ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア / たったひとつの冴えたやりかた The Only Neat Thing To Do(The Starry Rift)
10年ぶりに再読。
私に色々と癖(へき)を植え付けた作品集です。
この表題作品については、初見時は2010年11月頃で、SFとしては大好きだけど「泣けるSFって有名らしいけど泣けはしなくね?」みたいな感想でした。
記事は2010年のものをリプレースしました。
作品集の二作目「グッドナイト、スイートハーツ」のレビューはこちら。
三作目「衝突」のレビューはこちらです。
ちなみに「he Only Neat Thing To Do」原作英語版の初版年は1985年10月。
この文庫は世界線を同じくする以下の三つの短編と、それらを過去の物語として俯瞰する未来世界の幕間の小編で構成されてます。(全体で「The Starry Rift」というタイトルです)
「たったひとつの冴えたやり方(he Only Neat Thing To Do)」
「グッドナイト、スイートハーツ」
「衝突(Collision)」
三つの短編の時間軸は、おそらく現実の数百年から数千年単位の未来で、主人公たちは全員人類です。いわゆる宇宙開拓や知的生命体との交流が進んでいて、「連邦宇宙」と総称されている世界。
ただし、作中において100年前は恐ろしい大規模な戦争があった、という記載があります。
本作と世界線が同じである「Brigthness Falls from the Air」という別作品を読めば何か分かるのかもしれません。
「超C」というのはおそらく超光速のことだと思われます。
「ビーコン」を宇宙に設置すれば、冷凍睡眠状態でそこを目印にジャンプ(相対論的速度で転送)できる。いいですねぇ。これぞSFです。
冷凍睡眠すれば肉体はほぼ年を取らないということで、「実際に起きていた時間」がだいたいの生活年齢。冷凍睡眠せずに生活していた人たちが先に老けていく。
そして本作で最も象徴的なのがメッセージパイプ。
「通信中継所」というのが広域での宇宙空間での電子的なやりとりを可能にしていて、電波がうまく送受信できない範囲は「交信範囲外」ということになっている。
メッセージパイプは3回だけ超Cジャンプが可能で、電波より速いもしくは確実であると考えられるときに、つまり主に遠方から送るようです。
さらに本作ではまだ未知の領域とされている<リフト>では「特有の濃度勾配の変化のおかげで、どんな電磁波通信も聞き取れないほど歪んでしまう」ということで、そこからの連絡は基本的にメッセージパイプが想定されている。
そしてその基地900よりもっと北には、未知の領域「北部大星溝(グレースノースリフト)」通称リフトがある。
ほかより星の数が少ないから暗く溝に見えるだけだが、まだリフト内部やその向こうについては探索があまり進んでいません。
3篇ともその「まだ未知の部分が多い」リフト周辺やその向こうでの出会いを描いてます。
そして「暗黒界(ブラックワールズ)」。
こちらは二作目と三作目で言及がありますが直接的なコンタクトはありません。
最終戦争のあとに連邦加入を拒み、人類が大半を占める惑星グループ。悪党の逃げ込み先になったこともあって悪行三昧。
連邦からしてもなんとかしたい「敵」勢力です。
あと「宙賊」もいるみたい。
そりゃあいるよね。かつての「海賊」と同じです。
まるっとネタバレしてますのでご注意。
主人公は宇宙への好奇心いっぱいの16歳の跳ねっ返り少女コーティー。若干16歳ながら、宇宙探索についての知識や飛行技術はプロ顔負け。
冒険心の強い彼女は大人に嘘をついて、辺境基地である基地900から、ちょうど北西で行方不明の巡回補給線があることを知ってそちらへ冒険に向かいます。
そして、まさに彼らが送信したメッセージパイプを宇宙空間で拾い上げ、そこにいた脳に寄生するタイプの宇宙生命体「シロベーン」と友人になる。(というか寄生される。)
