アンドロイドは電気羊の夢を見るか?で逃亡してきた「8人」とは誰か?レイチェルは彼らと繋がっていた?

考察, science - fiction SFブレードランナー, ブレラン, 電気羊はアンドロイドの夢を見るか?

原作と映画「ブレードランナー」についてゴチャゴチャレビューしている際に改めて「??」となった箇所を羅列したので、まとめておきます。
こうやってまとめてみると、原作を初見で読んだ時の解釈とは違う解釈もいくらでもできるということに気付かされますね。


原作のレビューはこちら
ブレードランナーのレビューはこちら

本心では、作者自身矛盾に気付いてなくて、エンタメ要素を優先したら微妙に矛盾してしまっただけ、というのが真実だと思ってるので、あんまり細かく考察しても意味なさそうなのですが。
まあせっかく面白いからね。

8人である理由

「ぜんぶで八人だ」ブライアントは書類ばさみを前においていった。
原文:"Eight to start with," Bryant said, consulting his clipboard.

「こんど脱走してきたアンドロイドは何人?」とレイチェル。
「八人だ。最初はね。そのうち二人はすでに廃棄処理された。おれじゃなく、べつの男に。」
原文:
“How many androids escaped this time?" Rachael inquired.
Presently he said, “Eight. Originally. Two have already been retired, by someone else; not me."


「八人の中で生き残ったのは私だけかもしれないわ。」
原文:"I may be the only one of the eight of us left. So maybe you’re right."

※ただし「8人で宇宙船に乗ってきた」という言及はどこにもない。もしかしたらポロコフが示唆したように「もっと大勢で」来ているが、今回は偶然そのうちの8人が懸賞金首になっただけ、という可能性もある


8人の中で間違いないと思われるメンバー6名:
  • ロイ・ベイティー
  • アームガード・ベイティー
  • ルーバ・ラフト
  • ガーランド警視
  • プリス(意見割れる可能性あり)
  • アンダーズ(最初に処理された二人のうちの一人)
残りの2名は、素直に読めば「ポロコフ」「最初に処理された二人のうちの一人」である。だが、そうとも言い切れない台詞がいくつかある。


疑わしいメンバーとその理由

最初に処理された二人のうちのもう一人は誰?

ギッチェル? 
ロイがプリスと再会して「やられたメンバー」の名前を挙げるところで一度だけ登場

ハスキング? 
プリスが「他のメンバーはもう捕まっているかもしれない」と名前を挙げるところで一度だけ登場

※ただしこの2人については「ギッチェル=ハスキング」のような同一人物を指す名前であれば矛盾しない
※もしくは「8人以上で来ていた」ので、名前が挙げられたり挙げられなかったりした人がいた、とも考えられる

「ところでポロコフがやられたぞ」
「ガーランドも」
「アンダーズとギッチェル、それにきょうの昼過ぎにはルーバもやられた」
原文:
“Well, they got Polokov."
“They got Garland," Roy Baty said."They got Anders and Gitchel and then just a little earlier today they got Luba."

プリスは言った。「あなたって優しいひとね、J・Rイジドア。でも、もしバウンティ・ハンターがみんなを殺したのなら──マックス・ポロコフも、ガーランドも、ルーバも、ハスキングも、ロイ・ベイティも──」言葉を切って、「それに、アームガード・ベイティーも、みんな死んでしまったのなら、もう生きていてもしょうがないわ。みんな、私の親友だったのに。それにしても、なんで連絡してこないのよ?」
原文:
Pris said, “That’s very nice of you, J. R. Isidore. But if bounty hunters got the others, got Max Polokov and Garland and Luba and Hasking and Roy Baty – " She broke off. “Roy and Irmgard Baty. If they’re dead then it really doesn’t matter. They’re my best friends. Why the hell don’t I hear from them, I wonder?"



ポロコフは8人のうちの一人ではない?

