清武 英利 / しんがり 山一證券 最後の12人

2019-04-20お気に入り・おすすめ, 史実に基づく・史実がベース, 味わい本(じっくり読みたい), money お金, social 社会, non-fiction ノンフィクション

尊敬している人がおすすめしていたので。

バブル崩壊は自身の児童期にあたる。
しかも親族に証券関係者がいるので、思った以上に生々しかったです。

…その実態は、ほんとにこれノンフィクションなの?と思わずにはいられない「12人の英雄伝」でした。

一言で言うと、「ヤバい」。
読んでいるあいだ中、ずっと、「ヤバい」と思いながら読んでました。
大きく気持ちが揺さぶられている最中って、こんな陳腐な言葉しか出てこないものです。


隠されていた巨額の負債は、いかに生まれたのか

証券業界の良くない面ときくと、いわゆる「錬金術」のようなものをイメージします。
本書はまさにその「みせかけの錬金術」の「後始末」を、真摯にやりきった「しんがり」達のお話。

たとえフィクションであってもドキドキする内容なのに、この本はノンフィクションなのです。
終始緊張して、息を殺して読むことになりました。

序盤、倒産の直接的な要因とは別の「小池騒動」のくだり。そのあとキーマンとなってくるメンバーが「アジト」で、社員を介抱したというエピソードを読んだだけで、涙が出てしまいました。


ノンフィクションの中でも、第三者が書く場合、ちょっとした創作や誇張エピソードなどを入れることが多い。本人が書く自叙伝では無いので、細かなやり取りまでは分からないし、多少色づけしたほうが面白いからそうなるのでしょう。しかし本作は第三者が書くにも関わらず、かなりジャーナリスティックな感じで進みます。
そのうえで、物語として非常に面白いのです。

──
潰れるはずがないとみんなが思っていたマンモス企業が、ある日突然、巨額の簿外債務を理由に倒産する。

皆が唖然とし、先には社員が二人も殺されていて、責任ある立場の人間は保身のために責任逃れをし、生活がかかっている社員はそそくさと転職活動をする。
そんな中、社員でもある本作の主人公たちは「貧乏くじ」だと分かっていながらも、「なぜ、誰がどのようにして簿外債務が発生したのか」、真実を突き止めるため、調査に乗り出す。

調査に乗り出した主人公たちの動機はそれぞれだと思いますが、「誰かがやらなくてはならない(やるべき事象がある)」ことに対し、嘘がつけない人たちなんだと思います。
問題があるとき、周囲が手を挙げないとき、「積極的にやりたい訳じゃないけど、誰かがやらなきゃいけないだろ。誰もいないなら、やるよ。」と、本心で思える人。

少々余談ですが、この12人、キャラクター配置もとても良いのです。一人ひとりも魅了的なうえ、本当に創作じゃないの?というほど、よくできている(とてもバランスが良い)のです。
ナントカグラムといったキャラクター診断や、「七人の侍」のバランスがよく例えとして出てきますが、バランスのいいチームというのは強いな、と思います。


彼らが戦うのは、「身内の嘘」。
現実は勧善懲悪ではないので戦い方は複雑な上、相手が「身内」です。

そもそも、「ある日突然」倒産した事実が示すものは。当時の社長である野澤正平氏は東証での記者会見で「社員は悪くないんです」と泣きながらに言い、その野澤氏も倒産の直接的な原因となった「2600億円の簿外債務」のことを、「社長に就任してから知った」と述べた。

明らかに、上層部が意図的に隠していたわけです。
隠し通せる、いつか値が上がる、俺の責任じゃない、、、そんな楽観的な見積と、そして「情」。
役職をすでに離れていたり、保身のためにはぐらかしたりする上層部、それを部下の立場から追求していくのですから、相当に骨の折れる仕事です。