すでに先程の巡回補給線がこの種族とコンタクトを果たしていることが分かりますので、コーティーがファーストコンタクトしたわけではないのですが、その先輩たちの足取りをはっきりさせ、そして「メッセージパイプ」のメッセージを通じて、シロベーンがどういう生物なのかという大事な情報を人類にもたらします。
二人は互いに未熟な少女ながら冒険心が強く、そして心優しいことを理解し合い友情を強めていきます。
でも、別れはやってくる。
それはコーティーとシロベーンが仲違いするとかいうわけではありません。二人はお互いを心からの友人だと言い合って気遣うのだけれど、シロベーンはいわば「寄生虫」みたいなものなので、本能レベルでコーティーを侵食してしまいそうになります。
しかも、コーティーが乗っている船にはすでにその「菌」のようなものが蔓延しているので、コーティーが帰還してしまったら連邦も危険に晒すわけです。
そこでコーティーは「どちらにしても自分は助からない。その事実にシロベーンも耐えられない。それに、船が残っていたら結局誰かを巻き込んでしまう。だったら船ごと…。それが『The Only Neat Thing To Do』なのよ」みたいなことを言って、二人で船ごとその付近の太陽に突っ込むところで終幕です…。
ちなみに彼女のその「The Only Neat Things To Do」は、作中での、おそらく英雄パイロットとされる少年「ハン・ルー・ハン」が、何らかの救出作戦に向かう際に言った言葉とのこと。その作戦で彼は亡くなっている。
宇宙探索が好きすぎて詳しかったコーティーは当然、同じように若くして活躍したパイロットというのをしっかり覚えていたんでしょうね。
若いコーティーが自らの命をもって誰かを守るという決断を下せたのは、そういう知識や憧れにも影響されたのかもしれません。
なぜ若い二人が太陽に突っ込まなければならなかったのかの肝になりますので、どんな生命体なのかをもう少し詳しく書いておきます。
ということで、陽子とか中性子とか(10の-15乗mくらい)、放射線レベルの大きさでしょう。
原始的な向性で宿主を見つけると脳へ寄生。つまり宿主から離れている時は思考しないということのようです。
その時の姿を「イーア」と呼び、寄生完了して宿主を通して思考できるようになると「イーアドロン」となるのだと。(ドロン単体では脳は形作られてなくてほとんど思考力がないっぽく、イーアが寄生することで初めて…つまりドロンはただの肉体、と考えて良さそうです)
「言語中枢を解読」できたり「視神経に根を伸ばして」目からの情報を見たり、聴覚器官に影響を与えて「幸福感を与え」たり、苦痛を感じさせたりすることもできる。(ヤバすぎる・・・)
さらに「動脈を掃除」とかもできるみたい。
え…。。ピンポイントで筋肉収縮させて動脈内を掃除したってこと??? まあとにかくヤバいです。
しかし訓練する師匠がいないと「野獣」のように何でも食べ、つまり宿主の脳を食い散らかして(殺して)しまいます…。
先だって行方不明になっていた巡回補給線のボーニィとコーは、「最初は年老いたイーアに寄生されていたが、(イーアが人間の旅の長さを見誤っていたために)そのイーアたちは亡くなり、くっついてきていた他の種子たちが寄生して彼らの脳を食い尽くした」という悲劇でした。
しっかりした大人になるにはかなりの訓練が必要で、シロベーンはある程度訓練されているけど、まだ若く完全じゃないのでうまく出来ないところもある。
たとえば出ていくのは簡単だと最初は言っていたのに後半で「コーティーの脳に深く根をおろしてしまい、離れることが出来ない」とか。
しかしシロベーンは「種子を宿主に寄せ付けない」ために化学物質を放出させたりでき、「コーティーが種子に寄生されて食い尽くされる」という悲劇からは救ったということになります。(これはおそらく大人になったイーアが別の種子に宿主を奪われたりしないよう縄張りを確保できることなのだと思います)
さらに種子以外に、イーアは単体で自分のクローンとも言える「胞子」を放出して生殖することが可能。(おそらく原始的な衝動で危機等を感じると発動する仕組みなのだと思われる)