プリスもロイ・ベイティーも、ポロコフを「仲間の一人」として名前を挙げているが、ガーランドがヘマをした際、こんな事を言っている。
私がどこで計算しそこなったか知っているか? ポロコフの一件を知らなかったことだ。
彼はわれわれより先に地球へきていたにちがいない。そうとしか考えられない。
全然べつのグループ──われわれとは接触のないグループといっしょにだ。
原文:
You know where I guessed wrong? I didn’t know about Polokov. He must have come here earlier; obviously he came here earlier. In another group entirely – no contact with ours.

「ポロコフの一件」というのは、このあとの台詞から、彼が世界警察機構に潜り込んでなりすましていたことを指していると思われる。
ガーランドはこの時フィル・レッシュのことをアンドロイドだと明言し、それが嘘だったということが作中で判明しているため、これも嘘の可能性はある。

残りの指名手配犯リストのメンバーは同じ船で来た仲間だと言ったあとなので、もしかしたら「君が追っている8人の逃亡者というのは別の船なのではないのかね?」というブラフ…とも取れるか?
もしも「そのリストは全員知らないやつらだ」+「ポロコフの一件を知らなかった」 だからポロコフの死体を脊髄テストにワンチャン掛けた、なら理解できるのだが…。

しかもそれは「ポロコフが仲間のアンドロイドだと分かっていたら」できる戦略だが、であれば絶対クロなわけで、最初から脊髄テストなんかに回す方がおかしくなる。
回すにしても結果をどこかで捻じ曲げる等してリックを騙そうとしたなら納得感が高いが、わざわざ正しい検査結果を開示する意味がわからない。

このシーン、「本物の警察が、どデカイ偽の警察署があることに気付いてないなんておかしいだろ」みたいなツッコミが多いようですが、まあそこはファンタジーとしていいと思うんですよね。
それよりもガーランドが意味不明すぎるほうが気になってしまいました。


プリスは8人のうちの一人ではない?

プリスについては、私は「間違いないと思われる6人」の一人としましたが、「レイチェル」側の矛盾を考えたときに、プリスが「本当に逃亡してきたプリスなのか」は意見が割れる可能性があると思ってます。
個人的には、レイチェル側の矛盾はわりとレイチェルサイドで解決できそうなので「間違いないと思われる6人」としました。

レイチェルの話を信じるならば、「ローゼン協会」がハニトラ仕掛けるための量産人格が「レイチェル・ローゼン」であるのであり、火星に移住した「まっとうな」人間様にもそういうのを仕掛けておきたいのがあったが、その役回りに自覚のあったレイチェル(プリス)は持ち場から逃げ出した、と考えるのがよさそうです。
(もしこの仮定が本当なのだとしたら、ウダウダ言いつつキッチリ役回りをこなしている、リックが惚れた方の「レイチェル」はかなり優秀ですよねぇ。)


レイチェルは8人と繋がっていた?

レイチェルはいつ自分がアンドロイドだと知った?

さて、「ローゼン協会付きの、ハニトラ用量産型人格」である事がわかったレイチェル。
つまりリックにつきまとっていたのは「リックに惚れさせて一発ヤッて、もうアンドロイドを殺せなくする」という「古くさいアイデア」を実行していたのだと。

この時点で「リックと出会った時はまだ人間だと思っていた」というのは嘘の可能性が高くなります。
まあ、序盤でレイチェルがカンプフを受けたシーンは、最初から最後までエルドン&レイチェルの完全な台本どおりだったというよりは、騙し切れ無さそうだからピッと舵を切った、という感じなのでしょうかね。

私は初見時は「レイチェルはその時まで自分をアンドロイドだと思っていた」のは本当だと思って、作中で「レイチェルの葛藤」が描かれているのかと思っていたのです。
でも、寝た瞬間に「あんたも引っかかったわね」みたいな感じのことを言い出しているので、お仕事である自覚はあったのだろうなと。葛藤の内容そのものはレイチェルの本心だと思うのですがね。
もしもレイチェルが「リックと出会った日にはじめて自分がアンドロイドだと知った」なら、「これまで9人のバウンティ・ハンターをハニトラしてきた」の台詞が意味不明になってしまいますし。


レイチェルの言う「わたしたち」って誰?

