。
現代の「月の土地を売る」という超無責任なやつを国連が堂々とやるということです。

めちゃくちゃですねぇ。
しかしもう死ぬつもりの天明はそんなこともどうでもよく、あぶく銭の大金で、自分にとっては太陽のような存在だった程心に、名乗らずに星を贈ることに。
なんなのこのロマンチスト男は????
劉慈欣の書く男のロマンってけっこうファンタジー系ロマンだよね?嫌いじゃないけど!

階梯計画

面壁計画と並行して進められた計画の一つ。太陽系に近付いてきている三体艦隊にスパイを送り込むというもの。
しかし速度や質量の問題で、どうしても生身の人間を送れません。そこで、「脳だけ」を仮死状態で送るという苦肉の策に。
この「送られる脳」に選抜されてしまったのが、程心の大学のただの元同級生、雲天明でした。

さて、ここは「階梯計画」の技術的な話を補足しておきます。
・この時点で三体艦隊は「あと2~3世紀でオールトの雲に到達して減速を始める」
・このタイミングで探索機を送り込む必要がある
・現在の航宙速度で航行したらオールトの雲まで2~3万年かかる
・だから光速の1%(現在の100倍)の航宙速度が必要

太陽からオールトの雲までの距離は約10分の1光年(つまり光速で10年かかる)。ということは約100分の1光年で100年かかるということになりますから、「光速の1%が必要」となるわけですね。

2019年時点で最高速度は時速約21万3200マイルで、これは光速の3164分の1らしい。
光速の3164分の1 × 100倍 = 光速の31.6分の1 ということで1%よりは大きくなりそうですが(計算あってますか…??)、本作は2010年に書かれた本なのでもう少し遅かったのかもということと、とにかくとんでもない数字なんです、ということを話しているシーンですので桁だけ引っこ抜いてざっくり「100倍」としたのでしょう。

そしてこの不可能に思える速度を実現するアイデアを出したのが程心でした。
それが「核パルス推進」と呼ばれる方法を応用したもの。

核パルス推進

1946年にスタニスワフ・ウラムが提唱した推進方法。
船に核燃料を搭載し、帆の後ろで核爆発させて放射圧を受けて推進力とする方法。

しかしこれは燃料を本体に積む必要があります。
現在のロケットでも同様ですが、途中で使う燃料の重さも打ち上げる重量に含まれるため、「燃料を打ち上げるための燃料」をさらに搭載する必要がある、というずんぐりむっくりな設計になってしまう。そんな重たいものでは理想とする速度には到達できない。
しかし程心はこれを応用し、核爆弾を本体に乗せるのではなく航路に配置して計算通りに爆発させるという方法を提案。
これが「ラダー(階梯)プロジェクト」の意味合いです。オシャレだよね。

そして検討の結果、搭載できる本体の重量はたったの200キログラムということに…。
そこで白羽の矢が立ったのが、もはや死んでもいいと思っている(と実は仕向けられた)雲天明の「脳」だったというわけです。

程心はその見届人として、天明が階梯計画で出発してすぐに冬眠することに。

抑止紀元(62年間)

さて、第二作「黒暗森林」のラストで、人類(羅輯)は「抑止状態」を勝ち得ていました。
抑止状態とは、平たく言うと核抑止ボタンによって三体世界から攻撃されない状態となったということ。
つまり、羅輯が「三体世界と太陽系の位置情報を宇宙に発信する」ボタンを握っている限り、両文明はとりあえずの友好関係となったわけですね。

それが抑止紀元時代であり、羅輯は実に60年間以上、孤独に核ボタン管理者(本作ではこれを「執剣者(ソードホルダー)」と呼びます)として静かに人類世界を守ってきました。しかし羅輯も歳だし引き継ぎをしようということに。

それに選出されたのが程心でした。
そもそも程心は、天明から送られた恒星が惑星を持った地球によく似た星だということが判明して、それを程心から買い戻すために国連から叩き起こされていた。けれどそれと同時に、地球に代わるかもしれない恒星の所有者という特殊なステータスと、「古典的美女」という風貌などから執剣者候補に上がってしまった。
執剣者は他にも候補がいて、別の理由で冬眠して復活していたかつての上司トマスウェイドなど六名の男性がいたのだけれど、彼らはみんな三体世界に強硬姿勢だったから、抑止紀元の人間からすると、せっかく築き上げてきた三体世界との友好関係をぶち壊すのでは、という懸念を払拭できなかった。
羅輯は、事情を知らない一般大衆には「大きすぎる権力を一人で握っている独裁者」にも見えるし、かつて「呪文」で惑星を攻撃したことなどから左寄りの人たちにもあまり良く思われていなかったりもする。人々はもっと「御しやすい聖母マリア様」風の人を望んだわけだ。

しかし三体世界は、羅輯から程心に執剣者の引き継ぎが完了してたった数時間後に、人類を支配しようと攻撃を仕掛けてきた。
結局のところ程心は三体世界にナメられていたわけです。「こいつは何かあってもボタンを押さない」と。
その点、世間にどう思われようとも強靭な精神力で何年もボタンに向き合い続けた羅輯はやはりすごかった。
そして結局、程心はボタンを押さなかった。

第二作「黒暗森林」のラストで人類が手に入れたと思った安寧は、たったの62年しか継続できなかったわけです。

抑止後の世界(2年)

程心がボタンを押さなかったために、三体世界による支配が始まりました。
これは「大挟谷時代」ほどの長さはないものの、三体世界に支配された暗黒の2年間で、人類の醜さも同時に露呈する思い出したくもない時代となります。
たった2年で終わってほんと良かったね。

三体世界は、人格を伴った美しい女性型AI「智子」を通して全人類をオーストラリアに移住させ、その島を人類の監獄として支配しようとしました。
技術力も抑制された状態で42億人にものぼる人類がオーストラリアサイズの島だけで自給自足できるわけがありませんから、これは必然的に「カニバリズムして適正値まで数を減らしてね」という指示というわけです。

しかしこれは、宇宙空間に出ていた<万有引力>が、程心に代わって重力派送信を行ったことで終わりを迎えます。

物語を動かす大型戦艦

三体シリーズで脇役に見えて重要な役割を担っているのが、地球から旅立った大型艦隊です。前作に続いて何隻か出てきていますのでまとめておきます。

<自然選択>@章北海

これは「逃亡主義」の軍人である章北海(ジャンベイハイ)が三体Ⅱにおいて「終末戦争」に赴く際に指揮権を奪取して独断で逃亡した艦隊。

<藍色空間>

逃亡した<自然選択>を追撃した四隻のうちの一つ。アジア艦隊。
ほか三隻は、北米艦隊<企業>、アジア艦隊<深空>、ヨーロッパ艦隊<究極の法則>。
結局、<自然選択>も含めた五隻の間での燃料の問題で「全員共倒れか、誰かが燃料(と食料)になるか」という究極の選択で生き残った艦隊。

