齋藤 ウィリアム 浩幸 / ザ・チーム
まず、まさかの、著者が経歴詐称で表舞台から消えていました。(!!)
そもそも医師免許を持っていないとか、自身が創業した「I/Oソフトウェア」の売却の記録がないとか、諸々。
ご自身のブログによれば「医師免許を持っていない」ことについては詐称を認めているようですが、その他については「実質そうだった」とか「ウソではないが大げさな表現になってしまった」みたいなことのようです。
事例で推しまくるパワー系エッセー
ということをさておき、本書をざっと再読した感想。まず、約10年前に私が「自分の感覚が肯定されて嬉しかったが、論理的な説明はあまりなかったかも」と書いてあるとおり、本書はいわばエッセー本です。
3/1くらいは自分の経歴を語るページだし、残りの3/2は、ご自身の経験(詐称が明るみになってしまった今となっては、本当にご自身の経験なのか?とさえ思ってしまいますが)や、マイクロソフトやアップル等、凄そうな会社のエピソードなんかを交えながら「様々な強みをもった人々が対等に議論し、一緒に問題に向き合うチーム」という概念がベースとして重要なのだ、という話をずーっとしています。
じゃあどうする、という話は一切ありません。
本書で言えば「破壊的イノベーション」や「アントレプレナーシップ」には、確かに「多様な人間が対等に議論して一緒に問題に向き合う」という概念が大事である、というのは間違いないでしょう。
もはや今となっては様々な形で散々似たような話が溢れているので、目新しさは無いですね。
それに、日本では「シン・ゴジラ」が大ヒットしたことからも、みんな所謂「多様な人間が一枚岩になって、面倒くさいルールや前例に縛られた官僚たちとは違った策を見出して日本を救う」みたいなのは大好きだったわけですよ。
実際にそれをできるかは全く別の話ですが、本質的にはよく分かってます。
(※でも、シン・ゴジラでは、官僚たちが無能というわけではなく、彼らは彼らなりにジレンマと戦いながら長期的に考えて秩序を考慮しているのだ、ということもちゃんと描いてあった…ような気がしてます。)
というわけで、有用だとするなら、いまだに高度経済成長期で脳内が止まっているか、偶然世の中やビジネスはそういうものだと学んできてしまった方にとっては、視野を広げる良い本なのかもしれません。
または、ウィリアム氏の経歴にワクワクしながら、自分も一歩踏み出そう!もっとできるかも!と背中を押されるかもしれない。初見時の私はこれだったわけですね。
自分用のメモ
改めて、メモしておきたいと思ったのはこちら。政府機関が主催したセキュリティの会議に呼ばれたときも驚いた。「若い女性向けの商品をハゲたオジさんたちが考えている」というのはよく言われるし本書でも出てくるけど、この言い方は新鮮かな。
出席者は男ばかり、しかも全員グレーのスーツ姿だった。
出身大学も出身高校も、あるいは小学校時代に通っていた塾も同じと思えるほど似たような人間が集まって、人種も宗教も職業も違う世界中のハッカー相手の対策を考えていた。
これはほとんどジョークとしか思えなかった。
シンプルに「当事者に近い人間(要素)が仲間にいれば敵の思考を読みやすくなる」という点から言えばそのとおりだよね。兵法。
人間は必ず弱点、欠点、短所がある。確かに「強みを活かし、弱みを補完し合う」とはよく言われるけど、やっぱり「何が弱みなのか」をしっかり自分で自覚し、それを「すまんが補ってくれへんか?」と、少々図々しいくらいの気持ちで開示していくことが大事だよなぁ、と改めて思ったのでした。
(中略)
松下幸之助も短所を持っていたはずだし、それを隠したりはしなかったはずだ。
ウィリアム氏の失敗
・・・・・・そういう意味では、このウィリアム氏は、アメリカに居た頃の右腕だったタッシュ氏のような、冷静で細かいことに気がつき、時には諌める右腕が必須だった方だと思われますね。ウィリアム氏は「天才を殺す凡人」でいえばかなり天才タイプに近い人だと思われます。
価値基準の軸も天才に近いし、ご自身がオーナーになって何かを創造する、というシーンではそれなりに結果を出し続けられたようですから、やはりそうでしょう。
そして、ディベートで鍛えられたからなのか、本来の凡人の武器であるはずの「言葉」の使い方がまぁまぁ上手いほう。