さて、そんな彼女の大きな謎は「逃亡した8人とレイチェルは繋がっていて、協力していたのか?」ということ。

全員を知っていたわ。まだ彼らが存在していたときに。いま知っているのは三人だけ。
けさ、わたしたちはあなたを止めようとしたわ。あなたがデイヴ・ホールデンのリストを引き継いで仕事にかかる前に。
原文:
“I knew all of them, when they still existed. I know three, now. We tried to stop you this morning, before you started out with Dave Holden’s list. I tried again, just before Polokov reached you. But then after that I had to wait."

「わたしたち」って誰? という話ですよね。 素直に読めば「We = ローゼン協会」です。
ローゼン協会的には逃亡しているNexus6型がどう出るか、進化するか、特異点を見たいからわけだしさくっと殺してくれるな、という感じでしょうか。

もう一つ気になる言い回しが。
「あら、じゃ、フィルは劇場まであなたについていったのか。それは知らなかった。ちょうどそのころに仲間との連絡がとだえてしまったのよ。彼女が殺されたことだけは分かったけど。当然、手をくだしたのはあなただと思っていたわ」
原文:
“Oh, so Phil accompanied you back to the opera house. We didn’t know that; our communications broke down about then. We knew just that she had been killed; we naturally assumed by you."

ここでは「知らなかった」の「We」が訳で落ちてしまっています。そして続く「our communications」が「仲間との連絡」と、はじめて「仲間」という言い回しになります。
この「We」は協会だと考えていいでしょう。協会とレイチェルの連絡が途絶えるのはおかしいですからね。そうすると、「our」は「逃亡者グループ」と私、ということになります。

一応ついでにもう一つ。
「協会は」とレイチェルがいった。「こことソ連のバウンティ・ハンターたちに接触をはかったのよ。この手はいつも成功するみたいなの……その理由はわたしたちには理解できない。やはり、それもわたしたちの限界らしいけれど」
原文:
“The association," Rachael said, “wanted to reach the bounty hunters here and in the Soviet Union.
This seemed to work . . . for reasons which we do not fully understand. Our limitation again, I guess."

ここの「we do not」のweは明らかに「協会」ではありませんね。続く「Our limitation」から察するに、ここの「we」と「Our」はおそらく「アンドロイドたちは」ということだと思われます。
(ここのWeとOurを「レイチェル群」として、タチコマのように記憶を同期させているという解釈も可能ではある)


上記のことから、レイチェルは逃亡者グループと何からの連絡を取り合っていた可能性が高いです。
で、当然のように「仲間との連絡」・・・これを誰がしていたのかということですよ。

「仲間との連絡がとだえた」の「仲間」って誰?

この連絡網は「ルーバ」←→「レイチェル」間で個人的な連絡網という線がもっともありそうですよね。

「ルーバ・ラフトとわたしは二年近くのあいだ、とてもとても仲のいい友だちだったわ。」
原文:
“Luba Luft and I had been close, very close friends for almost two years. What did you think of her? Did you like her?

レイチェルは「2年ほど生きてきて、ということは寿命はあと2年ほど」という会話をリックとしていますから、「レイチェル」として活動しはじめてからすぐにルーバとは「友だちだった」ということになります。
おそらくこれは「お互いにアンドロイドだと知りつつの友人」と思われます。

え?それおかしくない?という箇所もあります。
フィル・レッシュが「俺は3年間もアンドロイドの部下でいて気付かなかったのか」という会話をリックとしている時、リックはこう答えています。
「あれの話だと、集団で地球へ逃げてきたそうだ。とすると、三年もむかしのはずがない。ここ数ヶ月のあいだの出来事にちがいない」
原文:
“According to it," Rick said, “the bunch of them came to Earth together. And that wasn’t as long ago as three years; it’s only been a matter of months."