<青銅時代>

水滴を間近に調査した丁儀(ディンイー)博士の提言を受け入れ、<量子>とともにいち早く深海状態となって地球から離れていた艦隊。
こちらも<自然選択>たちと同様「共倒れorカニバリズム」問題に直面し、<量子>を食って生き残ったほうの艦隊。

<万有引力>

終末決戦のあと、初めて建造された恒星級戦艦。かつ重力波送信器(重力波アンテナ)でもあります。
地球は、羅輯がボタンを握る地上の重力波アンテナのほか宇宙空間にもアンテナを製造していたというわけです。
<藍色空間>の10年後に建造されたもので、<藍色空間>に追いつくには50年かかる。

本作では、<青銅時代>は抑止紀元になってから「安全になったから地球に帰ってこいよ」という地球側からの連絡を受け、素直に地球に帰還するのですが、帰還したらしたで殺人罪に問われて収監されるという運命に。
そしてその<青銅時代>から「地球に戻ってはいけない」という警告を受けて、やっぱり地球に戻らないことにした<藍色空間>を追跡することとなったのが、新戦艦<万有引力>です。

しかし、そう、<万有引力>は抑止のコアとなる重力波アンテナでもあるわけですので、三体世界は監視役として「水滴」を二隻随行させることになります。
そういうわけで<万有引力>はこの水滴のお陰で地球ともリアルタイム通信ができていたわけなのですが、そのコアとなる智子(ソフォン)、完璧というわけでもありません。

智子ブラインドゾーン

智子は智子同士の「量子エンタングルメント(量子もつれ)」がいったん途切れると回復できません。
三体世界はもともと調査のために六つ智子を放出していたわけなのだけど、これが地球から数光年レベルの範囲でどれも消息を絶ってしまっている。一番遠くだと七光年、一番近くて<万有引力>たちに随行した智子が遭遇した1.3光年。この範囲内には生命や文明は見つからなかったが、なぜならおそらくこれは為的なものだから。
それが「智子ブラインドゾーン」。

これは地球人類から見ると、ここに入ってしまえば智子の監視からは開放されることになります。
<万有引力>は智子がブラインドゾーンに入って失われてしまったおかげで地球とのリアルタイム通信も失うことになりますが、目的の<藍色空間>とは目と鼻の先です。<藍色空間>もすでに投降を表明していますので大きな問題にはなっておりません。

結局のところ、これのおかげで<万有引力>は重力波を送信することができたわけです。

四次元のかけら(歪曲ポイント)

このあたり、読者が地球軸の感覚で読み進めている場合「地球、三体世界に支配されるヤベー!」という状態で読んでいるので、重力波送信できてよかったね!というシーンなのですが、それだけでない、後半につながる重要な描写があります。
そもそも<万有引力>と<藍色空間>は予定通り平和に再会したわけではありませんでした。

このあたりで面白い台詞があるので抜粋しておきます。
既知宇宙のさしわたしはおよそ百六十億光年で、いまも膨張しつづけている。でも、光速は秒速三十万キロメートルしかない。
こんなスピードでは、宇宙の端から出発した光は、反対の端まで永遠にたどりつけない。
(中略)
宇宙はただの膨張する死体なんだよ
ひも理論では、時間の次元をべつにして、空間には十の次元がある。ただし、マクロ的に利用できるのは三つの次元だけで、その三つの次元がぼくらの世界をつくっている。残りはすべて、量子レベルのミクロな領域に折りたたまれている。
(中略)
次元がマクロレベルに展開されるのは、二本のひもが出会って、ある性質をたがいに打ち消し合ったときだけだという説がある。三次元を超える次元については、そもそもひも同士が出会うチャンスがありえない。
……まあ、ぼくはこの説に賛同しないけどね。
ということで、智子がブラインドゾーンに入ってから1年ほど、なんと2艦は「四次元」の入り口に遭遇していました。
その事実に<万有引力>が気がつく前に地球で執剣者の移譲が行われ、このタイミングで水滴は万有引力を攻撃しようとしてくる。しかしこれを妨害してぎりぎり軌道をずらし、いわば<万有引力>を救ったのが<藍色空間>でした。
<藍色空間>は先に四次元空間に気づいて調査を進めており、水滴への工作と、そして<万有引力>を乗っ取ることに成功。そして話し合いの末、重力波送信を決定したのでした。

四次元のかけら、つまり人間が四次元に接続できてしまう歪曲ポイントとは、このようなものと表現されています。
ぼくらの三次元宇宙は、一枚の大きな薄い紙──さしわたし百六十億後年もある大きな紙だ。
そして、この紙の上のある場所に、ごく小さな四次元のシャボン玉がひとつくっついている
三次元宇宙という紙は、どこまでも真っ平らに広がっているわけではない。ある場所では歪み、四次元空間に届いている。
<藍色空間>と<万有引力>は四次元を調査する機会に恵まれたわけで、四次元空間では自らを「墓」と称する巨大なリング状の建造物と出会います。

魔法の指輪(マジック・リング)の死

四次元空間で出会った大きな建造物と人類は対話することに成功。
こちらも非常におもしろい会話ですので一部抜粋します。
リング:海はきみたちが作ったのか?
人類:つまり、あなたにとっては、もしくは少なくともあなたの創造者にとっては、この四次元空間はわたしたちにとっての海のようなものだと?
リング:むしろ、潮だまりのようなものだ。海は干上がってしまった。
人類:なぜこのように小さな空間に、これほど多くの宇宙船もしくは墓があるのですか?
リング:海が干上がったら、魚は潮だまりに集まる。潮だまりも干上がったら、魚はすべて消え失せる。
(中略)
リング:海を干上がらせた魚は、海が干上がる前に陸に上がった。ひとつの暗黒森林からべつの暗黒森林に移動した。
これ初読のときには意味がわからないのですが、再読すると「そのまんまやんけーー!!」ってなるのでぜひ二回読んで下さい。笑
次元の数を異にする空間同士のあいだに、暗黒森林状態はない。低次元空間は高次元空間の驚異にはなりえない。
そして人類はその「四次元空間」、くっついているシャボン玉のようなもの──が「縮小している」ことに気がつく。
「マクロ形態で存在する高次元は、滝の水が崖を流れ落ちるのと同じくらい不可避的に、低次元へと崩壊する」ということで、原因はよくわかりませんが結局、四次元のかけらたちはどんどん低次元へ崩落しているのだということが判明する。
さらに、こんなにたくさん歪曲ポイントがあるなら「人類はこれまで一度もシャボン玉に遭遇しなかったのか?」という疑問もでてくる。

そう、冒頭でコンスタンティノープルのディオレナという女性が「スルタンを殺せる」と言っていたとき、彼女は「四次元のかけら」に遭遇しそれを利用することでそれが可能と言っていたわけです!
そしていざ、スルタンを殺そうという肝心のタイミングで「四次元空間」は閉じてしまったのでした…。

送信紀元(60年)

さて、やっと地球に戻ってきました。
重力派送信後、三体世界の地球人類支配は速やかに終了し、そしてたったの三年と十ヶ月で三体世界はフォトイド攻撃により消滅。
三体世界がどのように終末を迎えたのかについてはほとんど謎のまま…。

人類世界にいたAIとしての智子は、羅輯と程心に「全宇宙に(自分たちはこれ以上勢力を拡大したり他文明を攻撃したりしないから攻撃しないでくれ、という)安全通知を行うことは可能」とだけ教え、そしてなんと天明と程心を会わせてくれるという。

雲天明との再会

宇宙の塵となってしまったと思われた天明の存在は、自分を深く愛してくれた人物をあろうことか仮死させて宇宙へ送り出してしまった自責として程心の心に深い後悔を刻み込んでいたわけですが、なんと本当に三体が回収し、そして本当に友好的な関係を築いていたということがここで判明。
やるやん!!

