中村珍 / 誰も懲りない

2020-06-08味わい本(じっくり読みたい), social 社会, comics 漫画

HONZのレビューから。

ぜひ、「生ける屍の結末」との併読をオススメします。
※偶然同時に買って併読したところ、あまりにも似たような内容を、別の視点で説いている本だったので。


実話とフィクションのさじ加減が上手い

異常な家族環境が淡々と描かれていく話。

といっても、極端なものは出てこないです。
なのでファンタジーではない。

それでも、「暴力なんて信じられない…!!」みたいな幸せ家族計画が実現している家庭からしたら、たぶん十分極端に見える内容。
逆に、特に血縁関係で生きづらさを感じている人からすると、「いや、たぶん、こういう家庭とか、類似な状況は、結構たくさんあるぞ」と思うリアリティある内容。

おそらく本当に実話とフィクションが混じっているんだと思います。
あるいは、ほとんど実話だけどちょっと表現を盛っているとか、これに関しては他人の実話エピソードだけど、混ぜてますといった感じでしょう。

このテの話は「どこまで実話?どこまでフィクション?」と、読者に思わせることが重要であって、それを恐らく作者さんも意識していて、そしてそれが成功しているという、地味に凄い例です。


「お前の心が綺麗じゃないから 綺麗なものを綺麗だと素直に思えないんだぞ…」

「生ける屍の結末」のレビューにも書いたように、私が読んでいて一番きつかったのは1話です。

それを象徴してるのが、この父の一言。

これは想像ですが、この父の台詞、言われたことのない人からすると「は?この台詞がそんなに辛いか??」という台詞なのではないでしょうか。

幸せ家族計画が実現していた家庭に育っている人は、親との関係で生き辛さを感じている人の悩みに対しで、
「とはいっても、まあ心配してくれてるんだし、意固地にならない方がいいんじゃない?」
「心配してくれてるがゆえだよ。もっと心を開いたら?」
みたいなことを言ってくることが多い気がするからです。

でもよく考えてほしいのですが、これは、

大好きな彼氏(彼女)と食事にいって、「このフォアグラ最高だね!」と言われて、
「う~ん、正直何がオイシイのか分からないかも…」と返答したら、真面目な顔で
「それは君の味覚が異常だからだよ。可哀想だなあ…。病院紹介しようか?」
と言われているのと全く同じです。


これを、自己形成出来ておらず、親の言うことを正と考えるしかない子供が日常的に言われていたら、そりゃあ「異常」になりますよと思う。

相手は「心配故に」「大事な相手だからこそ」、「異常」な相手を「正して」やりたいと素直な愛情を感じているのかもしれませんが、「君の味覚は異常だよ。可哀想だなあ。」に、躾や本当の愛情が混じっているとは私はとても思えません。

…そんなのを全面的に描いているのが、個人的には一番衝撃の1話です。

本当にこの父親は「かっこ良くて良いお父さんだね!」なのか。

最後のコマのとしこの「うん!」に、多くの人に違和感を感じてほしい。

そして、「こんな非道い親じゃなくて私はよかった」と他人事だと思い込まず、
「こういうことをしてしまっていないか?」と、少し背筋がゾッとするくらいが望ましいと思います。


「ものさし」は、「揺るぎない価値観」

「誰も懲りない」では、後半、「ものさし」という表現が沢山出てきます。

「人のものさしで測るな」みたいに言われる事が多いので、「偏見」とか「相手にとって失礼にあたる解釈」のようなイメージが一般的だと思います。

でも、「生ける屍の結末」を併読するとよくわかると思うのですが、これは「価値観の違い」の話です。
「偏見」=悪いもの
「価値観の違い」=しょうがないもの

というイメージがなぜかありますが、としこの言っている「ものさし」は、恐らく「価値観」です。

あるいは、「そもそもゲームの設定が違う(自分のゲームだけ設定がおかしかった)」のだから、結果だけを同じフィールドで比べるなという意味で、「そもそもの設定値の違い」とも言えるかもしれません。

自分の「ものさし」を見つめなおすこと
他人には「違うものさし」があるから、行動や意見にズレがあるのだと理解すること
(同じものさしで測って、短絡的に相手が異常であるという認定をしないこと)

結構重要なことを言っていると思います。

ぜひ一読したい本。