これは凡人の才能である「共感性」を持っているという意味ではなく、スキルで身についてしまった「オセロをひっくり返す武器としての言葉」を持っているただの「天才」という意味。
この武器の使い方を誤ってしまったというか、ちょっと暴走していたんでしょうねぇ…。
さらに、どうもウィリアム氏はご自身の経験をベースに良し悪しを捉えるきらいが強く、「Why」を説明するときに「こういう事例がたくさんあったから真実に違いない」という、「数」で説明するタイプだと思われるんですよね。
それってどちらかと言うと「凡人」の武器なんですけど…。ということはやっぱり天才と凡人が6:4くらいなのかも。
いずれにしても「再現性」の素質はかなり低いと思われます。
あとは、「本来の多様性に対するリスペクト」をこの本からはあまり感じません。
現場で強いことを言い続けることで、価値観を少しずつシフトさせる助けになる悪役、みたいな人って大事だとは思うんですけど、だったとしてもリスペクトを感じない相手にそれを言われ続けていたら、正直その人の言葉なんか聞きたくならないです。
※蛇足ですが、「多様性が大事」と謳う人こそが、「おんなじような価値観で、想定しているような多様性をヨシとしない人を、程度が低いといって排斥する」という、それこそジョークみたいなことって結構あるので、「多様性」とか言わずに「こういう人と、こういう人と、こういう人がいるべき!」と自分の思ってる「多様性」を定義すべきだとおもいますけどね。
というわけで、この方は「共感性や再現性を武器に組織を動かしていく変革者」としては資質が弱く、「自分がオーナーとして新しい何かを創造する」アントレプレナーとしてはすごく能力の高い方なんだと思います。
なので、既存の企業の取締役だとか、政府のなんとか組織に招致されて「チェンジメーカー」になるのは、お互いのためにもう止めたほうが良いでしょうね。
するなら、「秀才」タイプの右腕とニコイチで動けば素晴らしい成果が出るんではないでしょうか。
現在はどうされているのか分かりませんが、かつてのようにアントレプレナーシップを発揮してくださっていたとしたら、素敵だなぁと思います。
以下、初見時(2012年10月14日)の感想です。
他の本を買いに本屋に行ったのだけど、平置きされていた本書を偶然見つけて、でも「どうせありきたりなHowTo本だろ」と、通り過ぎたものの、やっぱり気になって戻って序章を読んでそのまま購入。
個人的な話、チーム、とか仲間、とかメンバー、とかってことをすっごく重要視して考えていたのもあり、終始うなずきまくりながら小一時間で読んでしまいました。
私としては、「私が楽しいと思える仕事の条件」を挙げると、「チーム戦」ってことになる、という認識でしかなかったんだけど、そうじゃないのか、私がトマトを好きか嫌いかというレベルでの好き嫌いだけじゃなくて、やっぱり必要なものなんだよな、って思えて嬉しかった。
とにかく嬉しかった。
それを「日本に足りないものだ」=必要なものだ、と正面きって主張してくれる人がいることに驚きでした。
「好き」フィルターがかかってるから、正直中身についてはあんまり論じれないんだけどね。。
私はいろんな経験があっての好き派だからとっても共感できるけど、そうじゃない人に冷静に論理的に訴えかける言葉はちょっと少なかったかも。
彼の経験論が主だからね。
「それはオマエが見てきて勝手にそう思ってるだけだろ」といわれても、この本だけだと言い返せないかも。
経験者の言葉ってのは、論理なんか無くても周りを納得させ巻き込む力がある場合も多いけど、論理が無くては、反発者も同時に出てくるのもたぶん事実。
「経験則です」「だいたいそういう風になるんです。見てきてる量が違います」ってのは詭弁と一緒やからね。
仲間と助け合ってやってく、ってのはなんつーか、「みんなで助け合って生きていきましょう」っていうふんわりした精神論と近しく見える(チーム戦の本質を良く分かってない人にとって)ってのも問題か。
そんなの当たり前やろ、だけど仕事ではそんな綺麗ごとばっかり言ってられへん、って思わたら終わっちゃうからな。
私が余りに第三者的な視点を持って読めてないから、論理が読み取れてないだけかも?ってのもあるかもね。
なんにしろ、かげながらとっても応援します。ウィリアム 浩幸さん、かっこいー!
















