内藤 正典 / イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北
イスラム周辺の理解入門書として購入。イスラム圏の文化や政治に関してはほぼ無知なので、事前知識がなくとも分かりやすく、そして偏りが少ないものを探してました。
地名や組織名など、知らないとスーッと読めない箇所も少しありましたが、全体的に読みやすく良書です。
短絡的なイスラムフォビアは事態を好転させない
何事にも言えることと思いますがとにかく、「相手のことを知ろうともしないで、自分に都合が悪いから糾弾するというのは、解決をもたらさない」ということを強く感じました。こうやって書くと本当に当たり前のように見えるわけですが、ここに、「もし同胞を殺されても」とつくと、感情が先に来て途端に「正当防衛」「危険なので排除」となってしまうわけですね。
というのが、一般人の感情かなあと思います。
殺人なんてどこにも正当性はなく許せないと思うけど、長期的に互いの(ひいては自らの)安全や幸せを確保するには、頑張ってできるだけ先入観を排除し、「相手のことを知ろうと」することはものすごく重要なんじゃないかと感じました。
第一章は概要、
第二章はイスラム文化への理解を促す内容、
第三章はそれぞれの国や組織同士のあれこれを細かく見ていく内容、
第四章は作者の個人的な意見が強く出た、日本のこれからについて。
それぞれの章で印象深いのは次の通り。
予備知識
と、そのまえにまず、頭の中に西アジアとされる国の並びがあったほうがよいです。トルコ | シリア | [レバノン/パレスチナ/イスラエル/ヨルダン] | →
エジプト | サウジアラビア | イラク | イラン | アフガニスタン | パキスタン | (インド)
個人的な理解を促す、重要な政権名や組織名を足しておきます。
※自信がないので間違ってたら後で追記・修正するやも。
トルコ エルドアン政権(親イスラム)(現行) NATO加盟国
シリア アサド政権(2代目 親イスラム)(現行) アラブの春で内戦
[レバノン/パレスチナ/イスラエル/ヨルダン]
エジプト ムルシー政権(2012年初の民主的投票による親イスラム政権 → 2013年軍クーデタにより終了)
サウジアラビア 王族国家(クルアーンが実質憲法)
イラク サダム・フセイン政権(共産主義 反イスラム的 対イラン戦でクウェートを侵攻 → アメリカの介入により2003年終了)
イラン 親西欧路線の政権が1979年イラン・イスラム革命により終了 → シーア派イスラム政権(イスラム国にとってはもとより敵)
アフガニスタン 1979年のソ連進行、撤退以降、混沌を正そうと誕生したタリバン政権(親イスラム アルカイダを匿う → 連合軍の介入により親米政権へ)
パキスタン アフガニスタンに親パキスタン勢力を育てたく、ソ連介入後にムジャーヒディーン育成を支援
第一章:国同士の争いではない
予備知識にざっと目を通しただけでも、中東と一口に言ってもいろいろですね。ここに、ヨーロッパの大国とロシア、アメリカが絡んでくるわけで…というかむしろそれらの国に中東が翻弄されてきた、という方が的を射ているかもしれません。
ポイントとなる箇所をピック。
まずは主題。
これは序章に出てきます。
最後まで読むと、序章にポイントが集約している事がよくわかります。
イスラム国の前進ISISは、2013年ごろ、シリア東部を中心に反アサド勢力の一つとして活動していました。
そして2014年春以降シリア側から国境を超えてイラク北部の歳を急速に制圧し、六月末にはイスラム国の建国を宣言したのです。
これは1916年のサイクス=ピコ協定で英仏によって中東に引かれた国境線に基づく今の国々を無視するというもので、領域国民国家体制への挑戦へほかなりませんでした。そもそも国同士の戦いではない、というのが結構重要です。
また、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国には、イスラムのスンナ派の国が多いのですが、こちらは別の意味でイスラム国を恐れていました。
領域国民国家を否定し、神の聖法であるイスラム法(シャリーア)というものを基礎として国を造るのだと主張するイスラム国に対して、今、現実にあるアラビア半島の国々は、一見、イスラムを軸に国造りをしたように見えますが、実態としてはイスラムに反することをいくらでもしていました。ここがわかりにくいところです。
そもそもその辺りがイスラムのスンナ派の国々ばかりなのだとしたら、スンナ派イスラム主義国をつくろうとしているISISと、中東の国々は手を取り合ってアメリカに敵対してもおかしくなさそうなのに、実際にはそんな単純な構造にはなっていません。
続いて第一章から。
彼らは、ムジャーヒディーンがソ連軍や共産主義のアフガニスタン政府と戦っていたときに、アラブ世界から助っ人にやってきた戦士の一部でした。
9・11の容疑をかけられたビン・ラディンたちは、かつて一緒に戦ったタリバンの庇護の下にありました。タリバンは多くがパシュトゥン人ですが、彼らは日本的な意味での仁義を非常に重んじます。とりわけ、一度世話になった人間が窮地に追い込まれて助けを求めてきたら、絶対に彼らを保護し、最後の最後まで面倒を見ようとするのです。タリバン政府がアルカイダをかくまっていたわけですが、その理由は、何か政治的な目論見とかではなく、ここでは「仁義だから」と説明されています。
アメリカは当時、9・11のテロを起こしたアルカイダをかくまっているからタリバン政権を攻撃することは正当だと主張しました。…(中略)…現在の世界は主権国家から成り立っています。その一つを気に入らないからと言って、その国の主権を認めず、突然軍事力で破壊するというなら、主権国家体制を否定することになります。主権を認めるということは、つまり「方の裁きを受けさせる」ことなのでしょうか。
ともかく、「やられたので盛大にやり返す」論理には違いないようです。
現在はアメリカの支援を受けてたカルザイ政権となっているようですが、政治的腐敗やタリバンとの抗争など、安定はしていないようです。
2003年のイラク戦争についても、筆者いわく、「水と油で、つながりようがない」という、社会主義で「イスラムの敵」ともいえるフセイン政権がアルカイダと繋がっているとか、大量破壊兵器を保持しているとかで戦争を仕掛けられる、、
ムスリムが守っている規範は、私たちの法観念とは違います。
欧米の一般的な法律は人が作ったものですから、年月を経れば善悪の基準さえ変わります。しかし、
ムスリムにとっての道徳や法は、今から1400年前、預言者ムハンマドに神(アッラー)の言葉(啓示)が降ったときに人間に与えられたもの。つまり
神が作ったものですから、変わらなくて当然という考えなのです。
これを「遅れている、古臭い」と非難するのは、人間の行動規範や社会のあり方は時代の変化とともに変わるものだとする西洋の考え方です。!!
