葉真中 顕 / 絶叫

2019-09-12social 社会, novel 小説

レビュアー大賞に応募してみたくて。
他の課題図書がふわふわしたものが多そうだったので、こちらにしました。
ミステリやサスペンスは全然読まないジャンルなのでかなり新鮮。たまに読むとすごくいいね。

フィクションという名の「リアル」

「鈴木陽子」という平凡な女性が、壮絶な半生を送って最後には…というお話。
ちょうど日本が「父がサラリーマンとして働き、母が家で家事育児をし、持ち家と車を持つ暮らしが最も理想的である」と謳ってきた世代のど真ん中を生きる鈴木一家。
現在40歳~60歳くらいの、ちょうど働き盛りのときにバブル前後を生きていた方、そしてそういう人達の「子ども」には、これはまったくフィクションではない。
私は「子ども」にあたる世代なので、全然フィクションを読んでいる気がしなく、最後まで胃の裏側にくっついたままのような薄ら寒さが無くならなかった。
陽子が幼少期、両親のやりとりをみて「寒い!寒い!」と言う場面があるのですが、本当に「寒い」のです。

ちなみに中盤、「タラレバ娘」とか「いつかティファニーで朝食を」に感じる、独身女性ならではの薄ら寒さも同時に感じていました。

そしてこれを読み終えて少し時間をおいて、私は、父が「私が新卒でもないのに東京に出て一人暮らしして働くこと、に大反対した理由」を、いままでよりもっと明瞭に理解することができてしまった。
自分で反対される理由を作ってしまったという自覚もあったし、いろいろな意味でリスクが高いという理屈はわかってた。リスクを書き出して咀嚼した上で、それでも、と覚悟して選択したんだから、当然だ。
でも、なぜそんなに狂気的に反対するのかはいまいち理解していなかった。

父は、このままだと私を「鈴木陽子になるに違いない」と、本当に思っていた。 たぶん、仕事柄、「鈴木陽子」を本当にたくさん見聞きしてきたんだと思う。
だから、多少時代が違うくらいで「娘は大丈夫」なんて思えなかった。

そういうことだったのか。

構成と小ネタ

構成は「3軸」。

・「ある事件」の軸。
容疑者や関係者へのインタビューが口語で書かれる。

・「綾乃が女性の死の真相を追う」軸。
最も現在に近く、綾乃が事件の真相に迫っていく「本筋」。

・「陽子」の軸。
陽子の半生を、子供時代から、陽子視点で書く。ただし「あなた」という呼びかけで語られる。


この時間軸の違う3軸がサンドイッチで進んでいきます。

ありがちなサンドイッチ構成ですが、「事件の真相を追う」軸と、その渦中の人物(陽子)の半生を描く、というのは、後半の「答え合わせ」に向けてグイグイ読ませるいい展開です。
途中まで「ある事件」の軸は関連性があまり分からなくて小休止的な雰囲気なのですが、これがちゃんと最後の「答え合わせ」にむけて大事なヒントになってくれる。

そして「あなた」という語り口調。
これ、まさに鈴木陽子あるいはその親世代を生きてきた読者に対して、「あなた自身のリアルでもある」ということを印象づけるための表現だと思って読んでいましたが、最後の最後にその「本当の理由」が。
もちろん、「鈴木陽子」を明らかにその世代の象徴として描いているので、「あなた自身のリアル」を印象づける、というのもおそらく正解。「よくある名字」に、「その次代に最も多く名づけられた陽子」をくっつけてる時点で、明らかですよね。
でも最後は、「それだけじゃなかったか!」と、一本取られた気分に。

そして、「伏線の描き方」が独特で面白かったです。
特徴的な、そこだけ妙にリアルっぽくないネタで伏線を用意するので、「伏線でーす!!!」っていう感じがヒシヒシと伝わってくるんだけど、あとで伏線回収されたときに、「え!!そうやって回収するの!?!」とちょっとびっくりする感じ。笑

この「伏線の書き方」で、一番、「おいおいw」と思ってしまったのは、やっぱり最後ですかね。

でもこの「最後の伏線回収」は、「一九八四 」年の「希望の書き方」と似ていて、嫌いじゃないです。

その他もろもろ

さて、色んな意味で記憶に残る面白い本でしたが、色々と思うところを追記。

「そのリアル」は「ちょっと古い」。
ただし、「その次代に生きてきた人のリアル」である。

まさに、私が父に反対された理由と、それでも私が反対を振り切った理由がこれ。
この本を読んで「そうかそうか、世の中って怖いし理不尽なんだな。こんな怖いことがあるんだな。父の言っていた通りだった。」と思ったとしたら、正直、鈴木陽子と同じくらい「何も考えてませんでした!」というのと同じだと思います。

世代的に「親以上世代の贖罪」という時代に生きてきたのでそもそも社会をあまり信用していません。
情報にも溢れているし、私個人で言えば、両親に限らず素敵な人に出会えて色々なことを学ばせていただいたり、恵まれた環境に居る自覚があるので、「鈴木陽子」にはならない。
また、現代で「鈴木陽子的な社会の犠牲者」的な人がいるとしたら、流石にもう少し内容が違うのでは、と思います。

でも、うちの父にとっては、人生を駆け抜けてきた世代がこの本と全く同じなので、「鈴木陽子」が最もリアルなのでしょう。

いまだに「実権を握っているのは戦時(戦後)世代」。その意味では、先輩方の「リアル」を知る、というとても良い勉強になるんじゃないかな、と思います。


綾乃、おまえはもう少し成長しろ。
綾乃は陽子絡みの事件を追っていた刑事で、読者とともに物語を解明していくオイシイ立場。
なのですが、この綾乃、最後まであまり成長しません。

これがね、最後にスッキリしきれなかった理由の一つかも。溜飲下がりきらなかったというか。

作品の展開として、綾乃が、少しずつ明らかになっていく陽子の人生に、似たような感情や悩みを感じて共感したり、なんだか気になってしまう、と、読者のアバター的役割を担うのはとてもいい。
が、それでドロドロ自分が嫌になって・・・・・・・でも、特にそれは回収されない。(と、私は思った。)

陽子の最後の選択に、なにか感じた風で終わりましたが、えっ?それで終わりですか・・・という感じ。
まあ、それは綾乃と一緒に陽子に自身を投影してきた読者自身が考えるところです、というメッセージとも言えるかもしれませんが、それにしては「綾乃の悩み」を結構深掘りしたんですよね。



というわけで、なかなか考えさせられる、いいミステリでした!