ただし、三体世界は必要以上の技術や文化共有をしたがらなかったため、この再会(あくまでオンラインでの)は三体世界の厳格な監視のもとで実施されます。
(人類は三体世界が実際にはどんな文明なのかを最後まではっきり知ることはできなかった。逆に三体世界は人類世界から様々な技術的表現や概念を取り入れてルネサンス的なものが起こったのではないか、と本書内に記載がありますが、いずれにしても最後まで謎です・・・)

そこにはどう見ても誰にでも好かれる爽やかな感じの雲天明が。
話題を探して「天明が旅立ったその後、私がどうしていたか知りたい?」と問う程心に、「(智子を通してすべて見ていたから)ぜんぶ知ってるよ。ぼくはいつも君と一緒だったんだから」というぐぅイケメン。
そして雲天明が語ったのは「小さいころ、二人で作りあった物話を話そう」という、おそらく用意してあった嘘。
二人は大学で初めて出会った同級生だから「小さい頃に一緒に物語を作った」のは完全な嘘なのだけど、天明はなんと「三体世界の監視のもと、人類世界にどうやって(人類が生き延びられる)策を伝えられるか」を考えて、三体世界で子供向けの物語をたくさん出版していた。
その物語にはたくさんのメタファーが表現されていて、まさにこのときのために、おそらくフェイクの物語もたくさん作ったわけです。
好きな女の子にアタックする勇気もない、あの雲天明が!

ぶっちゃけ劉慈欣の描く恋愛表現はあんまり好きじゃないんですが、雲天明のこのシーンは全女子が惚れるんじゃないでしょうか。
彼に辛い運命を突きつけてしまった本人なのに、世界の運命を担うという重責や葛藤や苦しさを全て見ていてくれた愛しい人。全て理解ってくれるたった一人の人。
これは女性ならではの感想かもしれませんが、本当の意味で「君がどれだけ頑張ってきたか知ってる」と言われるのってめちゃくちゃ嬉しくないですか。
特定の結果や能力や一側面を褒められるよりも存在そのものを許されている気になるというか。

そして「私達の星でいつか再会しよう」という、どこの月9?みたいな約束をして二人は別れます。

天明が語った3つの物語

雲天明が「きみ(程心)が作った物語」として語ったのは「王宮の新しい絵師」「饕餮(とうてつ)の海」「深水王子」の三本。
これ、単発おとぎ話としてもそれなりに面白いので小冊子にして、おしゃれな感じの絵本として誰か出版してくれませんか?(圧)
ものすごく簡単にそれぞれのあらすじと、それぞれが何をメタファーしていたのかをまとめてみます。

王宮の新しい絵師

とある王国の王宮には、第一王子(深水王子)、第二王子(氷砂王子)、第一王女(露姫)がいました。
第一王子の帰還不能、第二王子の素行不良により露姫が王位継承したのですが、第二王子はある企みで王位を奪取しようと試みる。

それが新しい絵描き。その絵描きはひと目見ただけで素晴らしい肖像画を描くことができる凄腕。
しかしこの絵師は同時に、描いた人物を絵の中に閉じ込める(つまり殺す)ことができるという能力者でした。

そして実際に第二王子の命令で王様と王妃様が絵にされてしまい、そして露姫も危うく絵にされかけます。が、その絵師の師匠だという人物が現れて「特別な傘を回している間は描かれても死なない」といってその傘を手渡し、そして解決策を具申。
それは王国に戻れなくなっている第一王子を連れてきて、問題の絵師を倒してもらうこと。その絵師は「第一王子を描くことはできないはず」だからというわけです。
露姫はそれを信じ、第一王子を連れてくるためにお付きの侍女と牛舎引きを連れて王宮を出発しました。

饕餮の海

牛舎引きは立派な青年で名を「長帆」。お付きの侍女は名を「寛おばさん」。
王国が「饕餮魚(とうてつぎょ)」という危険な魚が生息する海に囲まれて孤立している経緯が語られます。

饕餮魚とは、鋭利な歯を持ち何でも高速で齧ってダメにしてしまうという危険な魚。
だから船を出してもすぐに齧られて沈没してしまうために、完全に孤立した島となっていた。
第一王子が帰ってこれなくなったのは、「饕餮魚が海に放たれてしまう前に別の島に移動していたから」。
ということは露姫たちも第一王子を迎えに行くことも、戻ってこともできないことになってしまう。いったいどうするのか…。

ここで、大変な貴重品「ホーアルシンゲンモスケン産の石鹸」という、羽毛のように軽く、すこし水につけただけで心地いい泡風呂にしてしまうようなアイテムが登場。これは寛おばさんが露姫のために持ち出してきていたものでした。

深水王子

本島と離れた墓島に取り残されてしまった第一王子(深水王子)は、本島からもはっきり見えるほど巨大な人物でした。というのも第一王子は遠近法に従わないという特質を持っているため。しかし饕餮の海を渡れないことには意味がない。

そんな時、露姫が誤って海にホーアルシンゲンモスケン石鹸の泡が入った桶を落としてしまう。すると凶暴なはずの饕餮魚がふわふわと放心したかのように漂う姿が…。
これを見て三人は、船の尾に石鹸を浸しながら進むことで饕餮魚からの被害を避けながら第一王子を迎えに行くことに成功。

そして無事に第一王子は第二王子を倒し、そして露姫は王位を第一王子へ譲り、自分は長帆とともに王国を出て旅に出たのでした。
気になるのは、饕餮の海を超えることができるホーアルシンゲンモスケン石鹸の最後の一個半をこの二人が持っていってしまったこと。だから王国はまた閉鎖された世界であり続けるのでした…。

物語のメタファー

この物語に、天明が三体世界を欺いてまで伝えたいはずの「人類へのヒント」があるはずだ、ということで読解が始まります。
作中ではこれは徐々に判明していくのですが、まとめて書いてしまいます。

とある王国:太陽系地球文明
絵に描かれると死ぬ:(後述)
饕餮の海:地球文明から見た宇宙
傘:遠心調速機(蒸気機関で回転速度を調整するもの) → 低速制御
遠近法に従わない深水王子:基準系が変わっても変化しない恒常的な速度 → 光の速度
ホーアルシンゲンモスケン産の石鹸:光
ホーアルシンゲンモスケン石鹸の泡のおかげで饕餮の海を航行できる:曲率推進
ホーアルシンゲンモスケン:ノルウェーのヘールゼッゲン山とモスケン島 → 大渦巻 → 天の川銀河とブラックホール

