今井むつみ / ことばの発達の謎を解く

2019-09-03お気に入り・おすすめ, クイック本(さくっと読める), interest 好奇心, psychology 心理学

発達心理学界隈で探していてポチった本。

正直あまり期待していなかったのですが、とても面白かった。


ことばが思考をつくる。

まずもって、ちゃんと「ご自身で実験」していることから、全編通して説得力があります。
そして、専門家でない人間に対して非常に分かりやすい文章で書かれていて、かなり読みやすいです。

赤ちゃんがいかにして言葉を理解し、使いこなすようになっていくのかを、実験結果を元に考察していく。

・幼児教育
・語学
・発達心理学

などの視点から学びがある良本。

あかちゃんがどうやってことばを学習していくのかという視点で進みます。「教育パパ・ママ向けの、生まれる前から英語やクラシックを聞かせるといいとか、ある実験の都合のいいところだけ切り取った、実際の効き目なんてよく分からんハウツー本」ではありません。
子供の能力のスゴさや学習の手助けのヒントが分かるだけでなく、大人が外国語を学ぶときのヒント、さらには、いかにことばというものが曖昧かつ流動的で、「それ」に自身の思考が左右されているかと考えさせられます。

以下、引用しつつ、自分の言葉でまとめていきます。

ところでこれね、まとめていて思ったけど、ものすごく「アルゴリズム」ちっくなんです。言語AIとか翻訳AIやってるエンジニアがやっている研究や、プログラムの流れとほとんど同じなのではないでしょうか。
エンジニアが「音声から意味を解読するソフトウェア作れ」と言われたら、こんな流れになるのでは?


生まれる前

音素のカテゴリーの発見
まずは、「単語」を見つけるために、「音を区切る」必要があります。

赤ちゃんがお母さんのおなかの中で学んでいる言語のリズムとイントネーションのパターンは、生まれた後に人の声を単語に区切っていくための、非常に大事な最初の手掛かりです。
絶え間ない音の流れの中から、「音の単位を発見する」

  ↓

音素のカテゴライズを見つける


母語かそうでないか、逆再生しているかしていないかがわかるし、すでに音素のカテゴライズが出来上がってしまっている大人と違い、「lとrの違い」とかも区別できる。

私たちは自分の母語で、単語の対比に使われる音素とそれに似た音素は確実に区別する一方、一つの音素の中のバリエーションの違いには注目せずに「同じ音」とみなすように仕組みが作り上げられています。


3ヶ月〜5ヶ月くらいまで

音素のカテゴリーが段々とできてきます。

子音:生後4ヶ月くらい
母音:生後6ヶ月位

そして実際に「単語」を見つけていきます。
どうやって見つけていくかというと…

「文の真ん中や終わりによく出てくる一音がある」と気付きやすい機能語(てにをはとか助詞的な、それだけでは意味を持たないもの)をまずは識別し、そこで単語を区切る。
(チガが出る→一文字だと単語と考えにくいから、チガで単語だと判断する)
そして区切ったものは、とりあえずすべての単語がモノの名前(名詞)だと思い込むようになってるらしい。

単語が分かるようになってきたら「意味」を覚えていくステージですが、この「意味」というのが曲者。


ことばが指す一つの特定の例だけからことばの「意味」を確定するのは、実は不可能。
≒その例から考えられる可能性がたくさんありすぎて、そのうちのどれがその単語の意味なのか決めることができないため(一般化の問題)。

まずは、「名詞」と思いこむこと。
そして、曖昧な意味合いで捉えるところから始まります。

さらに、チンパンジーでは得られない、言語を習得する上で大事なことを、人間は知らないうちに得ています。

「単にモノや動作と音のかたまりの結びつきを機械的に覚えるだけでは不十分」。

「すべてのモノや動作には名前がある」「モノや動作の名前一つ一つは音のかたまりで表される」「自分の伝えたいことは単語を組み合わせて表現することができる」というような基本的なことは(中略)言語を習得するためには(中略)理解しなければならない
ヘレン・ケラーが井戸水で「WATER」と綴られてビビッときてしまったのは、「これ」を理解したからなのではないかと推察されています。


1歳前後

母語での音素のカテゴリーがほぼ出来上がってきます。
(ということは、このころにはlとrの違いにあまり気付けなくなっているのかもしれませんね。)