なるほど、「遅れている」と考える事自体が、「西洋の考え方」。
これはちょっと新しい視点でした。
後々の章でも出てきますが、西洋風の「自由」とは、いわば公平性をものすごく高めるので、あとは個人の責任でやっていきましょう、→ そしてそれこそが最先端であります というのに近いです。
余談ですがビジネス啓発系の話でもこういう議論は結構あると思っていて、
基本的にアメリカ等から入ってくる概念は、「究極的に自由であること」をすごく奨励する感じがします。
なんとなく自分も「これからの未来も、自分も、そうでなくては」と思ってしまっていますが、「それ自体が西洋的な考え方であって、絶対的な思想ではない」ことも冷静に捉えられるとよいなと感じました。
そして、トルコが如何にイスラムに対して理解を持った上で、出来る限り軍事力介入を避けて交渉を続けてきたかについて書いてあります。
現在(2015/08)はトルコは軍を動かしてしまっているということで、そこにもかなりいろいろな事情とネゴシエーションがあったのでしょうが、とりあえずそれは後ほどキャッチアップ。
拘束された東南アジア出身の労働者が、イスラム圏での共通のあいさつ「アッサラーム・アライクム(あなたの上に平安がありますように)」を口にしただけで解放されたと伝えられています。これは小ネタですね。
入信の文句を言うだけでもいきなり殺される確率は減るだろうとのこと。
イスラムでは他人が信仰をはかることができない(そういうのは神にしかできない)ということらしい。
第二章:イスラムへの誤解
第二章では、ちょっとイスラムについて誤解が多いんじゃない?という内容。色々と例を挙げて、「ムスリム=過激な宗教」という短絡的な誤解を解いていきます。
ちなみに予備知識のところで、パレスチナ、イスラエルを飛ばしたのは、ものすごくややこしいからです。
第二章ではP97あたりで、ガザの衝突は宗教戦争と言えるだろうか?という説明があります。
ざくっと言えば、ムスリムもユダヤ教徒もキリスト教徒もオスマン帝国でよろしくやっていたのだが、第一次世界大戦で再編があり、それをめぐって内部で衝突が勃発したのが発端。
イスラエルにあるパレスチナ自治区であるガザは、孤立状態にあったなかでイスラム主義組織のハマスに希望を託したとも言える。
このあたりはここだけではなかなか理解できないのでまとめてません。
つづいて、主にヨーロッパ諸国がムスリムに対してどう接してきたのかという話。
むしろ、イギリスには多くのムスリム移民がおり、彼らが長年にわたる疎外や差別に苦しんできたこと、その結果として、あってほしくないが暴力に出る可能性は否定できないことを話しました。ドイツイギリスでは孤立しやすく、差別に国を上げて否定的なはずのドイツはムスリムに対しては差別をし、個人としての自由にこだわるフランスは、結果的にムスリム差別を行ってしまっている。
そういった中で、二世や三世がムスリムやイスラム主義へアイデンティティを感じるようになったとしてもおかしくないのではないか。
ふ~む。もちろん、だからといって全員が過激なジハードを行うと言っているわけではなく、そういう人たちの一部が過激な行動に出ることだって否定できないだろう、という文体です。
西欧諸国だって好き好んで「差別!排斥!」とやっているわけではないのでしょうけれども、結果的にそうなってしまっていたのでは。
それから地味に大切なのは、
ムスリムが戦争に向いているかというなら、現在交戦中のイスラム国は別として実態としてはまったく向いていないと言えます。この次に税金に関する事が書かれてますが、個人的にこれに関しては実際にムスリムの友人でも作って対話をしないとしっくり来ない感じがしますね。
なぜなら彼らは預言者ムハンマドがそうであったように、その思考原理の原点にあるのは商人的性格だからです。
しかしそういう解釈もあるんでしょう。
いったんここまで。
















