記者たち 衝撃と畏怖の真実(Shock and Awe)

史実に基づく・史実がベース, 洋画, social 社会

アマプラにて。

9.11の報復として、アメリカがイラク侵攻を決定するまでの過程を、新聞記者である主人公2人の視点で描く。

いわゆる「事実を元に派手に脚色したフィクション」かと思って観ていたのですが、どうもノンフィクションに近い内容のようです。


「どうしてイラク戦争をしたのですか?」

主人公の2人(ウォーレン・ストロベル、ジョナサン・ランデー)は、実在する新聞社の実在する記者。
新聞社というのがナイトリッダーという会社で、これはWikipediaによれば
2006年6月27日にMcClatchyに買収されるまでは、米国で2番目に大きな新聞社であり、32の日刊新聞ブランドが販売
ということでかなり大きい組織だったようです。
(もし脚色された映画であれば「名もない弱小地方紙」としてあってもおかしくないストーリーでしたが、大手でしたか。)

2001.9.11の後アメリカ政府は犯人探しを始めるわけですが、これがアフガニスタンに滞在していたアルカイダのビン・ラディンだ ということで翌月の10月7日にはアフガニスタンを攻撃、当時アフガニスタンの実権を握っていたタリバンがビン・ラディンを匿っているとしてタリバンも攻撃しています。そのあとビン・ラディンは捕まって処刑され、アフガニスタンには米政府主導で新政府を作ったものの、未だに内紛が続いている。
タリバンとビン・ラディンの関係については、「大仏破壊 ビンラディン、9・11へのプレリュード」という本が分かりやすいのでおすすめです。
ビンラディン、9・11へのプレリュード 大仏破壊
文庫 – 2007/4/10 高木 徹 (著)
本サイトでのレビューはこちら
アルカイダと米政府は犬猿の仲なので、良し悪しはともかくこの流れ自体にはあまり違和感はありません。

本作で描かれるのは、アフガニスタンではなく、2003年のイラクへの侵攻までの流れ。
当時のイラクは、アラブ民族主義かつイラク・ナショナリズム思想で、実質独裁恐慌政治状態を作り上げていたサッダーム・フセインが統治していた。
フセイン政権、昔はアメリカとの関係も良好だったらしいのだが、石油価格釣り上げに同意しなかったクウェートと喧嘩して侵攻、それを軍事力で諌めたアメリカと関係は悪くなっていた。(これが1991年の湾岸戦争)

そのフセイン政権が「アルカイダに(軍事)援助をしている」とか「大量破壊兵器を隠し持っている」とかということでどんどんイラク侵攻が現実味を帯びてくる。
当時の大統領であるブッシュ・ジュニアが当時の「北朝鮮・イラン・イラク」を悪の枢軸国家だ!と宣ったのは有名な話。

でも序盤、二人の上司であるウォルコットはその噂を報告された時、「フセイン(イラク)がビン・ラディンを援助していただと? そんなわけがあるか! 水と油だぞ。」といったような台詞で一蹴するように、イスラム原理主義者であるビン・ラディンは、むしろフセインからすると弾圧対象でさえあるらしい。

(フセインは…信仰というよりかはいわば昔ながらの…「勝てば官軍、負ければ賊軍」思想にやや近いっぽいのですよね。もともと彼の所属していたバアス党は「西欧思想・帝国主義からの民族独立」的な発足だったようなのですが、途中でそれ(シリアバアス党)とも離れているし、メソポタミアから続くイラクという土地そのものと、そこに生まれ生きるアラブ民族を信奉し守り、強固にしたい、という感じだったようです。となると、歴史上かなり後発であるうえ潔癖すぎるイスラム原理主義者のアルカイダとは確かに相容れなさそう。そもそも「アラブ民族」という括りと「ムスリム」は違うしな。)

しかし大手メディアはアメリカ政府の発表や高官たちの話を鵜呑みにして報道。
多くの国民がベトナム戦争以降、反戦意識も高まっている国内で「大量破壊兵器を隠し持っている証拠は?」と冷静でありつつも、9.11のショックから愛国心も強まり、米政府の主張や正当性を結果的に飲み込んだ形となって開戦となってしまう。

アメリカ国内メディアは、大手のほとんどがこの米政府の主張を鵜呑みにした形だったが、ナイト・リッダー社だけは「大量破壊兵器を隠し持っている証拠はない」という情報を報道しつづけ、後にこれが正しかったということで賞を取っています。


別にこれは陰謀論を主張するものではない。ちゃんとジャーナリズムの話だ。

「どうしてイラク戦争をしたのですか?」は、おそらくここはフィクションである「9.11で愛国心に目覚めて軍に志願し、イラク戦争で足を失った黒人青年」が、冒頭に(イラク戦争に関する?)裁判で述べる一言。
でも、これに対する答えを推測したり追求したりする内容じゃありません。