それを放出するのは原始的な衝動なので我を忘れやすい様子。師匠がそばにいれば対処できるが、突発的なケースだからシロベーンは経験してなかった。
また、種子は寒さに強く熱に弱い。火炎放射されたら死滅するかもだが、宿主が冷凍睡眠などしようものなら元気ハツラツになってしまう。
それと4つ目については、然るべき情報が連邦に届き、コーティーとシロベーンが協力できる態勢にあれば、胞子や種子は熱処理して連邦に引き入れることは可能だったのではと思うので、一番は1つ目と2つ目ですかね。
まさに今、シロベーンが我を失いそうになっていて、一時的に離れる事もできない。
どっちにしてもこの時点でコーティは助かる道がありません。
でも作中でコーティーが言う通り、シロベーンには「今すぐ命が終了するフラグ」が立っているわけではないし、コーティーを止めようと思えば止められたのです。
シロベーンは「原始的な衝動」で胞子を産む態勢になりつつあるということは、本能的には狂ってでもコーティーを止めていたところなはず。それを抑えこみ、コーティーの行動を妨害しないように必死に頑張ったことになります。
シロベーンは生物的な本能の衝動に抗ってまで二人で太陽に突っ込む選択をしているのです。
それと、これこそが「そもそも序盤からずっとシロベーンがコーティーを操っていた説」を覆していることにもなります。
イーアは人間の脳なんてほぼ完全に乗っ取れると思われるわけで、序盤、コーティーも当然そのことを即時理解しています。
だけどもしシロベーンが操っていたなら、やはり自分から太陽に突っ込むわけありませんからね。
「二人で突っ込む」ことで、シロベーンの友情の真偽を回収をしていたということなのです。
これは正直、10年たった今でも感想は同じです。まあ、結末知ってるしね。
コーティーについての記述がほぼ「本人が喋ったカセット」の文章しかないのと、そのメッセージで物語が進むので、展開がかなり速いというのもある。
ほとんどが口述テープの再生と事実描写なので、彼女が何にどんなふうに悩んだのかとかが全く分からないし、体感、4コマ漫画読んでるくらいの速度なんですよね。
その構成だからこそ、SFとしてはグッとくるものがあって良いんですが。
繰り返しますが、SFとしては大好きなんですよ。
もう少し「正直迷ってるんだけど──」とか「私だって怖くないって言ったら嘘になるわよ──」とかいう言葉を挟んでくれてれば違ったのかもしれません。特に終盤でコーティーが「もう自分に生き残る道はほぼない」と分かったあたりでも、迷いがなさすぎる上に勇敢すぎて完璧なので、あんまり人間味がないんすよね。
いや、テープに吹き込んでないだけでその葛藤は当然あったと思われるし、シロベーンを不安にさせないためにあえて気丈に振る舞ったとも思う。なので、ゆっくりじっくりそのあたりを想像しながら読むのをおすすめします。
いずれにしても、やはり「二人に友情が芽生えなかったら」もっと多くのヒューマンや異種族が犠牲になったでしょうから、友情と、それから後続の誰かのためにその手段を選ぶ、というのはグッとくるところです。
私は三作目「衝突」が大好きなんですが、そちらに出てくるパイロットたちも同じく「未来の我々(種族全体)のために、今ここで自分が犠牲になるという手段も厭わない」というのが、辺境を開拓していくスペーサーたちの心意気です。
その覚悟がファーストコンタクトSFの醍醐味のひとつですね。
あと、全体を通してわりと歴史小説を読んでいる感覚に近いんですよね。死を必要以上に抒情的に書いてないというか。本作はもともと未来からヒューマンの歴史物語を読むというテイでまとめられていることからも分かるように、明らかに歴史小説っぽさ(事実っぽさ)を意識して書かれてます。
例えばスティーヴン・バクスターとかもそうだけど、SFでシリーズで未来宇宙史を書く作家さんはスケールが壮大すぎてそうなることが多いです。
まあ、それ自体、やっぱり好きなんですけど!
