ジェイムズ・P・ホーガン / 時間泥棒(OUT OF TIME)

2021-08-30邦題が残念, science - fiction SFジェイムズ・P・ホーガン

ホーガンの短編。ネタバレあり。

ホーガン作品は他に長編のジャイスターシリーズしか読んでいなかったので新鮮。

「時間が盗まれる」という、ファンタジーやSFではよくありそうでいて、意外とぱっと思い浮かばないテーマですね。(ミヒャエルエンデ/モモくらい?)


刑事と「司祭」が追う時間喪失ミステリ

主人公は、SFミステリではテッパンの「刑事」。

あらゆるところで時計が色々にズレるという状況に対して、主人公が「誰かが時間を盗んでいるのかもしれない」というトンデモ仮説に対し、物理学者だけでなくスピリチュアルな人たちにまで範囲を広げてヒントを探していくというあらすじです。

ホーガンおなじみの「スカした紳士男」の主人公や、スピリチュアル的なものへの嫌悪感が、やはりどストレートに表現されていてニヤニヤできます。笑
相変わらず、心の声ダダ漏れ系の作家さんですよね。愛おしい。

しかも、ホーガンSFの醍醐味である「現在の価値観や常識や物理法則は、見えている範囲しか見えていないだけである」状況の中にあって「それでも現在の技術や姿勢で対処可能である」という科学者ドリーム を描いているのも同様。いいですねぇ。

ただ、短編だからなのか人物描写は粗いというか、物足りなさはあります。

「調査や議論をすることで答えにたどり着く」というコアな流れはジャイスターシリーズでも同様で、ホーガン氏はそういう過程を描くのが好きなのだと思うのですが(私も好き!!)、それって物語としては地味になりがちだと思うんですよね。
そこを、安易に事件の乱発をさせずシンプルに「議論で解決に導く」というのをエンタテイメントさせ切った名作が「星を継ぐもの」だと思いますが、本作は作者自身に油が乗った影響なのか、登場人物も多いし複雑な書き込みをしている代わりに、キャラクターの個性や掛け合いがかなり少なくなっているという印象です。そこはちょっと残念かな。

テーマとしては十分に長編にできる内容だと思いますが、わざわざ短篇で書いていてキャラクターの個性も少し控えめということは、テーマを書ききるというのがその時のホーガン氏にとっての本作だったのでしょう。


まさかの次元を跨いだ「バグ」

時計が狂う原因は、「美味しい時間」を食べて「空間を排泄する」という、目には見えないまさしく「虫(バグ)」のせいだった。
その虫にとって「美味しい」のは電気的エネルギーが多い(活発)なところの時間。
なのでデータセンターなどでは大きく時間が失われていた。

電気的な活動が生活のコアとなっている現代の地球において虫たちはどんどん繁殖していくので、これをどう堰き止めそして対処するのかという、まさに「疫病との戦い」の様相を呈してきます。

う~んまさに、人間の驚異として向き合い続けてきた「ウイルスとの戦い」。
新型ウイルスのせいで近代国家が滅亡の危機、というフィクションは多いですが、まさかホーガンがしかも「別次元の虫たち」でやるとは・・・・。

ここの種明かしはなかなか面白いですね。
当然その仮説にたどり着いたのは、ご都合主義的主人公の神の思し召しかのような思いつきではなく、「どこがどのように時間がずれているか」を徹底的に洗い出して研究したら「まるで虫がエサを求めて移動し、繁殖していく動きとほとんど同じ」ということが分かった、ということからの気付きです。
むろん、それが「虫の動きと同じじゃないか?」と気づくのは主人公であり、そして「美味しい時間を食べようとしてそこに集まる」という表現をしたのはパートナー役の女性。
そこは流石に華を持たせています。まあ主人公だからね!

訳者解説でも少し言及がありましたが、「時間がバラバラにずれる」というのは本作では社会活動がままならなくなる、という程度の描写にとどまっていて、人体への影響とかシビアでヘビーな内容には切り込んでいきません。そこまでやり始めたらテレビドラマシーズン8とかまで余裕で作れてしまいそうだし、あくまで侵略の意思のない「虫」がお相手なので、この分量で逆にさっぱりしててよかったです。


解決方法については「ほえ?」という感想でした。笑

ウイルスが人体を直接脅かすのとは違い、この「バグ」は人間の人体を食うわけでもなし、早い話「電気全部切れば」困らないわけです。
でも、人間がいつまで経っても「接触」をベースにした社会的な活動をする生物であるのと同様(≒ウイルスとの戦いは終わらない)、現代生活を維持するには「電気を全部切る」なんてのは甚だ不可能ですので、そういう意味で根本的に根絶できないのは同じ。そういう意味では対処が難しい相手。(ちなみに作中ではまだ携帯もなく、電話は電話交換手がつないでいる時代です
もしかして現代人がウイルスに向き合うときにヒントになる面白い思考が飛び出すのか‥?と思いきや、

それに対する対処が「餌(CPU群)で完璧に釣っておいて、海中に埋める」。

ええ!?w

目に見えない虫が完璧に釣られ切るというのも無理矢理感がありますし、海中に埋める!!?

そもそも次元を超越しているのか、こっちの知りうる物理法則外(もしくは下位/上位の法則)で動いていると思われる相手なのに「ニューヨークを閉鎖すれば他の土地には増殖しない」といったような、こっちの次元での距離に影響されているのもかなり不思議でしたが、影響されるのだとしても「餌まで遠ければ死ぬ」の「遠さ」をどうやって計ったのかの描写がなかったので、「遠い海に沈めればおk」っていうラストはさすがにちょっと笑ってしまいました。「餌の供給が(これくらいの時間)絶たれれば死ぬはずだ」という仮説を検証するシーンも確か無かった。

解決のシーンはかなりあっさりしているので、「まさかそんな虫が!?」という仮説の議論をするところ(まで)が本体な、ショートショート風味な作品ですね。



おいおい、邦題(小言)

久々にやってまいりました。「邦題が残念」シリーズに認定します!!

原題は「OUT OF TIME」ですよ。

素直に「時間喪失」とか、もう少しセンセーショナルにしたいなら「時間崩壊」とかにしてほしかった。

確かに序盤に「エイリアンに時間を盗まれている」という仮説がすぐに出てくるので、ぜんぜん違う!とまでは思わないものの、それは作中でのミスリードなので、タイトルにするなよと思いますね…。

ホーガンは確かに「どんでん返し系」っぽい作風でもあるし、わざわざ今回は科学者ではなく刑事を主人公にしたのも、「泥棒を捕まえる」というミステリ的なミスリードを誘うものだと思うのですが、でもなぁ…。

日本人が感じる「時間泥棒」を英語に直訳したら、多分「TIME THIEF」ですよね。
読み終わって見れば「時間が崩壊する」というよりは「(別に侵略等の意思のない虫たちに)食べられた」という内容なので「ドロボーされた」感じに近いのもわかる気もしますが…。
だったらホーガンは「TIME THIEF」にしてますよね?

Amazonレビューをチラっとだけ見ましたが、まさにタイトルにミスリードされて読んだ人が「え?」みたいになっているのもあったので、「より売れさせるために」作られた邦題であっても「作者はそうは思ってないやろ」みたいなタイトルはどうなのかなぁと思ったのでした。


それから少し疑問なのが、この作品1993年の作品なので携帯電話は出てこないのですが「交換台」って出てくるんですよね。
さすがにその時代に電話交換手っていなかったと思うのですが、主要なところには一部残っていたのか、いわゆる電話交換手じゃないのかがよく分からなかったな。