アイザック・アシモフ / 鋼鉄都市(THE CAVES OF STEEL)

2021-09-30science - fiction SF, social 社会アイザック・アシモフ

アシモフのロボットもの、まだ読んだことなかったんですよね。
そういうわけで評価の高かった「鋼鉄都市」!

1953年の作品です。


伝統的なロボフォビアと、それが信頼へと変わる過程を描く

主人公イライジャ・ベイリは刑事。
かつて人類だった「宇宙人」との関係も面白いんだけど、まずフォーカスされるのは「ロボットと人間の関係」です。

ロボットに仕事を奪われたくない、心の通わない機械に優位に立たれるのは許せない、みたいな反発感情が地球人の基本的な所にあり、主人公ベイリは最前線でそれに向き合わなくてはいけなくなる。
もちろんベイリだってロボットが嫌い。なのに、昇進のためにも受けるしか無い重要な仕事で、なんとパートナーがロボットだと言い渡された!

「宇宙人世界」と「地球人世界」の関係は緊迫していて(少なくとも地球人は宇宙人を歓迎していない)、そんな中で、宇宙人側の重要人物が何者かに殺されるという事件が発生。
そして状況証拠から、犯人は地球人であるらしいことが分かった。ベイリはこの犯人探しを、宇宙人側が寄越した「ダニール・オリヴォー」という「ロボット」と共に行うことになります。

ベイリはいくら仕事のためとはいえロボットが嫌いなことには変わりがないので、人間の優位性をあーだこーだ言い聞かせてみたりと幼稚な態度なのですが、中盤以降、私情や感情を挟まず的確なことしか言わないダニールをパートナーとして信頼していることに気づき始める。
終盤は、まさにダニールの性質を十分に理解したうえで十分に活用し、大博打に出て大勝利。

「人間的な対象として信頼」という感じではなく、まさに現代でほとんどの人がいい感じにスマホやSiriなどを「利用」している感覚で「嫌悪感」はなくなり、付き合い方を得心した、という感じでしょうか。
昨今ではわりと当たり前の感覚になってきている感がありますが、当時から見ればより重大なテーマだったのでしょうね。

それに、「人間が職と共に地位を失い始める」という傾向が現代では「ロボットのせい」だとは思われていないけど、もしもそう感じてしまうドラスティックな出来事が今後世界中で増えていったとしたら同様のテーマに向き合わざるを得なくなるわけなので、まだまだ「杞憂だったね」と結論できる話ではないですね。


さて、個人的には1953年にアシモフがどういう未来を想像したのかのほうが気になるので、少し整理しておきます。

宇宙人世界と都市

舞台は未来の地球。
かつて宇宙に飛び出して別の惑星等を植民化していった人たちが「宇宙植民地独立戦争」にて地球支配から脱却、そして「宇宙国家連合」とかいう「宇宙人」となった。彼らはすでに技術力や軍事力で地球人を遥かに凌駕していて、ロボットとも共生しています。

「宇宙人」はかつて地球人だった(生物学的にもう別種になったに近い表現がされている)ということから、かなりの時間が経っている事が伺えます。
でも、「NYCは3000年の間そこにあったが、シティが出来てから3世紀しか経っていない」と書いてあるので、西暦5000年くらい?
ということは4000年頃に宇宙側が移民を禁止、という感じだと思われます。数千年そこらでそんな見た目や免疫系が変わるほどの進化を遂げますかねぇ?という気はしますけど…。

また、都市については、こちらも今となってはありがちな「都市を完全にドームで覆い、食事は人工的に計画的に生成され配給されるものしかない」という、よくあるディストピアです。

原因は人口増加
作中における1000年前、地球の総人口が80億になった頃、宇宙植民地は独立戦争にて地球の支配から脱却。そして数百年前に惑星国家群が移民の受け入れを拒否。そのせいで人間の行き場がなくなり、各自宅がバラッバラに存在しているなど非効率で養えないから、「効率的」に養うために住居も集中させ、水場も共同とさせ、そして食料は配給制とする「シティ」の生活になっていきます。
(宇宙国家は2世紀半のあいだ1つも開拓しなかった、ということと、シティが建設されて3世紀ということから、移民受け入れ拒否は500年前〜400年前のことと推測できます)

本作は1953年の作品で、その頃の実際の総人口は25億人程度と思われますから、80億人というのはとんでもない数字だったのでしょう…。
実際には2019年には77億に達していますが、世界レベルで配給制にするほどにはなっていないようです。

