ターリ シャーロット / 事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学(The Influential Mind)

2021-05-07psychology 心理学, social 社会

2020年のアメリカ大統領選挙は最後の最後まで接戦となりました。
きな臭い噂が蔓延する中、冷静かつ知的であったはずの知人が「不正選挙のバイデンが勝つと思っている人間はメディアに騙されていて哀れだ」というようなことを自信満々に言う。
その人はジャーナリストでもなく、仕事で英語を使うことすらなく、アメリカに住んだこともなく、アメリカに知人がいるなどの訳でもない。
司法や選挙に詳しい訳でも、政治やアメリカの情勢に詳しいわけでもなんでもない日本に住む一般市民。


ソースはわかる。YouTubeだ。

意見は様々で構わないが、どうして言い切ることができ、そしてそうでないと考える人間を蔑むような人になってしまったのか。

そんなとき、本書のタイトルに釣られて購入したのが本書です。

あなたが思うより人間は合理的ではない

著者はターリ・シャーロットという、認知神経科学の専門家で、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの教授。
金融業界やイスラエル空軍の経験などもあるらしく、TEDでその名を馳せたらしい。

本書は9節からなり、結びの9節(脳神経科学の話)以外は概ね「自分(や人間)は合理的に、かつ主体的に意思決定を下しているつもりでいるけれど、実はそうでもない」といったことを実験結果等を交えながら説明していく内容です。

個人的な感想としては「その問題、経済学で解決できます」などと内容が似ていて全体的に既視感があり、正直最後まであまり新鮮さを感じませんでした。

私が求めていたのは「SNSが」「なぜそれを助長したのか」という問のほうだったので、ちょっと肩透かし感。(なぜ助長したかについては推測がちらっと書かれているだけだった)


本書の特徴としては著者が神経科学者でもあるためかニューロン発火についての言及が少なくなく「工学技術等は発達しているが、脳は思っている以上に原始的な反応をする」と、簡単ではあるけれど脳の反応レベルで「そういうふうに出来ている」説明をしているところですかね。

本書のタイトル「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」の解としては、こう解釈しました。
他人と社会を形成することで生き残ってきた我々人類の脳は、言葉も話せないサルが集団でエサの在り処を共有したり危機を伝達しあって回避するなどと同じレベルの、原始的で動物的な反応をする。
その共有方法は「相手の感情や意見に同期する」「模倣する」などであり、人々は思っている以上に(動物的な意味で)互いに影響を与え合っている。言い換えると、人は思っているほど自分で考えてない。
なので、「人の意見を変えさせたい」なら、以降の「人間の脳の癖」をよく知った上でアプローチを考えてみてください。
本書の意図とは少し違うと思いますが、結局のところはトランプなどは
「自信満々で相手をひきつけ、可愛そうな一人の少女の話などをして感情を同期させ、分かりやすい敵を作りそれが脅威であると不安を煽り、自分こそが救世主だと救いを与え、それを担ぐよう行動を促す」という、いわばマルチや新興宗教勧誘とほとんど同じ「煽りの狂言芸」をしているということなのですよね。
そしてこの「煽りの狂言芸」は、すごく有効だということを改めて述べていると思います。

皮肉ですが、つまり「そんな狂言芸で人々を煽るなんて外道だ」と思ったとしても、結局それをしないと「煽られた人々」を引き戻すこともできないわけで、本書のような気付きから「煽られにくい人々」を地道に増やすか、脳の特性を活かして意識的に「対抗煽り芸」─── それがトランプのようにまさに劇場型でなかったとしても ───をするしかないということなんですよね。


ということで、以下はざっと読み直してポイントっぽいなと思ったところを拾った羅列です。

1,事実で人を説得できるか?

情報や論理を優先したアプローチは、意欲、恐怖、希望、欲望など、私たち人間の中核にあるものを蔑ろにしている。

新しいデータを提供すると、相手は自分の先入観(「事前の信念」と呼ばれる)を裏付ける証拠なら即座に受け入れ、反対の証拠は冷ややかな目で評価する。

ブーメラン効果:
自分の意見を否定するような情報を提供されると、私たちはまったく新しい反論を思いつき、さらに頑なになることもある。

豊富な情報が得られるようになると、人は自分の意見にもっと固執するようになる。なぜなら、自分の考えを裏付けるデータを簡単に見つけ出せるからだ。

確証バイアス:
自分の意見を裏付けるデータばかり求めてしまう傾向。

分析能力が高い人のほうが、そうでない人よりも情報を積極的に歪めやすい
認知能力が優れている人ほど、情報を合理化して都合の良いように解釈する能力も高くなり、ひいては自分の意見に合わせて巧みにデータを歪めてしまう。


事前の判断にそぐわないデータを受け取ったとき、(中略)脳が「シャットオフ」していることがわかった。
(新しいデータを見て事前の判断は誤っていたとわかったとき)脳の反応は低下したが、反対に自分の選択の正しさを裏づけたときは、脳の広域で活性化が認められた。


凝り固まった信念を払拭するのではなく、まったく新しい考えを植え付けようと試みた
MMRワクチンの副作用への不安を払拭しようとするよりも、子どもたちを重病から守るワクチンの力を強調する方が、予防接種に対する意識に変化が見られたのだ。元の考えを根絶やしにするのが難しいときは、新しい種をまくのが正解なのかもしれない。

共通の目的を見つける

2,ルナティックな計画を承認させるには?

