阿部和重✕伊坂幸太郎 / キャプテンサンダーボルト

2019-09-12novel 小説

キャプテンサンダーボルト 上 (文春文庫)キャプテンサンダーボルト 下 (文春文庫)
爽快感のあるエンタメに浸りたくて。


文字通りの爽快エンタメ

真面目な井ノ原と、いつも軽いノリの相葉。
小学生時代の友人である二人は、一見反対にも見えるだが、ウマが合ういいコンビだった。
疎遠になっていたが大人になってからひょんなことで再会し、とんでもないことに巻き込まれていく。
そして世界を巻き込んだ一大事に向かっていくことになる。

…というのが大体のあらすじ。

この「一見反対にも見えるがとても良いコンビ」の冒険活劇という王道を、ビッグな二人が「さすが」なエンタメで仕上げてます。

この作品、いろいろな男子向け要素(ゴレンジャー、野球、映画、車、バディ)がてんこ盛りになっていて、きっとわくわく半端ないと思います。

と、書いていて気付いたけど、でもいうほどワクワク感MAX!という感じでもなかったなーと思ってるのは、私が女子だからかもしれません(笑)


そういうワクワク要素がちゃんと絡み合いつつ、最終的に「おれたちで世界を救おうぜ(文庫版オビより)」的な展開になっていくわけで、そのへんのプロットは本当にすごい。

上巻は「伏線をばらまく」展開が続いたので、「続きを早く読みたい!」と思うことはほとんどなかったのですが、しかし上巻の終盤からは夜更かししていっきに読んでしまいました。
いやー流石です。

物語の軸となる「村上病」の謎の一面については、かなり序盤から読者は正解を推察することができるのですが、その正解を前提とすると矛盾が起きるようなエピソードが混じっているため、なかなか最後まで「そういうことか」は訪れません。
おふたりの小説や、ミステリに慣れてる人なら意外と簡単かも。

それでも、主人公二人や、物語を動かしてくれるキーマンである桃沢瞳、そしてカーリー犬のポンセの四人を中心とした急展開の連続と、彼らの掛け合いが爽快。
キャラが活きてるとそれだけでいい作品になるよね。

ポンセについては、「さすが、なかなかミステリで不確定要素が強い犬を入れ込むって素人では思いつかないよな~」とか思っていたのですが、ダ・ヴィンチニュースでのインタビューで「ポンセ」は実はあとから足されたキャラクターだと分かり、ついでに「女性は距離を感じる」についても、「ははぁ」という感じ。
原稿もかなり進んでいた段階で、女性読者は距離を感じるんじゃないか、って議題が出てきて(笑)。(中略)その結果、女性読者を掴むために犬を出したんです。

残念ながらポンセがいてもいなくても、「男の子がワクワクするもののオンパレード」に関しては距離、、というか同じテンションでのワクワクはできかったですけどもねw


さらには、この作品が二人の人間が書いたものである、というのは、これもまたスゴイなと。
後書きによれば、パートを分けて書いた合作的なものではなく、どちらかが分担して書いた原稿をお互いかなりチェック&修正を繰り返して、「二人で一つのものを書いた」もののようです。
例えばパートによってどうも読み心地が違うとか、リズムが不規則で気持ち悪いとか、「書き手が二人居る」ことによる違和感は全くなかったので、後書きを読みながら、これはすごいと。
インタビューを読んでいても、本人たちがお互い敬意を払いつつもかなり楽しんで書いていた様子。
いやーいいですね。そういうのって作品にもにじみ出る。


この作品がもつ「苦み」

ところがこの作品、爽快なミステリエンタメだということと同じくらい、「大人になって感じる、自分自身や人生についての後悔や切なさ」が全編で出てくる。
ただの「めっちゃ面白かったー!」なだけでは終わらない。

当然、物語的には最終的には良い感じにおさまるので後味はとても良いのですが、こう…大人の感じる切なさって、何か特定の問題が解決したら全部スッキリ!みたいな話ではないですよね。