さて、その地球人様は「ドームの外など恐ろしくて絶対に出たくない!出るなんて信じられない!」とか言っているのですが、外側にいる宇宙人様は「地球人のような免疫システムがないからドームに入れない」状態です。
宇宙人たちはほぼ無菌状態の宇宙で暮らしていくうちに地球で獲得した免疫システムを失っていったということですね。彼らが地球からの移民を拒絶するようになったのも「頼むから病原菌持ち込まないで!我々死ぬから!!」という理由です。


あと、シティの表現として一番近未来っぽいのは「高速自動走路(Express Way)」ですかね。
これは乗り物というより「走る歩道」みたいなやつです。それが縦横無尽に張り巡らされていて、上手く乗り継ぎさえできれば簡単に色々なところに行けると。
中2の時に誰もが考えるやつですねw
これ「複雑すぎて落とし物をすると絶対戻ってこない」とか「下手くそなやつは高速で乗り移ったりとかできない」とか「階級が上の人間は座れる」とか設定がちゃんと入れ込まれてます。
さらにベイリを狙う「懐古主義者」たちと鬼ごっこをするシーンさえありますので、この徹底した描写っぷりがいいですよね~。


宇宙人たちが地球人に期待するもの

「技術的・軍事的に地球人を凌駕している宇宙人が、なぜか地球を支配するでもなく利用しようとする」もわりとSFの鉄板かと思いますが、この作品もそういう感じです。

宇宙人の思惑は、「本来、開拓精神・冒険精神のある地球人に、また新たに開拓をしてほしい」。
そしてそれを実現するために、C/Fe(シーフィー)つまり、人とロボットが並列で上手く共生する文化に発展してもらう必要がある。
宇宙市側はその手助けをしたいのだと。

地球人側のメリット:

・人口増加が止められず、このままでは遠くない未来にシティもいずれ破綻する
・システムが特殊化しすぎてしまったために、ラインのどこかが少しでもストップすればシティは総崩れになってしまう絶妙なバランスの上に成り立っている(つまり安定性が低い)

宇宙人側のメリット:

・寿命が350年程もあり、人口抑制システムが完璧に運用され、つまり安全であるために、開拓精神が非常に低い
・あまりにも開拓精神が低いから発展も止まっており、このままではやはり遠くない未来に終焉を迎えてしまう


宇宙市側は地球人に宇宙開拓をさせるために、「地球の近くに滞在して威圧し、かつロボット技術を提供しそのロボットにより人間を失業させ、失業者たちが開拓者として外宇宙を目指すようにした」という、かなり一方的で圧のあるやり方で行おうとしてきた…。
しかし結果的にこれは、原始的な生活を送ろうとする懐古主義者の中でも過激派、思想派、、、反シティ文明、反ロボット、反先進文明(≒宇宙市)の権化のような人たちが増えていく結果となってしまっていた。

そこでC/Fe文化を提言している宇宙人サートン博士は、「外圧ではなく、適正のある地球人にまず共感してもらい、彼らから徐々に開拓精神を芽生えさせていく」という方法にシフトしてみることにします。
まさにこれに選ばれた「地球人」が主人公イライジャ・ベイリであり、これを媒介したのがロボット「ダニール・オリヴォー」だった、というわけです。

さらに、この「開拓精神」は、このままではダメだとロマンチシズムとともに行動を起こそうとしている「懐古主義者」こそが適任であり、じつは一番敵対勢力と思われていた懐古主義者たちこそ希望を託す対象なのではないか、と宇宙市側はベイリや、懐古主義者クロウサーを見て得心するようになります。


謎解き部分(犯人は誰だったのか?)

この作品、サスペンスとしても結構優秀です。
もともとイライジャが指名を受けた時点で「地球の懐古主義者が、C/Feを推し進めるサートン博士を殺した」という推測はできていました。

犯人は、主人公イライジャ・ベイリを捜査担当者に直指名した上司であり友人その人、エンダービィでした。
この謎解きが、解任を言い渡されたダニールと手を組める「最後の1時間30分」というカウントダウンとともに行われるスリリングさは逸品。

この5点を一気にまくしたてるラスト、爽快感あります。
  • 地球人のロボット権威であるジェリゲル博士でさえダニールをロボットだと見抜くのに少し時間がかかったのに、どうして懐古主義者の何人かが町中で見かけたレベルでダニールがロボットであると分かったというのか? ← 懐古主義者の中にすでにダニールがロボットであると知っている人がいた(→エンダービィしかいない)
  • 懐古主義組織の者たちはどうしてベイリの妻の本名を喋れたというのか?(妻は本名を名乗っていない) ← 昔からの友人であるエンダービィなら知っている
  • ベイリを「R・サミイ殺し」で陥れようとするのが一番簡単なのは謎の懐古主義者たちではなくベイリの足取りも知っていた上に市警本部に居たエンダービィである
  • エンダービィは宇宙人の脳分析をうけ、殺人は犯していないと結果が出ていたが、本人が「ロボットを殺した」つもりだったなら?
  • 殺害現場の写真をもう一度注意深く見返すと、エンダービィが落としたメガネの破片が!!(証拠)
エンダービィもロボット嫌い、それどころか過激派懐古主義者の一人だった。
確かに、エンダービィが懐古主義者っぽいのは序盤からずっと描かれていましたね。