光の低速制御とブラックホール → 秒速16.7キロメートル
太陽系内において、真空中の光速度が秒速16.7キロメートル以下になると、光は太陽の重力から抜けさせなくなり、太陽系は一個のブラックホールと化す
つまり、内側に入ったものは一切外側に抜け出せなくなるから「安全通知」になりうる───。

地球文明生存のための3つの道

さて、天明の物語読解はあくまで抽象的な話ですから、現実的な計画も検討されます。

掩体プロジェクト

まずは「掩体計画(バンカープロジェクト)」。※「掩体」というのは戦闘機用の防空壕のことを指すようです。
三体世界が暗黒森林攻撃(光粒フォトイド)により蒸発した時の観測結果などから、太陽系に同様の攻撃が来たとしても、木星・土星・天王星・海王星はほぼ無傷のまま残ると推定できていました。よってその四惑星の近傍に宇宙都市を建設し、攻撃時はそれら惑星を掩体として太陽爆発の影響を回避するという策。
これは雲天明のメッセージには含まれていないけれど、理論上、技術的に未知の領域はゼロ。確実性の高い案です。

暗黒領域プロジェクト

そして「暗黒領域計画(ブラックドメインプロジェクト)」。これが天明の物語読解で導き出された策の1つですね。
「太陽系を低光速ブラックホールに変えることにより、全宇宙に安全通知を送信する」案。
こちらは技術的難易度は一番高いが、成功すれば一番安全といえる。
たとえば光粒(フォトイド)が超高速で衝突してきても、暗黒領域に入ったところで急激に減速し(暗黒領域内の光の速度まで強制的に遅くなり、その分のエネルギーが質量になる)、高速で進もうとする自分自身の後方に激突されて自壊する。
ただしこれは「太陽系が秒速16.7キロメートルの世界に閉じ込められる」ことと同義であり、おそらく人類は永遠にローテク社会に戻ってしまう。
開拓精神の強い人類が「永遠にローテクのまま宇宙から隔絶される」という未来を受け入れることができるのか…。

光速宇宙船プロジェクト

そして最後に、「曲率推進による光速宇宙船で太陽系を脱出する」案。こちらも天明のメッセージに含まれていたもの。
「ホーアルシンゲンモスケン石鹸の泡のおかげで饕餮の海を航行できる」ということが「曲率推進という方法で太陽系を離脱できる」ことを示しています。
暗黒領域計画よりは技術何度は低そうではあるが、「逃げた後どうする」も不明だし、そもそも「逃亡主義FUCK」状態の地球でそんな事が可能なのか…。

というわけで、上記3案を同時に進めていくことになります。

誤警報事件と曲率ドライブの航行跡

ところで程心は執剣者候補として目覚めさせられた時、艾AAという女性をビジネスパートナー(兼友人)として得ていました。
快活で現実主義的なAAの案で、DX3906の開発権を売った金で宇宙開発系の企業を設立していて、二人は「国連が掩体計画や暗黒領域計画に注力するなら、うちは光速船の研究を進めよう」としていた。

しかし光粒(フォトイド)の観測結果が意図しない漏れ方をして「攻撃が来る!」という誤警報となってしまい地上は大混乱、自分だけでも助かろうと無理やりシャトルを出そうとする人たちに群がる人間が焼き殺されるという事件が発生。これが心理的にも逃亡主義を更に強く嫌悪する原動力となってしまう。
また、曲率ドライブ実行時に観測可能な航行跡が残ってしまう(可能性が高い)ということが判明し、「(曲率推進による)光速宇宙船開発プロジェクト」は全面禁止となってしまいます。

こんな時のトマス・ウェイド

またも放心してしまった程心の元に、またもトマス・ウェイドが現れる。
トマスウェイドは、危機紀元時代の程心の冷徹な上司で、もと階梯計画のプロジェクトマネージャー。
さらに程心が国連に目覚めさせられた時に程心を殺そうとしてきた人物でもある。(理由は、彼女には執剣者が務まらないと分かっていたから、彼女を殺して自分が執剣者になるつもりだった)
今度は、光速宇宙船開発を(政府に隠れて)実現してやるから、会社や権限を全て寄越せという要求。

そう、誤警報事件でも「ほとんどの人がここで死ぬなら私だけが脱出するなんてことしない、一緒に見届ける」みたいなことを言ってしまう程心には、時には一定の犠牲や非人道的なことをしてでも進めなければいけない計画を進めていく力がない。でもトマスウェイドならできる。

そういえば「黒暗森林」の章北海もそうでしたよね。
いつの時代の誰かに悪だと謗られようとも、あるべきと思ったことを淡々と行う、それが殺人であったとしても。

ということで、ただし「人類を危険にさらす可能性が出てきたら程心に最終決定権がある」ということだけ約束し、送信紀元8年、程心とAAは会社をウェイドに譲ると冬眠に入るのでした。

掩体紀元(70年間)

送信紀元8年に冬眠に入って62年後、掩体紀元11年に目覚めます。
程心は目覚めましたが、起こされたということはつまり、トマスウェイドの開発計画が「人類を危険にさらす可能性がある」からというわけなのでした。

しかし元号が変わっているということは、そう! 「掩体」も完成しているわけなのです。
ここも未来描写がわくわくしますので、まとめておきます。

宇宙都市群

木星の裏に26、土星の裏に26、海王星の裏に8、天王星の裏に4。合計64の宇宙都市と、100近くの中・小型宇宙都市、大量の宇宙ステーション。
そこには総計21億人が暮らしている。地球には500万人程が「いつ死んでもよい」ととどまっている。

木星の裏では、各宇宙都市が50キロ離れて隣接し、その都市の列同士が150キロ間隔を開けて都市群を形成している。
各都市は惑星の衛星としてではなく、軌道の外側(つまり太陽から隠れる位置)を維持。

アジアⅠ

木星の裏。最も早く建設された宇宙都市の一つ。
幾何学的な円筒形で、全長45キロメートル、直径は8キロメートル。内部の有効面積は359平方キロメートルで、現在の北京市街地のおよそ半分。
内部に人工太陽が3つあり、それぞれ10キロほど間隔をあけて中心軸に沿って浮かんでいる。
街のほぼ全てが金属で、超情報化社会時代のようなディスプレイの乱用はあまりなく西暦時代っぽい雰囲気の街となっている。

北米Ⅰ

木星の裏。プロジェクト初期の宇宙都市。
完全な球形で人工太陽は中心に1つで、直径は40キロメートル。人口二千万。
完全な球体なので緯度によって重力が変わるため、それに合わせた生活をする必要がある。

ヨーロッパⅣ

木星の裏。典型的な長球体で、人工太陽を持たずにエリアごとにマイクロ核融合太陽を持つ。
ということは無重力の軸線エリアに太陽を配置する必要がないので、そこを自由に活用できる。
全長40キロメートルにものぼる建物が建設され、その中はスペースポートや商業娯楽施設として使われる。
人口456万人で富裕層向け。