最終的には正義感あふれるかつてのコンビが、映画の中のヒーローさながらに奮闘して世界を救う、というあらすじではあるのですが、まさに「そういう展開」になるのは実はかなり終盤であり、それまでは「誰かを救うために自発的に行動した」というわけではなく、「金に困ってヤバイことに巻き込まれ続ける」という流れになっているのです。
なので、「そうまでしてでも金が欲しい」という理由付けである「借金」とかその周辺の諸々が何度も強調されることになってる。

そんなわけで、苦味もある作品になってます。


・・・ここからは細々としたツッコミです。

さてヒロインでもある桃沢瞳は「父の仇」的なプラス側の動機がはっきりしており、むしろ彼女の精神のほうがヒーローじみてます。よく考えると。最後に焚き付けたのも彼女だし。

正直、ヒーローものという視点で見るなら、もう少し中盤から「ここまで来たら何が起こっているのか俺たちで突き止めてやろう」くらい言わせても良かった気もするのですがね。
まあ、作品の中では2日間か3日間の間の出来事なので、そう考えれば、考える間もなく次々に巻き込まれていって…という感じで間違いないのかもしれませんが。
このへんは、妙にリアリティがあるというか、「普通の人である読者の発想に沿いすぎ」な気もします。
「普通の人間はこんなところでそんなとんでもない発想にならない」から、理由をつけて巻き込ませるわけだけど、これが少年漫画であれば「リアルな世界での僕らには到底おもいつけない発想で立ち向かっていく」、でも、「だからこそヒーロー」なわけですから。
もうちょっとだけヒーローしてほしかったかな。



それから2つ。

一番の敵である「銀髪の怪人」は、ちょっとメインの敵にするには感情がなさすぎる&強すぎるのが、作品の抑揚を少なくしてしまった感があります。
大ボスとしてはぴったりな気がしますが、結構序盤からこの得体の知れない怪人に直接追われるという状態になるので、基本「向き合おうとする余地がなく、とにかく逃げる」という消極的な対処になってしまうという。
これがまだ、大ボスが出てくるまでは「ヒトなんてシネシネシネーー!!」とか言いながら連射銃ぶっ放す、ある意味人間味あふれる中ボスキャラが終盤まで引っ張ってくれていたら、もう少しエンタメとしては読みやすかったかも。そこまで極端なキャラじゃなくても、せめて話ができるタイプの敵さんであればもう少しね…。
「銃で撃たれてたら終わってたな」という下りがありますけど、初っ端から拳銃使ってくるキャラってことにしておけば、それなりに対処も考えられるはずですしね。

それから「世界同時多発テロ」。
これはね、、、ちょっとやりすぎ感w
まあ、敵さんが世界規模で人類粛清を目論んでいる、とここだけは妙にフィクションな感じなので、それを物語として形にしようとすると、世界同時多発テロ、ということになるのでしょうが、ぶっちゃけこれはストーリーにほとんど関係してなかったので、えーその下りいる?とちょっと思っちゃいました。
小学校の同級生が実は海外にいて、そこでなんとそのテロ組織とやり合うことになっていて、とかいう接続があれば大分話は違った気がしますが、「ニュースで見た」に終始してしまいましたからね。。

死神博士に関しては一体何だったんだという感じですしw
(伏線ここで回収するのかー!と思ったら見事にスルーしてその後何も回収されなかったw)



というわけでツッコミどころもありますが、それも含めて楽しい作品。w

先に書いたように、作者たちが「少年漫画」的な、読者を置き去りにした安直なヒーロー像を書かない人たちですから、妙なリアリティを持って、主人公たちと「一緒に冒険」できます。

で、仕掛けはさすが、複雑に広げてあって最後に収束させるという爽快感があるので、ネットでもぱらぱら見かけるように、映画にするにもすごくいい台本になるなと思います。

伊坂幸太郎も阿部和重も、実は活字を読むのははじめてだったのですが、特に阿部さんに関しては、いわゆる「間で読ます」作家さんじゃないんですね。するする進んでいくのですごく読みやすかったです。
伊坂幸太郎は映画「ゴールデンスランバー」を見ていて、「この脚本(原作)書いた人スゴイな」と素直に思っていた人なので、さすがだなーと。

映画化に期待!