実はここ以外に、この8人が「いつ」地球に来たのかについて言及しているシーンが一つもありません。(たぶん)
このリックが本気で言っているのだとしたら、「ルーバとレイチェルが2年間、仲のいい友だちだった」というのは意味不明になってしまいます。
(私はこの台詞と「プリスが私の座を奪う」の台詞のせいで、初見時は「レイチェルは元々逃亡アンドロイドで、ローゼン協会のレイチェル・ローゼンにすり替わったアンドロイドだった」のかと思ってしまったのですよね。)

ここの解釈は、リックはフィル・レッシュに対して「全く根拠はないけど、たぶん大丈夫さ!」みたいなことを咄嗟に言っただけ(実際は8人は2年前に地球に来ていた ※「ガーランドがすり替わっていた」のは1年くらい)というのが妥当でしょうか。「集団だから~~むかしのはずがない」って意味分かんないですしね。(集団で何年もなりすますなんて不可能だという意味なのでしょうか?)


けれど、8人の側、とくに「プリス、ロイ、アームガード」の3人からは「レイチェル」どころか「協会」に関する言及が一切ありません。
「協会ムカつく」でもなければ「協会が助けてくれる」でもない、とにかく自分とはまるで無関係なものかのように全く言及しません。タイレルの社長をぶっ殺したブレードランナーとは全く違いますね。

なので、協力体制にあったわけではないし8人全員と知り合いだったわけでもないが、友だちだったルーバが個人的にレイチェルに連絡を入れていた、ということだと思われます。

「仲間との連絡が途絶えた」「彼女が死んだことだけは分かった」という日本語訳は良くない意味で妙だなあと思います。
英語なら「私とルーバの連絡が途絶えた」=「彼女が死んだことだけは分かった」と捉えやすいのではないでしょうかね。「仲間」なんて言葉はそれ以前にもそれ以後にも一切出てきませんですし(たぶん)。


で、レイチェル的には「バウンティ・ハンターを誘惑するレイチェルローゼンの一人としてリックを手玉に取る」という仕事をしているだけだし、別に協会は警察に楯突いてまで逃亡アンドロイドを助けたり匿ったりはする気がないっぽいので、偶然、自分の仕事対象(リック)が狙っているのが、友だちがいた一派だった、ということで微妙に手を貸す形になったということでしょう。


余談ですが、レイチェルがリックと寝る前に「プリスの身体的特徴を見て、ウワ~~ッてなった」のも、最初はまあまあ本心だと思っていたのですが、2年も仲の良かったルーバがレイチェルに「あなたと全く同じ型のプリスって仲間がいるわよ」と言ってないとは思えませんから、知ってはいたのでしょうね。
なので言葉自体は本心ではあるけれど、別にその時そういう思いが湧いてきたわけではなく、元々持っていたその感情を演技として引き出した、ということなのではないでしょうか。



以上、嘘つきガーランド以外はかなりスッキリしました!

嘘をつかなそうなルーバが、フィル・レッシュに対して「あなたもアンドロイドなのに?」みたいなことを言うシーンがあるのですけど、これは多分リック的には「欠けている≒アンドロイドだろう」という要素がルーバから見ても同じように見えたからなのでは?という気がしています。
ルーバこそ謎の嘘言って相手を興奮させても意味ないと思うタイプでしょうし。

ちなみにブレードランナーのレビューでもさんざん書いたのですが、「リック自身がアンドロイドだった説」は夢オチ的な気持ち悪さがあるので私は反対派です。
それ考察し始めると全て瓦解するのでね。ヒマでヒマで仕方がなかったら考察したいと思います。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック (著), 土井宏明 (イラスト), 浅倉久志 (翻訳)
[HAYAKAWA FACTORY] パーカー フィリップ・K・ディック アンドロイドは電気羊の夢を見るか?