結局、10年前と感想は同じです。
SFとしては大好きだけど、泣けはしないかな。
—–
早川書房、朝倉久志訳、2010年7月15日 20刷。
私に色々と癖(へき)を植え付けた作品集です。
この表題作品については、初見時は2010年11月頃で、SFとしては大好きだけど「泣けるSFって有名らしいけど泣けはしなくね?」みたいな感想でした。
記事は2010年のものをリプレースしました。
作品集の二作目「グッドナイト、スイートハーツ」のレビューはこちら。
三作目「衝突」のレビューはこちらです。
ちなみに「he Only Neat Thing To Do」原作英語版の初版年は1985年10月。
全体の構成と世界観
物語についての感想に入る前に、全体の構成と世界観を整理しておきましょう。この文庫は世界線を同じくする以下の三つの短編と、それらを過去の物語として俯瞰する未来世界の幕間の小編で構成されてます。(全体で「The Starry Rift」というタイトルです)
「たったひとつの冴えたやり方(he Only Neat Thing To Do)」
「グッドナイト、スイートハーツ」
「衝突(Collision)」
三つの短編の時間軸は、おそらく現実の数百年から数千年単位の未来で、主人公たちは全員人類です。いわゆる宇宙開拓や知的生命体との交流が進んでいて、「連邦宇宙」と総称されている世界。
ただし、作中において100年前は恐ろしい大規模な戦争があった、という記載があります。
本作と世界線が同じである「Brigthness Falls from the Air」という別作品を読めば何か分かるのかもしれません。
超C推進、ビーコン、メッセージパイプ
「人類種族の恒星時代の夜明け」「五十あまりの基地の異種族のファーストコンタクト」がすでに歴史になっていて、「超C推進」という移動方法でかなり高速で移動できる時代。「超C」というのはおそらく超光速のことだと思われます。
「ビーコン」を宇宙に設置すれば、冷凍睡眠状態でそこを目印にジャンプ(相対論的速度で転送)できる。いいですねぇ。これぞSFです。
冷凍睡眠すれば肉体はほぼ年を取らないということで、「実際に起きていた時間」がだいたいの生活年齢。冷凍睡眠せずに生活していた人たちが先に老けていく。
そして本作で最も象徴的なのがメッセージパイプ。
「通信中継所」というのが広域での宇宙空間での電子的なやりとりを可能にしていて、電波がうまく送受信できない範囲は「交信範囲外」ということになっている。
メッセージパイプは3回だけ超Cジャンプが可能で、電波より速いもしくは確実であると考えられるときに、つまり主に遠方から送るようです。
さらに本作ではまだ未知の領域とされている<リフト>では「特有の濃度勾配の変化のおかげで、どんな電磁波通信も聞き取れないほど歪んでしまう」ということで、そこからの連絡は基本的にメッセージパイプが想定されている。
リフト、基地、暗黒界
本作で登場するメインの人間活動拠点が「基地900」ですが、これは連邦の「北の最果て」の基地で、50もの種族が友好的に活動している連邦は南部と東部に集中している。そしてその基地900よりもっと北には、未知の領域「北部大星溝(グレースノースリフト)」通称リフトがある。
ほかより星の数が少ないから暗く溝に見えるだけだが、まだリフト内部やその向こうについては探索があまり進んでいません。
3篇ともその「まだ未知の部分が多い」リフト周辺やその向こうでの出会いを描いてます。
そして「暗黒界(ブラックワールズ)」。
こちらは二作目と三作目で言及がありますが直接的なコンタクトはありません。
最終戦争のあとに連邦加入を拒み、人類が大半を占める惑星グループ。悪党の逃げ込み先になったこともあって悪行三昧。
連邦からしてもなんとかしたい「敵」勢力です。
あと「宙賊」もいるみたい。
そりゃあいるよね。かつての「海賊」と同じです。
ファーストコンタクトの金字塔
さて、では表題作「たったひとつの冴えたやりかた」のストーリーについて。まるっとネタバレしてますのでご注意。
主人公は宇宙への好奇心いっぱいの16歳の跳ねっ返り少女コーティー。若干16歳ながら、宇宙探索についての知識や飛行技術はプロ顔負け。
冒険心の強い彼女は大人に嘘をついて、辺境基地である基地900から、ちょうど北西で行方不明の巡回補給線があることを知ってそちらへ冒険に向かいます。
そして、まさに彼らが送信したメッセージパイプを宇宙空間で拾い上げ、そこにいた脳に寄生するタイプの宇宙生命体「シロベーン」と友人になる。(というか寄生される。)
