Rupert Sanders / Ghost in the Shell [ハリウッド版]

2017-05-08洋画, science - fiction SF

『ゴースト・イン・ザ・シェル』公式アートブック THE ART OF 攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL
試写会があたったので。
押井版ファンとしては、もとより期待はしていません。笑

映画館じゃなかったので画面が暗く、ウリの1つであろう「細微に美しいCG」というのはほぼ感じることができませんでした…。



想像通りの「ハリウッド版」Ghost in the Shell

もともと私は押井守版のGHOST IN THE SHELLの大ファン。流れはもちろん頭に入ってますし、台詞もだいたい覚えてます。もちろん、「謡」も歌えます。笑
ちなみにアニメ版の「攻殻機動隊シリーズ」も好きですが、押井版とはまた違った「好き」です。アニメ版はタチコマとバトーが可愛いw

さて、押井版好きから言わせると、「押井版のいいところをきれいに削ぎ落とした、ただのよくあるSF」になってしまったな~。という感じ。

士郎さんの原作や押井版と本作は、結論が真逆なのです。

本作のあらすじを簡単にまとめると、こう。

「脳以外が人工物の体となってしまった主人公(素子)が、人間としてのアイデンティティを見失っていることに葛藤する。最終的には出生を突き止めアイデンティティを見出して、古典的な定義での『人間』として生きていく決意をする。」

ありがち~~。

士郎版や押井版の素子は、むしろ「そうしない」選択をするんです。

だから、問題提起になりうる。
なので、異様なブームと評価を得たわけですよね。

ハリウッドやディズニーは「王道(ハッピーエンド)」の構成はめちゃくちゃ上手くて、それはそれで素晴らしいんだけど、それを攻殻機動隊でやってほしくなかったかな。

そんなわけで、素子が全く別人です。

押井版でも素子は「私とは何か」と葛藤して最終的には解を得る感じですが、それは「過去がもたらす『安心』に安堵し、未来と向き合えるようになった」というような、そこらへんの人間にありがちなものではない。
「徹底的に現在の存在を疑ったからこそ、新しい次元へ自ら足を踏み込む決意を得た」という、我々の発想や人知を飛び越えたもの。
だから押井版の素子はめちゃくちゃカッコいい…、というか惹きつけられるものがあるのです。

だいたい、特定の誰か(本作ではオウレイ博士)が心の拠り所で、裏切られて傷ついた、みたいなそんな…そんな少女漫画みたいな可愛らしい展開ありえません。。
「一個人のアイデンティティを捨てて」、電子世界に融合しちゃうような人ですよw


敬意を感じる

でも、作品の作り込みやそれぞれのエピソードは、かなり押井版をオマージュした形になっています。
押井版やアニメ版も知っている人が見ると、「あの場面とこの場面をそうやって使うのか!」みたいな連続で、ちょっとむず痒いです。
好きなんだなぁw という敬意は感じました。笑

キャストや映像に関しては、さすが、頑張ってますね。

荒巻課長がビートたけしな時点で期待はしていませんでしたが、日本リスペクトとも取れる「たけしは日本語でそのまま会話する」というのは案外よかった。「リアルタイム翻訳が完全に機能しているんだな」という印象にもなりました。
顔立ちや演技からして、素子がスカーレット・ヨハンソン、というのも納得です。キレイカッコイイという印象はちゃんと表現されていてすばらしかった。
他のキャストは詳しくは調べてないけど、バトーはバトーだったし(まあバトーはやりやすいからね‥w)、意外にもトグサが良かった。トグサはシンガポール出身のアジア人。少ないシーンでも、トグサの「元刑事」「妻帯者」っぷりがよくわかったし、「未来で9課をまとめることになる」ところまで匂わす演技だったと思います。

イシカワ、サイトー、ボーマに関しては「え、いたの?」くらいの量しか出てきませんけどねw


それから街の表現。

押井版が表現したかった雰囲気を上手く継いでいる感じです。
なかなかあの「確実に未来なのに、実は荒廃している雰囲気もあって、そして基本カオス」は描きづらいと思うのですが、ちゃんと独自の視点(巨大人物3Dを多用とか)を混ぜ込みつつ近未来を書き上げたのは素晴らしかった。AKIRA好き、サイバーパンクディストピア好きにも、ウケる表現になってると思います。


最近の「攻殻」

ARISEで(原作にはない)過去を描いたり、また新たなアニメシリーズが始まるなど、「9課」が独り歩きしているコンテンツになりつつあるようです。
ARISEを観る気にならないのは、ここに書いたことに似ていて「過去編」みたいなのは、素子らしくない、と思うから。


「過去編」って実はめちゃくちゃやりやすい上に、ウケるんだよね。「なんであの人はそうなったのか」「こんなことになってしまったのか」が分かって、溜飲が下がるような爽快感があるんです。フロイト的「原因論」好きな人からすると、「原因」が分かってすっきりするんです。これも王道です。だからみんなやる。

でも、それって後付だなーってすぐバレるんだよね。思った以上にヒットしてシリーズ化や長期連載になってしまい、後から過去のエピソードを作る、っていうパターンがほとんどだと思っているので、仕方ないけど。

みんな「ルパン」のガチな過去編とかってあんまり興味ないでしょ? 別にルパンがなんでああいう性格で、ああいう仕事してるのかなんて、聞いても仕方ないじゃん?
たぶん、過去編を描いているやつは在ると思うんだけど、少なくとも私は観てない。興味ないんだよ。「今のルパン」が楽しいから、過去に遡る必要がない。

というわけで、私の好きな素子はもうあんまり見れないのかなぁ、と思うと、ヒットの火付け役である押井版のファンとしては、ちょっと寂しいのでした。
(士郎版も押井版も、9課を「続きモノ」として描いてないという意味では、そもそも無理やりなんですけどね。9課をシリーズモノとして他展開し続けている、ということ自体が。シリーズものに昇華したのはアニメ版S.A.Cの神山さんの功績(?)かも。)