脳が「一つになる」傾向が強くなるのは、映画の中で感情を掻き立てられる瞬間だった。
不安を感じたり、びっくりしたり、高揚したりする場面に遭遇したときの脳の反応は、皆とてもよく似ていた。
感情が脳の大部分を「ハイジャック」したためで、その乗っ取られ方は見分けがつかないほどそっくりなものだった。

人間が深く心を通わせたときに「波長が合う」と感じるのは、脳活動が同期した結果であり、「理解し合った末にカップリングが起こるのではない。カップリングは、互いを理解するために備わった神経基盤なのだ」

たった一人と向き合っているときでも、大勢に語りかけているときでも、聞き手の感情を誘発することが、アイデアを伝えたり見解を述べたりする際の助けになる。

影響を与え合う最も強力な方法の一つが、感情を用いることだ。
アイデアを共有するには時間と認知的な努力を要することが多いが、感情の共有には時間も手間もかからない。
アイデアを伝える最も効果的な方法の一つは、気持ちを共有することだ。


同僚、家族、友人、そして赤の他人までもが、あなたの状態を表情、声のトーン、態度、言葉使いの変化から速やかに感じる取る。
(中略)こうしたことは瞬時に起こり、考えを巡らせる暇はない。


感情の伝達の仕組み:
1 → 無意識の模倣(無意識のうちに相手の仕草などを真似てしまうことで自分も緊張状態になったりリラックスしたりする)
2 → 感情が刺激される

(これらはインターネット、特にSNSでも同様)

私達は常に相手と、そして周囲のすべての人々と互いに同期し合っているのだ。

会話する相手と脳や身体が似ている方が同期が起こりやすい。


3,快楽で動かし、恐怖で凍りつかせる

物質的な報酬や愛情、感謝、称賛、希望など、様々な刺激や出来事から得られる「快楽」またはポジティブな感情を、私達は繰り返し追い求める(接近)。
同様に、人間は肉体的・精神的「苦痛」を回避するようにできている(回避)。


行動を導くことに関していえば、即時の報酬は、将来の罰よりも有効なことが多い。

人間は生物学的にも、良いことを期待すると行動を起こしやすくなるように作られている。

ゴー反応:
何か素敵なものが得られそうな可能性に直面したとき、わたしたちの脳は一連の生物学的事象を引き起こし、それによって素早い行動が促進される。

ノー・ゴー反応:
何か悪いことを予測したとき、私たちは直感的にあとずさりする。



行動させたい場合は、「ポジティブな結果」の方を強調する(ゴー反応を引き起こす)
行動させたくない場合は、「恐怖や不安」の方を強調する(ノー・ゴー反応を引き起こす)咄嗟のすくみ反応

 + 「即時性」

側坐核という報酬信号を送る脳の領域では、将来のいつか受けられる報酬よりも、今すぐ受けられる報酬について考えているときの方が、大きな信号が生成される。

だから、不確かな未来の「かもしれない」重大な損失で脅すよりも、ささやかでも確かな報酬をただちに与える方が効果的なこともある


4,権限を与えて人を動かす

日頃怖がっているものは、現在の実際の主な死亡原因とはぜんぜん違う(なぜ死亡確率が高い方ではない方を怖がるのだろうか?)
 → 「それらが本当に危険だった時代のなごりなのかもしれない。」
 → コントロール可能なものよりは不可能なもののほうが恐ろしく思える
   (野生動物、雷、動きが制限されるような狭い場所──これらはすべて、サイクリング、銃器の所持、セルフメディケーション(自主服薬)のように自分の管理化にあると認識されている行為よりも、大きな不安を引き起こる。

他人に影響を与えるためには、(相手を)コントロールしたいという衝動を押さえ込み、相手が主体性を必要としているのを理解することだ。
人は自分の主体性が失われると思ったら抵抗するし、主体性が強まると考えたら、その経験を受け入れ報酬とみなすものだからだ。


自分自身で選択したものは、押し付けられたものより好みやニーズに合っており満足度が高い事が多い
 → その経験を繰り返すことにより選択と報酬の関係が堅固になり、選択そのものが報酬になった


選択肢が多すぎると、圧倒されてなにも選べなくなることもある
 → 選択肢をジャンル分けしてまずはジャンルから選ばせる、など選択の樹形図を作る手もある



コントロールを手放さないことでお金を失うかもしれないとわかっていても、心理的利益のためにあえてそうしたようにも見える。
彼らの費用便益分析は冷静な損得計算ではなく、むしろ感情的な利益を考慮にいれたものだった。


