片渕須直 / この世界の片隅に(アニメーション映画版)

2019-09-12邦画

この世界の片隅に [DVD]原作(前編後編)は以前読んでいたので、いつかは観ようと思っていた作品です。

前評判通り、全体として非常に素晴らしい。
原作から入った派として、ちょっと細かめの感想です。


戦時中の温かい日々の暮らしを描く

この主軸は、原作の意図するところと相違なく、ちゃんと映像作品としてそれを体現しています。

まず、それができてることがすごい。

あの独特な原作の世界観を、しっかりアニメーションとして成立させている。
動き(コマ数?)、声、エピソード、音楽、どれもほぼ原作通りのイメージを良い方向に拡張させた形のアニメーションになっています。

私は、映像化の話を知る前に原作を読んでいて、クラウドファンディングで資金を募ると聞いていたのであまり期待していなかったのが実際。(クラウドファンディングの資金では貧弱な作品になるのでは?と思っていた。)
なので周囲の評判が想像以上に「良い」ことに、少々驚いてました。観終わった今ですら、「みんなが細く長く評価し続けていて、しかもアカデミー賞に推す、なんて話も出ている」ということで、「素晴らしいもの」バイアスがかかっている自覚もある。

けれど、やっぱり良い作品なんですよね。

原作をしっかり読んでいたこともあり、原作が持つ素晴らしさは十分心得ていたので、一つ一つのエピソードについては特別思うところはなく。だからなのか、「素晴らしい!」「号泣した」「音楽が最高」みたいな「大きな感情の振れ」はほぼ無いのですが、やはり動きや声がつくことで漫画とは違う臨場感がある。ぐぐっと没入する感覚があり、それはまた心地よいものだったりします。

「すずさん(だけ)壊れていく」描写の甘さ

さて、褒めたところで細かい箇所について。

まず、これは好みが分かれると思いますが、絶賛されているすずさん役の「のん」さんの声、私はすずさんの声としては受け付けませんでした…。

これは純粋に声質が好きか嫌いか、とか、映画全体を通しての声の入れ方(奥行きを感じない音だった)が大きいかと思ったのですが、パンフレットで監督と原作者のそれぞれのインタビューを読んで納得してしまった。

監督は、のんさんの「すずさんは少女のまま嫁いできて、戦争により痛みを伴って大人になる」過程を描くものだという解釈を「よく気づいてくれた」といった感じで絶賛していて、つまり「意図的にそういう脚本にした」らしいのですが、
原作者のこうのさんは「すずさんは嫁ぐ前からあるていど大人の女性として描いているので、その点、アニメーションは少し違う」という趣旨のことを言っているのです。

なので、原作に感じた「芯のある大人の女性が『壊れていく』という異常さと、それを経てさらに成長する過程」(しかもそれは、さらに冷静で優しい周囲の人達との対比という形で表現される)という大事なテーマがあまり感じられなかったのですよね。

すずは、少女のまま純真でいたくて、異性として周作さんや水原さんに期待されることに違和感があって…というのがアニメーションの描き方。だから、のんさんの、妙に空っぽっぽい「まだ少女です」って感じの声入れは監督には絶賛されて脚本にはぴったりなのでしょう。逆に、原作に忠実に作られていると思い込んでいた私には違和感があったんだと思います。

「日常が壊れていく描写が素晴らしい」というレビューも多いようですが、私にはおそらく上記の違和感があって、それをあまり感じられなかった。
というのは、上記の理由で、「芯のある大人のすずさんでも、気が付かないうちに蝕まれてしまった」という感触が薄かったから。ていうか、すずさんの本当に強いところが、アニメーションではあまり描かれていない感じ。
径子お姉さんが「あんたは全部まわりの言いなりで生きてきたんでしょうけど」と言ったとき、原作ファン(少なくとも私)は「そんなことない!!」と即答できるのですが、おそらくアニメーションのみの人は「そうだよなあ…」と思ったのでは。
「これからも呉で生きていく。私が選んだ場所だから」と言う主旨の台詞があります。これは嫁いだ後の過程を経て「そうなった」のではなく、「最初から当然そう思っていた」んですよ、たぶん。原作ではそういう子だと思います。

※だからすずさんが「広島に帰る」と言うのは、「周りの言いなりで嫁いできて、我慢してたけどもう限界だから帰る」わけではないのですよね。

※すずさんが空襲を受けている最中に「帰る」と言うシーン、原作では、アニメーションでは出てきていないモノローグがあります。かなり大事なので、ぜひ原作で確かめてください。

徹底的に調査する真摯さ

私は戦史や呉に詳しくないので、アニメーションの随所に出てくる史実がどこまで忠実に描かれているのかとか、あまり分かりません。
が、パンフレットや、大人たちのレビューを見聞きする限り、かなり本気で取材や調査をしているらしい。

いやー、敬意も込めて、映画のパンフレットなんて買ったの、たぶん12年?ぶりくらいです。

商業目的で作った映像作品とは、そりゃあ違った厚みや凄みが出ますよね。
ちゃんと作品の血肉になって現れていると思います。

それから日常描写が非常に多く、「戦況」をわざわざエピソードとして描くということはほぼなかった点、印象的でした。
(原作も全体としては「日常」や「生活」を軸としているのですが、エピソードとしてではなくヒント的に付与情報が沢山あったイメージです。紙面だからできることだと思います。)

たしかにその時代そこに暮らしていたら、何々師団がどこどこ海で何隻沈んだかとか、そういうのはどうしても現実感がなく、そしてどことなく「真剣に聞いてもあまり意味がない」という戦時後期の雰囲気の中で、具体的な戦況を真剣に追っていた人はいたのでしょうか。
「疑っていたわけではないけど、何を聞くにつけ精神論を振りかざすとともに、大きな成果を上げたとばかり謳うだけの大本営」
「必至に生きているのに、どんどん悪化していく生活、そしていなくなっていく大切な人たち」
という状況で、軍戦略部でもない一般主婦が戦況など事細かに追いかけるか。。。と言われたら、しないんじゃないかなぁと。

なんてことまで考えて作られたのかは分かりませんがね。

パンフレットにはロケ地の情報なども載っているので、今度呉や広島に行ったら、ぜひ寄れるところはよりたいなと思います。

小話(リンさんの描写)

リンさんの茶碗のくだりは、流石に省かれてました。
まあ尺の問題もあるでしょうから。
でも、リンさん、結構重要な役どころだから、茶碗の下りはともかく、せめてもう少し「友だちになる」過程を入れてほしかったかなぁ。

すずさんが「友だちもできた」と言う大事なシーンがあり、口紅を塗るシーンもしっかりあるのですが、その口紅は誰からもらったのか、「友だち」とは誰なのか、そして空襲のとき周作さんに「無事を確かめに行ってほしい」という主旨の台詞を口走るのも、映像派にはなんのことやらです。

まあ、そこは原作読んで補完してねという「あえて」の演出だとは思います。

ということで、ぜひ原作を。私はやっぱり、どちらかと聞かれたら原作派です。

はぁ〜、周作さん、イケメン。

原作漫画はこちら↓