パシフィックⅠ

木星の衛星(衛星はこれだけ)。計画で最も最初に竣工した都市。
球体で人工太陽はなく、推進装置もなく時点もしないから完全に無重力。つまり全部浮いている。
かつての建設作業員の足場となった街で、都市建設が落ち着くと倉庫代わりとなったが。欠陥が発見されて遺棄。
しかし無法地帯となったため、失業者はホームレス等が居着いている。

ちなみに、工学的観点からすれば宇宙都市は車輪型をしているのが最も効率がいいらしい。
しかしそうしていないのは、「“世界”感」のため。
いくら有効面積が広くても、ドーナツ状の空間にいるとどうしても宇宙船で暮らしているような間隔になる。広々とした内部空間、広い視野を持たないと、自分が一つの世界で生活しているという感覚を持てない。

トマスウェイド VS 連邦政府 ヒーローの物語の終わり

さて、話を戻しましょう。
程心から引き継いだトマスウェイド率いる星環グループは、掩体計画の主要建設業者となって世界最大の企業体の一つになるまで成長。「星環シティ」という拠点も作り、公然の秘密として光速宇宙船開発にも注力してきました。
基礎研究の分野が被ることも多いために連邦政府も強硬策には出ていなかったわけですが、程心が目覚める六年前にわざわざ「光速宇宙船開発する」宣言をする事態に。これで連邦政府と星環シティの衝突が表面化し、星環シティは独立を宣言。いわば冷戦のような状態となります。

わざわざ開発を公にしたその理由は「曲率推進による光速宇宙船の建造を実現するためには大量のテストが必要。連邦政府と対立してでもその環境を整備する必要がある」というわけです。
基礎研究は目処がついたから、いよいよ実際にスケールを大きくしてテストしていく必要があるということ。しかし連邦政府は光速宇宙船開発(実験)を禁止している。
もう対話では埒が明かないと判断したトマスウェイドは、武装して最後通告を持っていくという。
もちろんその通告が撥ねつけられたら武力行使に出る──、トマスウェイドは「やる」でしょう。だから約束通り程心を呼んだのです。

ちなみに、ここで星環シティ側の武装というのは「反物質」をライフルの銃弾として撃てるというとんでもない兵器。
数発~数十発で艦を破壊できるし、なんなら何かの異常が起きてその「反物質の弾」が弾頭に接触したら星環シティも跡形もなく消え失せる。

程心の答えは決まっています。
「すぐに戦争の準備を中止して、すべての抵抗をやめて。」

トマスウェイドは約束を守りました。
星環シティは素直に投降し、そしてトマスウェイドは反人類罪、戦争罪および曲率技術禁止法違反で死刑となったのでした。

程心は今回は迷いませんでしたね。トマスウェイドから見れば程心の決断は、執剣者に立候補したこと、ボタンを押さなかったこと、それらと「同じあやまち」なのですが、ここでのトマスウェイドとの会話もじんわり来るので抜粋しておきましょう。
ウェイド:人間性をなくしたら、われわれは多くのものを失う。しかし、獣性をなくしたら、われわれはすべてを失う。
程心:それでも、わたしは人間性を選ぶ。みなさん全員も、そうしてくれると信じています
ここは、読者もかなり哀愁を感じると思います。
なぜなら三体Ⅰから<万有引力>が重力派送信をしたところまで、「ギリギリのところでヒーローが助けに入る」流れがあったのに、それを完全に断ち切ったのだ、ということが読者にもどことなく分かるからです。
「え…? 大丈夫? ページ数残り少ないけど、人類、ほんとに助かるよね…?」という気分になるのではないでしょうか。

そして程心とAAは再び冬眠に入ります。
目覚める条件は「二百年以内に暗黒森林攻撃が発生した場合」。

暗黒森林攻撃

掩体紀元67年、つまり程心が冬眠に入ってから56年後。重力波が送信されてから130年ほど。ついに暗黒森林攻撃が来ました。

そしてそれは光粒(フォトイド)ではなく、、、一枚の紙切れだった。それは「二次元との接触面」。
つまり、かつて<藍色空間>と<万有引力>が四次元が三次元に崩潰したのを観測したのと同じように、今度は三次元が二次元に崩潰するのです。
掩体などなんの意味もなかったというわけ。

調査艦2隻がまさに「紙切れ」の間近でその事に気付きましたが、もちろん手遅れ。脱出速度は「光速」。

このとき人類は初めて、雲天明の物語で「絵に描かれると死ぬ」がダイレクトに次元攻撃を指していたということ、そしてそこから脱出するには曲率推進による光速宇宙船しかない、ということを示してくれていたことを理解したのでした。

ちなみに、いち早く紙切れの事実を理解した白Ice(白艾思/バイアイスー)ですが、彼は夢の中(かつての思い出)でかつての指導教官「丁儀」と対話をしています。
丁儀といえば、水滴の調査に赴いて<青銅時代>と<量子>に「深海状態になっておけ」と指示した科学者でしたね。
ここの会話も全体を通したテーマを象徴していますので抜粋しておきます。
丁儀:では仮に、宇宙に人類以外の科学者がいたとして、数十億年前の地球に関するすべての初期データを与えられたら、彼は計算だけによって、きょうのこの砂漠を予測できるかな?
白艾思:無理ですね。(中略)文明の営為は物理法則では把握できません。
丁儀:では、なぜぼくら物理学者は、物理法則に基づく推論のみによって、現在の宇宙の状態を説明し、宇宙の未来を予言しているんだろう?
白艾思は「それは物理学の範疇ではない。宇宙の普遍的法則は不変であり、物理学の目標はそれを発見すること」と答えますが、丁儀は「ぼくもよくそうやって自分を慰めた」と笑う。
かつて自死した楊冬の気持ちがその時の丁儀には分かるのだという。
自然は、ほんとうに自然なのだろうか?

オリオン腕の歌い手

ほんの数ページだけ、太陽系へ暗黒森林攻撃をした生命体の描写があります。

「母世界が周縁世界と戦争をはじめた」
「宇宙のエントロピーが上昇すると、秩序が低下するが、低エントロピー体(おそらく文明のこと)はエントロピーを減らし秩序を増やす」
「低エントロピー体は意味を維持するために存在しつづけなくてはならない」
「母世界は直感、憎しみ、嫉妬、欲望などに馴染みがない」
「偽りのない座標は一部だけ」
「数百万の低エントロピー世界には、浄めを仕事とする者たちが何十億もいる」

つまり暗黒森林理論は宇宙では公然のあたりまえの事実であり、文明(低エントロピー体)には「潜伏遺伝子」「潜伏本能」があるのが普通。
座標はダミーである場合も多いが、何十億といる「浄めを仕事とする者」たちによって遅かれ早かれ浄められる。

人類が光粒と呼んでいたのは「質量点」、そして紙切れは「双対箔(そうついはく)」。
人類が送信した重力波は「原始膜のメッセージ」であり誰からも注目されない、つまり原始的すぎて驚異に見えないので誰からも注目されなかったという皮肉でそれまで生き残ってきたわけなのですが、この歌い手はすでに技術発展に十分な時間が経過しているから現時点では危険な文明である可能性がある、と判断して双対箔を選んだのでした。

歌い手は「双対箔」の使用許可があっさり降りたことに驚きますが(だって自分たちの三次元空間もいずれ滑落するということだから)、すでに母世界と周縁世界の戦争は危機的状況にあり「二次元化の準備を進めている」ことを知り悲しむのでした。
生命が脅かされるとき、宇宙のすべての低エントロピー体は、二つの害悪のうち、より軽い方を選ぶしかない。
二つの害悪うちの一つが「生命を優先して意味を殺す」こと、もう一つが「普通に死ぬ」ことでしょうか。「低速の霧に身を包む」もあり得る?