すでに先程の巡回補給線がこの種族とコンタクトを果たしていることが分かりますので、コーティーがファーストコンタクトしたわけではないのですが、その先輩たちの足取りをはっきりさせ、そして「メッセージパイプ」のメッセージを通じて、シロベーンがどういう生物なのかという大事な情報を人類にもたらします。
二人は互いに未熟な少女ながら冒険心が強く、そして心優しいことを理解し合い友情を強めていきます。
でも、別れはやってくる。
それはコーティーとシロベーンが仲違いするとかいうわけではありません。二人はお互いを心からの友人だと言い合って気遣うのだけれど、シロベーンはいわば「寄生虫」みたいなものなので、本能レベルでコーティーを侵食してしまいそうになります。
しかも、コーティーが乗っている船にはすでにその「菌」のようなものが蔓延しているので、コーティーが帰還してしまったら連邦も危険に晒すわけです。
そこでコーティーは「どちらにしても自分は助からない。その事実にシロベーンも耐えられない。それに、船が残っていたら結局誰かを巻き込んでしまう。だったら船ごと…。それが『The Only Neat Thing To Do』なのよ」みたいなことを言って、二人で船ごとその付近の太陽に突っ込むところで終幕です…。
ちなみに彼女のその「The Only Neat Things To Do」は、作中での、おそらく英雄パイロットとされる少年「ハン・ルー・ハン」が、何らかの救出作戦に向かう際に言った言葉とのこと。その作戦で彼は亡くなっている。
宇宙探索が好きすぎて詳しかったコーティーは当然、同じように若くして活躍したパイロットというのをしっかり覚えていたんでしょうね。
若いコーティーが自らの命をもって誰かを守るという決断を下せたのは、そういう知識や憧れにも影響されたのかもしれません。
イーアの生態について
コーティーやボーニィたちに寄生したばかりでなく、植民地を全滅さえさせていると思われる、のちのち「防疫隔離」されたこのイーア。なぜ若い二人が太陽に突っ込まなければならなかったのかの肝になりますので、どんな生命体なのかをもう少し詳しく書いておきます。
基本的な情報
サイズは人類が「分子間の空間、それとも原子間の空間と呼んでいるところ」に住んでいて「わたしたちが通りぬけても、なにも傷はつきません」。ということで、陽子とか中性子とか(10の-15乗mくらい)、放射線レベルの大きさでしょう。
原始的な向性で宿主を見つけると脳へ寄生。つまり宿主から離れている時は思考しないということのようです。
その時の姿を「イーア」と呼び、寄生完了して宿主を通して思考できるようになると「イーアドロン」となるのだと。(ドロン単体では脳は形作られてなくてほとんど思考力がないっぽく、イーアが寄生することで初めて…つまりドロンはただの肉体、と考えて良さそうです)
「言語中枢を解読」できたり「視神経に根を伸ばして」目からの情報を見たり、聴覚器官に影響を与えて「幸福感を与え」たり、苦痛を感じさせたりすることもできる。(ヤバすぎる・・・)
さらに「動脈を掃除」とかもできるみたい。
え…。。ピンポイントで筋肉収縮させて動脈内を掃除したってこと??? まあとにかくヤバいです。
育ち方と生殖
生まれ方は、宿主同士をセックスさせることで「まじわって」出来た金粉みたいな種子が、また宿主に入って孵化して成長。しかし訓練する師匠がいないと「野獣」のように何でも食べ、つまり宿主の脳を食い散らかして(殺して)しまいます…。
先だって行方不明になっていた巡回補給線のボーニィとコーは、「最初は年老いたイーアに寄生されていたが、(イーアが人間の旅の長さを見誤っていたために)そのイーアたちは亡くなり、くっついてきていた他の種子たちが寄生して彼らの脳を食い尽くした」という悲劇でした。
しっかりした大人になるにはかなりの訓練が必要で、シロベーンはある程度訓練されているけど、まだ若く完全じゃないのでうまく出来ないところもある。
たとえば出ていくのは簡単だと最初は言っていたのに後半で「コーティーの脳に深く根をおろしてしまい、離れることが出来ない」とか。
しかしシロベーンは「種子を宿主に寄せ付けない」ために化学物質を放出させたりでき、「コーティーが種子に寄生されて食い尽くされる」という悲劇からは救ったということになります。(これはおそらく大人になったイーアが別の種子に宿主を奪われたりしないよう縄張りを確保できることなのだと思います)
さらに種子以外に、イーアは単体で自分のクローンとも言える「胞子」を放出して生殖することが可能。(おそらく原始的な衝動で危機等を感じると発動する仕組みなのだと思われる)
それを放出するのは原始的な衝動なので我を忘れやすい様子。師匠がそばにいれば対処できるが、突発的なケースだからシロベーンは経験してなかった。
