テッド・チャン / あなたの人生の物語
ハードSFなのに、繊細。
短編集。これは。
サイエンスフィクションとして真面目に楽しい。
ハヤカワ文庫SFで浅倉久志氏他訳。
表題作の「あなたの人生の物語」は 私の大好きなSFランキング ベスト3 になりました。⇒ [2018年の再読&映画記事はこちら]
「バビロンの塔」
タイトルどおり、バビロンの塔を登る物語。これは相対的には一番面白くなかったかな。
塔を登るにあたっての描写がかなり細かくて、リアルだったしとても興味深くはあった。
ただ題材としてバビロンの塔を扱うゆえに切り離せない命題として、「登りきれるのか?登りきった場合一体どうなるのか?」という結末の意外性に対する期待を拭えない。
人によってどう捉えるかはそれぞれだけど、個人的には意外性もとくに無く、へ~、この作者はこういう結末にしたんだね。という印象で終わってしまった。。
「理解」
これはかなり興味深く、純粋に面白かった。SF好きとして、未来はどうなっていくんだろうとか文明や肉体の進歩の類に興味をそそられる。
脳の神経系(かな?)に異常をきたした人物への処方として用いられている「ホルモンK療法」を(知能に異常のある)レオンが受け、もしや知能が向上するやも、という内容。
これは誰が見ても「アルジャーノンに花束を」を彷彿とさせるよね。
そういう意味では無意識的に「最後はその反動で知能が低下するといオチがありえるのでは」みたいな心配を、とくに前半はしてしまって気が逸れた分、残念ではあった。
アルジャーノンと比べると、アルジャーノンはもっと文学的というか、まだ人類と主人公をこれほどまでに分け隔てるような描写は無かった。主人公には人類とほとんど同じような精神状態、感情の面で…があったから(とくに恋愛においてとか)、読み手は同じ人類としての立場から、異端児みたいな軽蔑や同情が出来たわけだ。
でも、「理解」ではそれは良い意味で、できないw
アルジャーノンでは、レポートの文章力が知能向上を表現するアイテムになっていたけれど、「理解」では、知能の向上はもう文章力とかでは計りきれないレベルだと読み手はすぐに分かる。
だからこそ、もうぐんぐん引き込まれる。
さらに途中もう1人、同じホルモンK治療を受けたレイノルズ(しかも目指すところが違う!)が出てきて、もうドキドキ。
最後は二人のやりとりを生唾をのんで読みました。
レイノルズがその後どうするのかも気になるけど、読み手はレオンと高揚感を共有してつっぱしった感があるから、読後感はかなりすっきりでした。
「ゼロで割る」
私にはすぐには良さが理解しきれなかったかも、と思う作品。つまり訳者浅倉氏が解説ページで「科学を説明しながらメタファーに用いてドラマを紡ぐ」としているのだけど、言わんとしてることは一応わかる、というレベルにとどまってしまった。
それがなにか感動を生んだかといわれると、(私の理解力不足により)、あまり生まれなかった。
ただレネーとカールのやりとりは面白く、レネーの気付きそのものも面白い。
「理解」でもそうだったんだけど、説明されていることは実はあんまり良くわかってないのだけど、それでも主人公になぜか共感できてしまう、というのがチャンのすごいところでもあると思う。
数学の概念が崩れ落ちたら、そりゃ、とくに数学を真としてきた人にしてみればとんでもない大事件だよね。(それこそ、信仰者じゃない人間が天使とか見ちゃったら発狂しちゃうかも、人生観がぶちこわしで)
「あなたの人生の物語」
読んだ直後は不思議な気分で、「いい作品だった!」と素直に思えなかったのですが、ずーっと心に残る、面白い作品。私の大好きなSFランキング ベスト3 になりました。⇒ [2018年の再読&映画記事はこちら]
言語学者であるバンクス博士が、いわゆる宇宙人であるヘプタポットたちと言語をやり取りする過程がまず面白い。
かなり面白い。
こういった具体的なところは都合よく省かれる作品も多いので、そこをしっかり描き、テーマを書ききるというのは、ハードSF作家としてさすが。
「人類は逐次的認識様式を発達させ、一方ヘプタポッドは同時的認識様式を発達させた」
ふむ…「時間とはなにか」みたいな話とも通じる興味深い話だよね。
フェルマーの原理についてもうちょっと調べてみたくなる。
オチは「ゼロで割る」と若干似ていました。
時間の流れに沿ってしか生きられない、認識できないという概念について考えさせられる、ハードSFとしても満点な内容。そこに繊細な人間模様が表現されている。娯楽フィクションとしても優秀です。
しかも、その描写が「優しい」んですよね。
グレッグ・イーガンも人間模様描写はかなり上手いと思うのですが、チャンよりさっぱり、やや鋭角な描き方。それと比べても、読みやすいなぁと思います。