この「母世界」というのが何を指すのかははっきり描かれていないのですが、「周縁世界と戦争」ということは宇宙から独立した創造主、みたいな存在ではなさそうかなと今のところは思っております。

地球文明博物館@冥王星

本物の暗黒森林攻撃アラートが出ましたので、程心とAAは目覚めます。
でも、もう人類文明は助からない。雲天明のメッセージを解読できず、そして光速宇宙船開発も自らこれを禁止してしまった人類は「詰んだ」のです。

最後の瞬間に立ち会って自分たちも消えてなくなろうと思っていた程心とAAですが、「博物館の品を宇宙にばら撒いて」と頼まれ、羅輯がいるという冥王星の地球文明博物館に向かうことに。
この博物館、当然人間のためのものではありません。いわば「墓碑」です。
人類の終焉をこんなに静かに描く作品が他にあるでしょうか…。

200歳になっていた羅輯はもともとの好色で陽気な性格に戻っていました。
ここで一番グッとくるのは、何と言っても「石に字を彫る」でしょう。

石に字を彫る

もしも人類文明が滅亡したとしても、せめてこんな文明が存在したということを示せる文化遺産を残したい。
きっとこれは「自分の生命が絶えても何らかの痕跡を残したい」という生存本能のようなものなんでしょう。
博物館というテイでひっそりと行われてきたプロジェクトというわけです。

でも、何億年というスケールではこれは意外と難しいことが分かってくる。
そしてたどり着いたのが…

最高品質の量子デバイス:情報損失なしに保存できるのはせいぜい2000年
西暦時代のUSBやHDD:5000年~10万年
特殊な合成紙とインク:20万年
石に字を彫る:1億年

「石に字を彫る」しかない、という結論だった。
だからこの博物館には洞窟のように壁一面に文字が書かれているのです。

ゴッホには「弦」が見えていた?

これは小ネタですが、ゴッホの「星月夜」ではひも理論の弦が描かれている…ように程心には見えたようです。
空間は、物質と同じように、無数の微細な振動する弦でできている。
ゴッホの絵の中では、山や麦畑や家々や樹木と同じように、空間そのものが微細な振動に満たされている。
@wikipedia
なるほど、これはちょっとエモいですね。

光速宇宙船「星環」

このまま静かに終わりを待つ…と思っていた程心ですが、そんなに甘くなかった。
地球や掩体世界たちが次々と二次元に滑落していく様子を興味深げに観覧していましたが、いよいよとというところで羅輯に「その宇宙船だけは光速航行できる」と真実を告げられる。

実は、ウェイドの死後35年ほど光速宇宙船開発は文字通りストップしたが、かつて壁面者がつくった水星の穴に、またひっそりと研究チームが研究を続けていた。
そしてまた連邦政府は黙認していたのですが、だんだん暗黒森林のヤバさに気が付き始めて結局全力でこれを支援することになった。
しかし時間がなくて量産は間に合わなかった…。
「星環」は唯一実験が成功したもので、程心とAAを乗せるなら男性2名も乗せるべきなわけだが、このあたりの手筈も「時間がなかった」。

穏やかに死ねると思っていた程心でしたが、二度も間違いを犯したという衝撃に「絶対に自分は死んではいけない」と覚悟を決めることになるのでした。
そして故郷を失った二人が向かう先は、「雲天明との約束の星」。

DX3906星系

たった52時間で、二人は287光年離れたDX3906星系へ到着。太陽系基準で見れば、すでに太陽系が二次元に呑み込まれてから286年経過。
しかしそこで出会ったのは雲天明ではなく、なんと<万有引力>で「宇宙はただの膨張する死体なんだよ」と言っていた閉所恐怖症の関一帆博士でした。

この関一帆、初登場時は神経質な研究者という感じでなんとも不安を掻き立てられるキャラクターでしたが、どうも作者は「達観した紳士的なカッコいい中年」に理想を持っているようで、AAにして「すっごくハンサム」と言わしめる紳士的なキャラとして再登場。
う~んこれは天明が担うべき役割なのでは、とわざと思わせるような、天明と同じくらい聡明で紳士的でかつ天明より顔立ちもイケメン、という完璧男性に。。

さて、その<万有引力>と<藍色空間>の当時の乗員たちは四世紀前の古人扱いであり、DX3906星系以外の場所に「世界Ⅰ」~「世界Ⅳ」を開拓して住んでいる様子。
その世界については詳しく語られませんが、「かろうじて空気が呼吸できるようになった場所がいくつかある程度」で楽園というわけではなく、関は「人類でも、ほかの知的生命体でも──出身地を訊かないこと。」とアドバイスするように、すでに人類は人類以外の文明と接触しているが「文明衝突を避けるため、もともとの所属(出身)を互いにあえて隠して隠れるように暮らしている」のだということが推測できます。
世界Ⅲに関しては座標が晒されたと考えて「低光速ブラックホール化」してしまったため(関一帆たちは「光墓」と呼ぶ)、どうなっているかは不明らしい。
ちなみに植民にはちょうど良さそうなのにDX3906星系が開拓されていないのは、「外世界人(アウトサイダー)」がよく来て危険だからという理由。

関一帆曰く、三体文明から脱出したと思われる艦隊は二隻だが、一方は60年以上前、牡牛座の近くで大規模な戦争になって星間雲になってしまっているらしいことまで分かっている。
もう一隻に天明はいたのだろうか…。

この宇宙について

この終盤にあって、やっと本作の宇宙の全貌が少し見えてきます。

関一帆によれば、この宇宙が一つの大きな戦場だとしたら、(太陽系人類の言う)暗黒森林攻撃というのはごく小さなことでとるに足りないこと。
ほんものの星間戦争は「物理法則」を武器に戦う───。いちばんよく使われるのは空間次元と光速。
太陽系が受けた攻撃は、「止めることのできない次元崩落」という、ある種名誉あるハイレベルな攻撃だった。
攻撃者はまず最初に自分たちを改造して、低次元宇宙で生き延びられるような生命体にする。
(中略)
あとはなんの憂いもなく、敵に次元攻撃を仕掛けられる。
次元攻撃がいたるところで実行されると、だんだんと低次元空間の割合が増加して宇宙は低次元になる。
また光速を使った攻撃や防御によって低光速の宙域が増え、それらが繋がって平均化され速度が同一になる。
つまり、宇宙で起きている戦争により、次元と光速度がどんどん落ちていくということだ。