作中では「戦争をしたいという本音が先にあり、そこに後付で理由を探しているんだ」といった台詞も出てくるのですが、ではなぜ米政府が戦争をしたがっているのか、等については詳しい言及はありません。

それに、別に大手メディアが米政府関係者に支配されていてコントロールされているのだ、目を覚ませ!とかいう陰謀論でもない。

Wikipediaに引用されていた、ロサンゼルスタイムズのこちらの記事によれば、ウォルコット氏は以下のように述べたようです。
The second thing was rather than relying entirely on people of high rank with household names as sources, we had sources who were not political appointees. One of the things that has gone very wrong in Washington journalism is ‘source addiction,’ ‘access addiction,’ and the idea that in order to maintain access to people in the White House or vice president’s office or high up in a department, you have to dance to their tune. That’s not what journalism is about.
そもそもフセインとビン・ラディンが組んでいるという時点でおかしいでしょ、というのがFirst。
で、2つ目に、「we had sources who were not political appointees.」高位の政治家(政治関係者)ではない情報源を持っていた。
ワシントンのジャーナリズムは、ホワイトハウスや政府関係者の高位の人物たちとのつながり(アクセス)に依存し、その経路を維持するために「have to dance to their tune.」だ、と。
果たしてこれが「嘘だと分かっていても生きる(稼ぐ)ために忖度する」ことまで示唆しているのかどうかは分かりませんが、少なくとも 真実かどうかよりも「政府のおエラ方が言っているんだから間違いはないでしょ」と鵜呑みにし、政府の機関誌化していた、ということでしょう。

(作中では「私達、きっと盗聴されているわ!殺されるかもしれないのよ!」と、記者の妻が叫ぶシーンもありますが、これ以外に「政府に忖度しなければ抹殺される」ことを主張するシーンもありません。)

ということで、作品としては純粋にジャーナリズムを描きつつ、やはり本当に「大量破壊兵器を隠し持っていた」というのはでっち上げだった、という事実からどう考えるかは、一応オーディエンスに投げられた形になっています。


時勢的なアレですが、最近のトランプ陣営周辺の陰謀論には本当に辟易しているので、この作品を変な武器として乱用されたくないなぁ…と思ったのでした。
(ほら見ろ!だからメディアを信用するな!米政府もメディアも○○に洗脳支配されている!とか超絶短絡的な飛躍論理言ってる人いそう…。。)

映画的な話

さて、映画としての感想です。

いやー、面白かったです。
アメリカって特に「政府嫌い」というか「権力嫌い」というか…、個人(の権利)が一番大事かつ最強であり、政府関係者はそれらに選ばれて指名されただけに過ぎない、みたいなところありますよね。なのでメディアも千差万別で、みんな言いたいこと言うし、それぞれのやり方で報道をしたりする。

そんな中でも本作で取り上げられる「イラクは大量破壊兵器を持っている」については、ちゃんとした証拠が最後まで出なかったのに、それをしっかり報道していたのは本作の主人公たちの会社「ナイト・リッダー」だけだった、というのだから驚きなのです。
今ではトランプ陣営寄りで忖度紙ではないと言われているFOXニュースも、同様に政府の情報を鵜呑みにした形だったらしい。

政府高官たちさえ、イラクから亡命していた「アフマド・チャラビ」氏に騙された(まあ騙されたというよりかは、大量破壊兵器がある、というのは都合がいいしのでちゃんとした裏を取らずに鵜呑みにした?)ともいわれているようです。

そんな中、一社だけちゃんとジャーナリズムしてた、この事実を後からちゃんと賞される、というのがTHE・アメリカ!という感じ。

世の中はそう単純じゃないので、誰が悪で誰が正義で、どれが真実でこれは陰謀で、とかひと括りにできないものだと思いますが、だからこそFACTをできるだけそのまま報道しようとするジャーナリズムというのは最強であってほしいなぁと思ったりです。


ところで恋人パートは創作かどうかは分からなかったのですが、悪くなかった。

ストロベルが「(口説くのを)私で練習してみる?(意訳)」とリサに言われた時、最初に「きみは共和党か民主党かどっち?」と言い、笑顔で「Try again.」と言われるシーンは好きですね(笑)


あと、日本ではBOSSコーヒーのCMでおなじみのトミー・リー・ジョーンズ!
が元従軍記者役の(ジャーナリズム界隈では)大物のおじさんとして出てきます。
BOSSのCMのせいで貫禄より可愛い感じが… サントリーの功罪だな…w


というわけで、エンターテイメントとしても、世の中を知るキッカケとしても優秀だと思います!

中東情勢を始めとして、まだまだ無知な面がたくさんあるので、特定のシーンや主張だけを切り取って鵜呑みにすることなく、知識を深めていきたいですね。