その他のすべての条件が同じなら、自分がコントロールしていると思っている癌患者の方が長生きするし、心疾患のリスクの低さもコントロール感の高さと関係している。

少しばかりの責任を与え、選択肢があることを思い出させるだけで、人の幸福度は高まるのだ。

人々に責任や選択肢を与えるだけでは十分ではないかもしれない。
言い換えれば、大切なのは認識であり、客観的事実ではない。
他人に何かを重視させたいときは、自分が関与したと感じさせることが必要なのだ。



5,相手が本当に知りたがっていること

不確実であることの不快感を減らしたいからだ。情報不足は人を不安にさせる。
たとえその情報をうまく利用できないとしても(略)。結果を早く知ることに具体的なメリットはなくても。


サルの脳が情報それ自体を報酬として捉えていることが明らかになった。
セックスやプラムパイのように実体のあるご褒美に対する電気信号も、単なる情報に対する電気信号も、脳内ではまったく同じに見えるというわけだ。

心地良い信念を形成してくれる情報で心を満たし、不快な考えをもたらす情報を避けようとする。

ある種のニューロンは情報そのものを評価し、別のニューロンは人を気持ちよくさせるような知識に価値を見出すようだ。

知ることの利点は、不確実なことへの不安を減少できるかもしれない点にあるが、知識の代償は、自分が信じたいことを信じる選択肢を失うことである。

他のすべての条件が同じなら、人は気分を害するネガティブな知らせを無視し、気分を良くするポジティブな知らせを求める傾向にあるのだ。
(しかし)
事態が明らかに誤った方向へ進み、ほんのわずかな希望をもつことも事実上不可能になったとき、私たちはようやく被害を見極め、一刻も早く立て直そうとするのである。



6,ストレスは判断にどんな影響を与えるか?

著者は9.11の三日後にマンハッタンを歩いているとき、突然走り出す男につられて(なにが起きたのかわからないまま)何人もがそれにつられて走るという現象を体験した(著者も走った)。
ミサイルの驚異に日常的にさらされているパレスチナ自治区のとある学校で、ある少女の(原因不明の)呼吸困難が一千人規模の集団ヒステリーを引き起こした。

ストレス下ではリラックスしているときよりずっとネガティブな情報を取り入れる傾向が強いということだった。
つまりストレスが強いほど、予期せぬ悪い知らせを聞いて自分の見解を変える傾向が強まったのだ。


ストレスを受けると、私たちは危機感知に固執するようになり、うまく行かない可能性に目を向ける。
それによって極度に悲観的な見解が生まれ、結果として過度に保守的になってしまう。

危険を冒すためには、それが効果を生む可能性を思い描く必要があり、選択肢の一つに「勝利」があることを信じなくてはならない。
ところが先に触れたように、いったん驚異を感じると人は否定的な面に着目するようになり、起こり得る問題ばかり考える傾向がある。
その結果、リスクを冒すことの方が実際は優れたアプローチである場合でさえ、無難な行動を取る決断を下してしまう。


7,赤ちゃんはスマホがお好き

人は幼児期からすでに他人のことを無意識的に模倣したり、他人が「何をしたらどうなった」を注視して行動に反映している。
自分が思っている以上に自分は個性的ではない(周囲に強く影響されている)し、他の人間もそうなので、他人の選択や行動を自らの手引にしようとするときは、注意が必要。
(相手がより良いものを知っているわけでもなく、相手の選択と結果が普遍的な論理による帰結ではない場合も大いにあるため)

集団の中においてたった一つの異なる意見が存在するだけで、他人に自主的な行動を取らせることができる。


8,「みんなの意見」は本当にすごい?

より多人数で下した選択の方が正しい(事実に近い)ことがある。
ただしそれは人々の意見が互いに「独立」している状態である必要がある
(より正確な体温を図るために、仕組みもメーカーも別々の体温計で2回測るというのはこれを指す)

しかし人間は社会的な生き物なので、独立した意見を引き出すのは不可能なことが多い。
(例えば「プランニングポーカー」や「全員、自分の意見を紙に書いて、それを見せ合いながら議論」のようなものは、この独立性を少しでも高めようという取組みと考えて良さそう)
自分ひとりであっても、日を空けて再考すると精度は高まる。


人は本来全く相関関係が無いどころか負の相関があるものでさえ、十分な人数に伝わったあとでは勝手に正の相関関係を構築(見出す)傾向がある。
どんなに小さな心のバイアスでも、人間を介するたびに雪だるま式に大きく強力になっていく。

ヒューリスティック:(それまでの経験からの直感のようなもので選択する)

他人の意見を引用したり、まとめたり、引き出そうとするとき、まず立ち止まることを忘れないこと。


9,影響力の未来

物理的に脳と脳をつなぐことで、片方の脳が学習したことを伝達したり、遠くの人間の腕を動かしたりなど「直接続」の実験もすすんできている。