実際に何故、巨額の簿外債務を抱え、それを隠してこれたのか、そして何故それが隠し通せなくなったのかは本書を読んでいただくとして。
(最終的に主人公たちが書き上げる報告書「社内調査報告書 -いわゆる簿外債務を中心として-」は公開されていて、読めます。ネタバレになりますが。)

これを突き止めていく過程を書いたのが本作。
探偵モノが好きな人でも楽しめる「真実を探る」ドキドキや快感と、「組織で働くということ」を考えさせられる人間ドラマ。
主人公たちの真摯かつ諦めない姿勢。

追い詰められた人間がどういう行動に出るのか。
「悪気はない」人たちの連鎖が、「本来望ましくないもの」を組織の中でどう醸成していくのか。

組織の中で働くとは、どんなことなのか…。

内容的には、真実が分かるので終盤はそれなりに爽快なのですが、ノンフィクションだからこそ、本当にずっしりくる問いかけになっています。

組織で働く、ということ。

私のように幼児期、児童期にバブルを間接的に経験した組は、人格形成時期に、周囲の大人や社会の「精算活動」風味な空気の中で育つことになります。

一昔前の人たちはウッキウキの時代があったらしいけど、成長曲線はもう下降に入ってて景気は上向かないし、少子化だし、政治家はあてにならないし。
「希望のある未来」ではなく「精算していってほしい未来」や「失敗談」ばかりを教育されてきたので、そういう世の中にしてきた大人たちをあまり信用していないし、期待も憧れもしない。
さとり世代、とか言われましたけど、当然ですよね。

自身は厳密にはさとり世代ではないですが、「年金はたぶん無いと思ってる」(けど、ルールだから払ってる)、という友人が結構多いです。
そもそもアテにしてられないわけです。

山一證券に限らず、マンモス企業が倒産したことはもちろん、「リストラされて家族が路頭に迷った」、「定年まで勤め上げたのに下流老人」、「離婚して女手一つで貧乏子育て」みたいなニュースや噂話を聞くたび、「誰かや何かに依存することなく、一人で生き抜けるようにならないと」と、思うようになります。

なので、本作のように「1つの会社に人生を捧げる」のが普通で、「1つの会社で勤め上げない人間は難あり」のような時代とは少し違うように思います。
が、間違いなく、そういう時代があった訳です。そしていまは、「そういう価値観」の世代が、今度は重鎮となっている世代です。
それに、とくに流行り廃れのないインフラや仕組み系の大企業では昭和の頃とあまり変わらない会社もあると思う。

本作では
「みんなもやってることだ」
「周りや上司にあわせてやらされただけで、自分は悪くない」
「大きくて歴史もあり、過去に危機を乗り越えたこともある。自分たちだけは大丈夫だろう」
という、責任感が希薄になり、実態が見えにくく楽観的になりやすいという、大企業の良くないところが積もり積もって、いかに危うい状況を作り出すかがよくわかる。

加えて、本作で注目すべきなのは「山一證券だけの過失ではないかもしれない」示唆。
よく考えれば、金融機関は金融政策(政策)と非常に強いつながりのある組織です。
どこまで事実かはわかりませんが、本当に「スケープゴート」にされたのだとしたら、、、無念だったでしょう。


「大企業だから大丈夫」と漠然と思っている若者にはぜひ読んでほしい。
若者でなくとも、組織で働き、「失敗から学ばなくては」と思える人には、本当におすすめ。

富○通の人とか、読むといいと思うよ。

そして、ここまで調査して書き上げた著者にも頭が下がります。
エピローグにある「13人目として認められた気がして嬉しかった」ことが、なぜ著者はここまで細かく調査して、かつ情動が滲み出る書き上げかたなのかの答えになっています。
12人と、彼らが集い戦った歴史の魅力にはまってしまったんですよね。


ここまで人生をかけて仕事をしたい、というわけではないですが、真摯にやりきる、それって本当に素敵だなと改めて思わせられた本でした。