そしてエンダービィがやりたかったのは「サートン博士のC/Fe文化への反発の意思表示」としての、「ダニールの殺害」でした。

懐古主義者であるエンダービィはサートン博士の「C/Fe文化」は到底受け入れられませんから、「懐古主義者の誰か」が、C/Fe浸透のキーマンである「ダニール」を破壊することで、宇宙市側(しかもサートン博士の意見に賛同している数少ない宇宙人)たちの意志を折ろうというわけです。
ところが、動揺してメガネを落としてしまったエンダービィは、サートン博士をダニールだと思って殺してしまったと。(姿かたちが一緒なんで…。)

なぜわざわざ、上の階級の刑事をすっとばしてベイリを指名したのかは、序盤では「繊細な事件であることと、ロボットと組むという嫌がられる条件だから、友人である君にしかお願いできないし、友人として昇進させてやりたい」ともっともらしいことを言っていましたが、実のところ「友人かつ上司が犯人だなんて思わないだろう&いざという時は妻が懐古主義者だと知っているから陥れることができる」というものでした。。。

さらにこの後も凄い。
まだ犯人が分かってないのにダニールが解任を言い渡されたのは、「サンプルであるイライジャも、そしてイライジャが熱く語ってみせた懐古主義者クロウサーも、もう外宇宙開拓をしてみようという傾向が出てきている。もう目的は達せられた」という理由でした。
懐古主義者はもはやこの時点では宇宙市側からすれば「敵対勢力」どころか「希望を託したい人たち」であり、争いたくありませんので、その重要人物であろうと思われるエンダービィを裁いて関係を悪くするのではなく、まさに彼からそういうC/Feと外宇宙への開拓への協力体制を築いていくよう努力するなら不問にする、と。

え、いや、確かに、それこそがサートン博士の願いだったわけですから十分に弔いにはなるんですが、一応殺人でしょ? と、ちょっと展開はやすぎてビビってしまいました(笑)
もう少し罪に向き合ったりとかした後、せめて「1ヶ月理由を伏せて休養(実際には宇宙市側からの要請による謹慎)」させ、「協力してくれるなら不問」と宇宙市側が言ってくる、くらいが自然だったのでは。


映画化マダ?(´・ω・`)

2011年にアメリカの会社が権利は買ったらしいんですけど、その後どうなったんでしょうか。

ストーリーはシンプルながらかなりよく出来ていますので、今風のアレンジをしてイケメン二人を持ってくればそこそこヒットするんじゃないでしょうか?
SFっていうより、友情モノとして一般ウケしやすい作りにもできそうですしね。ちょっと見てみたいです。

それと、原題は「THE CAVES OF STEEL」ということで、直訳すると「洞窟」だとか「洞穴」。
「鋼鉄の洞窟」と書くと急にアドベンチャー感が出てしまうので「都市」というのも分かりますが、もう少し圧迫感を感じる訳ができていたら原題のイメージと近かったでしょうか。「鋼鉄のドーム」とか?


それと、人口学には全く詳しくありませんが、とくに最近は「ある程度人々が人権意識を持った状態で国家が成熟すると、子供を生むメリットが相対的に低くなり人口減に転じる」…ような気がしますよねぇ。
経済との兼ね合いとかも色々あるのでしょうが、中国も人口増への取り組みを始めたようですし。。
地球に住み続ける限りどこかで「頭打ち」となるのか、どうなんでしょうか。ちょっと興味が湧いてきました。


ともかく、珍しく「宇宙人側の都合」がかなり詳細に書かれていたのが凄くよかったですかね。
そこを詳しく掘り下げないSFって多いので、SFなのに読み手がちゃんと「サスペンス」として動機がしっかり分かる状態だったのはすごいです。

元々地球人だった宇宙人と、開拓精神を忘れた地球人が、新たなる開拓のために手を組む、というラスト、いいですよね。

「特殊化の果てにあるのは緩やかな死」 … まさにこれを動機としている本作、読んでいるときよりも後味のほうがいい感じすらあるかも。

映画化期待してます!!