なんと百億年以上前の宇宙は十次元であり、光速は無限大に近く、数学的に見れば楽園のような時代だったのではないか。
関一帆はかつて「宇宙はただの膨張する死体だ」と落胆していたわけですが、おそらくそれは戦争によって次元が崩落され続けているから…。

そして物理法則だけでなく、「数学基礎論」まで武器として使われているのかもしれない、と。
これの意味する具体的なところは私には分かりませんでしたが、おそらく楊冬ら物理学者が「自然は、ほんとうに自然なのだろうか?」と言っていたところとリンクする話なのだと思います。
絶対的な真理だと思っていた物理法則や数学の法則は、実は誰かが恣意的もしくは副次的に何かを行った結果かも知れない。
関一帆はこれらの話はあくまでも憶測にすぎないと説明しますが、ここまで来たらこれは真実なのでしょうね。

デスライン

二人は関一帆に誘われ、天明との再会は諦めて関一帆の世界に向かおうということになります。

ところが出発しようとしていた直前の夜、DX3906の惑星の一つから正体不明の五機が短時間だけ惑星に滞在したという監視衛星の報を受け、関一帆は調査に向かいます(関一帆はもともとDX3906には異星文明の足跡の調査に来ていた研究員)。
「雲天明が関係あるのでは」と考えた程心も同行を願い出て、ここでもう一つの惑星に待機するAAと離別。

ところがそこにあったのは「死の線」デス・ライン。暗黒の五本の柱。
それは曲率推進の航跡なんだが、光速ゼロになる領域との境目でもある、すべてのクォークが死んでいるいわばブラックホール。関一帆でも理屈は分からないが危険だということは分かっている。
さらにこれが何らかの理由で乱れると「デスラインバースト」と言って急速に広がって周囲が低光速ブラックホールに呑まれてしまうため、程心と関一帆は急いで離れることに。

このデス・ラインを残したのは「帰零者(ゼロ・ホーマー)」別名「再出発者(リセッター)」かもしれない。
低次元を高次元に戻すことは不可能だから、ゼロ次元まで落として宇宙をリセットさせるという理想主義者。
「宇宙は永遠に膨張して密度と温度が下がり続ける」というのは古い宇宙論であって、暗黒物質は想定よりもっと多く、宇宙の膨張が止まると自身の重力で収縮し(ビッグクランチ)、最後は重力崩壊で特異点になり、またビッグバンが起きる───。

ちなみにこの「乱れ」の理由は最初は分からないのですが、ここでしれっと「近くに出現した他の曲率ドライブの航跡という説がある」という盛大なフラグ。

叶わなかった再会と「石に字を彫る」

そう、もう一方の惑星で待っていたAAのもとに、雲天明が来訪しているという知らせ!
しかしその再開を目前にして、程心と関一帆が乗っていたシャトルはデスラインバーストに呑み込まれてしまいます。
DX3906星系全体が呑み込まれてしまったので雲天明とAAも暗黒領域内にいるという意味では同じですが、シャトルの方は(この暗黒領域内の)光速のまま雲天明たちのいる惑星の周回軌道を回っている。

これが意味するところは、特殊相対性理論によって程心の乗るシャトルの時間は雲天明の一千万倍の速さで過ぎていくということ…。

おわた…。スン…ってなるしかない程心…。
まあここまで来て「雲天明と再会して幸せに暮らしました」は無いかなぁと思ってはいたものの、あっさり分断で私もスン…ってなりましたね、これは。
ともかくやっと来ましたよ。
雲天明の物語の最後、露姫は長帆とともに石鹸を持ったまま出ていってしまうという描写があり、程心はこれを読んだとき「露姫が自分の暗喩なら、天明は他の男と自分が二人で旅立つと思っているのだろうか?」と若干気分を損ねていたのです。わざわざそうやって書かれていたわけですから、絶対にどこかで回収されると思ってました。
こういう回収でしたか。

とにかく低速すぎて船のコンピュータが一切使えないため、まずは手動宇宙服に着替えて物理的な対処で生命維持を優先。
さらに光速を離脱するには減速しなくてはならないので、低速でも起動できる「ニューラルコンピュータ(ニューロン)」を起動。
この起動には十二日もかかりましたが何とか動き、短期冬眠を経て二人はやっと惑星に再度降り立つ。

なんとブラックホールに呑み込まれてから1890万年経過していました。
そして二人が見つけたのは、おそらくAAの意見で刻まれたであろう、大きな「石に彫られた文字」。
これは胸熱ですね…。

そして贈り物として残されていたのはうっすら光るドアのようなものでした。

宇宙#647時間線

さて、それは独立した時間軸のいわば小宇宙の入り口でした。
雲天明が創造し、程心と関一帆しか入ることができない小さな宇宙。
そして管理人の一人として人型の智子が。程心は本当に智子と再会を果たしたわけです。

この小宇宙の仕組みについてもほとんど不明ですが、とにかく外の大宇宙では飛ぶように時間が流れている。
この宇宙#647で約十年後にはビッグクランチが起こり、またビッグバンが起きる。
それをやり過ごして新しい宇宙を目撃できるというのです。

二人は雲天明が残した小宇宙の中で、かつて程心が雲天明の脳と一緒に送った種子の作物を育て、ビックバンを待つことにします。
三体文明の言語を学び文書などを解読しつつも穏やかに過ごす二人。
ここで程心が執筆したのが、本作の冒頭から挟まれる「神の声」である「時の外の過去」という文章でもあったのでした。

回帰運動声明

ところが、大宇宙から膨大なエネルギーを消費して超膜を通してメッセージが送られてきた。
これは、二人のように小宇宙に逃げ込んだあらゆる生命体に向けて「質量を大宇宙に返してください」というメッセージだった。そうでないと、大宇宙はビッグクランチできずに膨張しつづけて、本当に死んだ状態になってしまう──。

しかもそれは膨大な数の文明の生命体が解読できるよう、あらゆる言語で送信されていた。その数157万。
それでも「大宇宙にかつて存在していた文明の総数にくらべれば、157万という数はゼロに等しい」。
その中に三体語も地球語も含まれていたということに、二人と一体は感極まるのです。

自分たちくらいは回帰しなくても大丈夫だろう、万一ビッグクランチに失敗して大宇宙が「死」んでも、この小宇宙で生き続けることも可能なのだから・・・。

普通はそう考えます。
そりゃあ自分は死にたくないわけですし、新しい宇宙なんてめちゃくちゃ見てみたいじゃないですか。

でも、質量を奪っている全員がそう思ったら結局宇宙は死んでしまう。
自分たちのやるべきことはそれではない───。

そして二人は、「回帰する」ことを決断するのでした。
宇宙の質量は、きわめて正確かつ完璧に設計されていることを、三体人はすでに証明していた。
宇宙の総質量は、ビッグクランチを引き起こすのにちょうどぴったりの数値なんだ。

最後に:雑感

やっと終わりました…。

スケールの広がり方、嫌いじゃない!