また、種子は寒さに強く熱に弱い。火炎放射されたら死滅するかもだが、宿主が冷凍睡眠などしようものなら元気ハツラツになってしまう。
彼女たちが帰還を諦めなければならなかった理由
- シロベーンはコーティーから自分を切り離す方法が分からない
- シロベーンは胞子を産む態勢(我を失う状態)になりつつある
- コーティーは冷凍睡眠しないと生きて帰還できない(時間がかかりすぎるため)が冷凍睡眠するとシロベーンはおそらく我を失う
- 船が連邦にそのまま帰っても、第三者が拾ってくれたとしても、種子によって犠牲になる人がいる(感染源になる)
- コーティーが死んでしまったらシロベーンは船を操縦できない
- 狂った自分がコーティを殺してしまうのも、コーティがゾンビになってしまうのも、シロベーンは耐えられない
それと4つ目については、然るべき情報が連邦に届き、コーティーとシロベーンが協力できる態勢にあれば、胞子や種子は熱処理して連邦に引き入れることは可能だったのではと思うので、一番は1つ目と2つ目ですかね。
まさに今、シロベーンが我を失いそうになっていて、一時的に離れる事もできない。
どっちにしてもこの時点でコーティは助かる道がありません。
でも作中でコーティーが言う通り、シロベーンには「今すぐ命が終了するフラグ」が立っているわけではないし、コーティーを止めようと思えば止められたのです。
シロベーンは「原始的な衝動」で胞子を産む態勢になりつつあるということは、本能的には狂ってでもコーティーを止めていたところなはず。それを抑えこみ、コーティーの行動を妨害しないように必死に頑張ったことになります。
シロベーンは生物的な本能の衝動に抗ってまで二人で太陽に突っ込む選択をしているのです。
それと、これこそが「そもそも序盤からずっとシロベーンがコーティーを操っていた説」を覆していることにもなります。
イーアは人間の脳なんてほぼ完全に乗っ取れると思われるわけで、序盤、コーティーも当然そのことを即時理解しています。
だけどもしシロベーンが操っていたなら、やはり自分から太陽に突っ込むわけありませんからね。
「二人で突っ込む」ことで、シロベーンの友情の真偽を回収をしていたということなのです。
なんでみんなこれで泣けるの?
さて、初見時の記事では「そもそもコーティーの人物像がいまいち理解できない」から共感できないので、つまり泣けはしない、と書きました。これは正直、10年たった今でも感想は同じです。まあ、結末知ってるしね。
コーティーについての記述がほぼ「本人が喋ったカセット」の文章しかないのと、そのメッセージで物語が進むので、展開がかなり速いというのもある。
ほとんどが口述テープの再生と事実描写なので、彼女が何にどんなふうに悩んだのかとかが全く分からないし、体感、4コマ漫画読んでるくらいの速度なんですよね。
その構成だからこそ、SFとしてはグッとくるものがあって良いんですが。
繰り返しますが、SFとしては大好きなんですよ。
もう少し「正直迷ってるんだけど──」とか「私だって怖くないって言ったら嘘になるわよ──」とかいう言葉を挟んでくれてれば違ったのかもしれません。特に終盤でコーティーが「もう自分に生き残る道はほぼない」と分かったあたりでも、迷いがなさすぎる上に勇敢すぎて完璧なので、あんまり人間味がないんすよね。
いや、テープに吹き込んでないだけでその葛藤は当然あったと思われるし、シロベーンを不安にさせないためにあえて気丈に振る舞ったとも思う。なので、ゆっくりじっくりそのあたりを想像しながら読むのをおすすめします。
いずれにしても、やはり「二人に友情が芽生えなかったら」もっと多くのヒューマンや異種族が犠牲になったでしょうから、友情と、それから後続の誰かのためにその手段を選ぶ、というのはグッとくるところです。
私は三作目「衝突」が大好きなんですが、そちらに出てくるパイロットたちも同じく「未来の我々(種族全体)のために、今ここで自分が犠牲になるという手段も厭わない」というのが、辺境を開拓していくスペーサーたちの心意気です。
その覚悟がファーストコンタクトSFの醍醐味のひとつですね。
あと、全体を通してわりと歴史小説を読んでいる感覚に近いんですよね。死を必要以上に抒情的に書いてないというか。本作はもともと未来からヒューマンの歴史物語を読むというテイでまとめられていることからも分かるように、明らかに歴史小説っぽさ(事実っぽさ)を意識して書かれてます。
例えばスティーヴン・バクスターとかもそうだけど、SFでシリーズで未来宇宙史を書く作家さんはスケールが壮大すぎてそうなることが多いです。
まあ、それ自体、やっぱり好きなんですけど!
結局、10年前と感想は同じです。
SFとしては大好きだけど、泣けはしないかな。
—–
早川書房、朝倉久志訳、2010年7月15日 20刷。