上巻はちょっとダルい展開がずっと続くのですが(長編ハードSFにありがち)、上巻の最後、死んだと思われていた雲天明が生きていたことが判明したところからの怒涛の展開。
雲天明と程心が再会したところは物語のクライマックスといっても過言ではないほど、ワクワクとドキドキがあります。
終盤はグレッグ・イーガンを彷彿とさせるような次元や時間を超越する描写となっていきます。
神の領域に足を掛けつつあったので「さすがにそこまでいくとファンタジーみが出ちゃうな…」と思いましたが、ちゃんとそこは掘り下げませんでしたね。

程心は人気無いらしい

主人公の程心、人気無いってよ。
確かに、送信ボタン押せなかったのは弱さかもしれないし、太陽系がペラペラになった瞬間から見れば太陽系もろとも破滅に追いやった張本人…に見えなくもない。
ヒーローみは最後まで全くないです。そういう意味では残念な主人公ではある。

でも、程心は投げやりになっていないし、ちゃんと覚悟して自分の責任に向き合ってます。
優柔不断だったり無責任だったりしたらがっかりしてたと思いますが、程心はかなり真摯に生きたと思いますので、イライラしたりはしなかったです。
むしろ普通の人間だったら気が狂って早々に人生を退場している気がするので、最後まで生き抜いた程心は十分すごい人ですよ。
一番最後の「質量を返す」決断も、程心らしいというか、ブレないという意味ではすっごく主人公してます。

もちろん感じ方は人それぞれですが、個人的にはここは終盤で関一帆が言ってくれている通りに感じてます。
きみはやっぱり、まちがったことはしていない。
愛はまちがいじゃないからね。
ひとりの個人が世界を滅ぼすことなんてありえない。
仮にあの世界が滅んだとするなら、それは、生きている者もすでに死んでいった者も含めて、すべての人間の行ないの結果なんだ。

歴史好きなところもイイ

特にこのⅢ「死神永生」は序盤から「歴史書」風で描かれてます。
自分も最近特に歴史が好きで勉強し直しているのもあって、関一帆との終盤の掛け合いも非常によかった。

歴史書って、それが事実の羅列であればあるほど、別にそれ本体がなにか啓示を与えてくれるとか教訓を示しているとか積極的に何かを訴えたりはしない。本書もそういう感じ。

「程心の優しさと弱さは人類の象徴」と読み取ることもできるし、終盤でちゃんと関さんが「それが人類の弱さだ」と言い切ってくれるのもすごく好きなんですが、別に作者は「それを伝えたかった」という押し付けがましい話でもないと感じるんです。
そうとも言えるよね。それも真実。だけどそれが全てじゃない。
歴史書ってそういうことなんですよね。この空気感がすごく好きです。

全てが解決!スカッと爽快!なヒーロー物語ではないけど、それが宇宙ってことで。そこに生きるのが矮小な人類っていう存在と歴史で。だけどそれを前提としたとしても、やはり生命や歴史は美しい、という人間讃歌でもある。

複雑でどうしようもなくて矮小で無力、だけど全宇宙の質量の一部分でもある。
いいですねぇ。ハードSF作家って絶対仏教好きだと思うんだ。

「石に文字を彫る」

これ、後半では一番アツかった台詞かもしれません。

石に文字を彫る

口に出して読みたい日本語。

ここを読んでた時、やはり漢字って効率いいんだなと改めて思いましたよね。
三体の本書も日本語訳のものより薄いらしい。

以前、英語を勉強していたとき「音として効率がいいのは日本語よりも英語(少ない音でより多くの情報を伝達できる)」だが、「書き言葉としては英語より日本語のほうが効率がいい(少ない文字でより多くの情報を伝達できる)」と思ったことがあります。
これはそう感じた瞬間があったというだけで、根拠を調べたりはしていませんが、やはり漢字は文字としてはかなり効率がいい部類になるんじゃないでしょうか。
映画「Arrival」とかを見ていても、象形文字やそれに近い文字はやはり効率がいいんだと思います。
今は歴史的な経緯もあって国際会議では英語などが主流だけど、もっと文明が成熟したときには、政治的な理由ではなく効率がいいという理由で公文書は漢字で書いてるんでは・・・・・とか妄想するのも楽しい。
人間が一度に認識できるサイズには限界があるから、人の生物的な形態が大きく変わらない限り、効率化の問題はずっとあるんじゃないかな。

三体世界の影が薄い・謎が多い

「あ、そこは説明しないんやな」というのが結構多かった印象。
不足感や不満感はほとんど無いのですが、シンプルに気になるんですよね。

結局三体は地球文明に対して何をしてたのか。
雲天明は三体世界とどのように付き合っていたのか。そのきっかけは?など。

Ⅱ「黒暗森林」の終盤では太陽系文明と三体世界は友好国になりましたという感じだったので、もう少し具体的な描写が出てくるかと思いきや、三体世界についてはほとんど何も分からないままでしたね。
三体要素は智子が出てきてくれるくらいだったので、もはやタイトル「三体」じゃないのでは…?と思いながら読んでました。笑

サブタイトル

死神永生。
本作はいわゆる「神の領域」には足を突っ込まなかったものの、「大宇宙が数値的にピッタリなのは、そもそも誰かの恣意なのではないか」という解釈も可能な示唆がなされていると思うのです。

でも、たとえそうだったとしても、もはや宗教的な信念によってその仕組みを維持しようとするラストの決断に至るわけで、それの良し悪しなんかを論じていないのですよね。
もしもそれが神ではなく死神なのだとしても、その途方もないサイクルの中であらゆる可能性を再生する責任が、その中に生きる者としてあるんじゃないか。

・・・これ、中世のキリシタンが読んだら「ハァ?宇宙は神が作り給うたのだから数学的に完璧なのはあたりまえだし、当然人間は責任を果たせよ」と不審がられそうだな。笑

「死神」の解釈としてはこのあたりでしょうかね。
①大宇宙の創造主としての神を死神と言い換えた
②質量を返さずビッグクランチをくぐり抜ける知的生命体新宇宙でもまた戦争を繰り返す
③何度ビッグバンしても結局この大宇宙の生命は戦争をやめないという宿命

そして!
この三体世界や雲天明あたりを公式続編してしまった本が、日本語訳で出版されているらしいんです!
なんとタイミングがいいんでしょう。

公式続編といえばバクスターのタイム・シップですよね。
私は原作厨なので、気に入った作品であればあるほど二次創作やファンのアンソロジーなどを見ないのですが、作者が続編として認めているというなら話は別です。

しばし「死神永生」の余韻に浸った後は、ぜひこちらも読んでみたいと思います。

三体(Ⅲ)死神永生 上
劉 慈欣 (著), 富安 健一郎 (イラスト), 大森 望 (翻訳), 光吉 さくら (翻訳), ワン チャイ (翻訳), 泊 功 (翻訳)
三体(Ⅲ)死神永生 下
劉 慈欣 (著), 富安 健一郎 (イラスト), 大森 望 (翻訳), 光吉 さくら (翻訳), ワン チャイ (翻訳), 泊 功 (翻訳)