生後9~10ヶ月くらいになると、音の区切りとしての単語の記憶のストックがだんだん増えてきて、「知ってる単語」で区切れるようになるので、どんどん「区切りやすさ」が向上していきます。

音としての単語がわかるようになってきたら、曲者の「意味」を理解していくフェーズです。

ことばが機能するためには、ことばを状況から(ある程度)切り離して使えることが大事。
「ことばには意味がある」と気づいた後に、さらに個別の単語の意味を覚えていくための、大事なステップです。
先に単語の「意味」は、とりあえず「曖昧な意味合いで捉える」と書きました。
はじめてことばを言ってから最初の数ヶ月の間、赤ちゃんは、最初に一つのモノに対応づけたことばを複数基準で他のモノに使います。
これは例えば、「おつきさま」という言葉を、三日月、満月、クロワッサン、丸い壁時計、半分に切ったグレープフルーツ、輪切りのレモン、ウシの角、さやえんどうなどを指してしまう、といったこと。
「おつきさま」という言葉は、「三日月かまるい形のもの、あるいは黄色いもの、あるいはぴかぴか光るモノ」と考える。

─── 大体合ってるじゃないか!?そしてとっても情緒的!!

と、私は思ってしまったのですが、ある単語の意味がこんなに「拡張」されていたら、会話しづらくてたまりませんね。

この「拡張判断」は、数ヶ月で修正されていくらしい。(すごいな。)


また、このころはあまりまともな「動詞」は使えませんが、そのかわり「オノマトペ」を多用します。

動詞が理解でき使えるようになるまで、大人もこどもに対して自然と使ってしまうオノマトペは、「動詞を使う」ことの練習にもなる。当然、抽象的な動詞を知らなくても意思疎通もできる。
いわゆる「幼児語」と呼ばれるやつですが、これが凄くて、ある動作を指して「動詞っぽいことば」で言ってもわからない(その動作だとわからない)のを、「オノマトペっぽいことば」で言うと(その動作を指しているのだということが)わかるのだそうです。


2歳~2歳半ごろ

二歳~2歳半くらいで名詞を1日10個単位で覚えてゆく「語彙爆発」の時期です。

この時期には、単語の意味を拡張して捉える、といった間違い自体が減ってきます。


ところで、言葉の意味をどう解釈しているのか、具体的な実験がいくつか載っています。
そして、「それは言語によって違うのか」といった実験も。
「日頃耳にしている母語によって思考が違ってくるのか」のヒントにもなる興味深い箇所です。


【名詞】
英語だと、名詞は名詞でも、固有名詞、可算名詞、不可算名詞を文法的にはっきり示すといった違いがある。
「a」がつくとか、「s」がつくとかつかないとか。それがヒントになるわけです。

This is Taro.(固有名詞)
Taro is a Dog.(可算名詞) ≒ カテゴリー(単数)の名前
Dogs are smart animals.(可算名詞) ≒ カテゴリー(複数)の名前
This is Milk.(不可算名詞)

でも日本語にはそういうヒントはない。

日本語で育つ二歳頃の子どもに実験をしたところ、「はじめて見るモノにはじめて聞く名前がつけられると、固有名詞ではなく普通名詞」と捉えるらしい。
では、その「カテゴリー」(似ているもの)はどう判断するのか?
さらに、「これと同じものを選んで」という実験では、最初に教えた「モノ」と、色々な「似ている」あるいは「似ていない」特徴のものを用意し、選んでもらう。

二歳児の子どもは(色や模様、材質ではなく)「形が似ている」ものを同じカテゴリーとみなす。
また、可算名詞か不可算名詞かというのも、二歳頃には判別できるようになっていて、形のないものの場合、「材質が同じ(似ている)」
ものを同じカテゴリーとみなす。

更にこの時期には、「テル」「テイル」「ナイ」「マス」などのパターンに気付いていて、「テイル」は動きの名前ということも分かってる。


3歳ごろ

名詞が分かるようになってきたら、次は動詞です。動詞もこれまた、曲者。
まだまだ「オノマトペ」を使う時期ですが、だんだんと動詞を理解していきます。

三歳では、「テル」などで終わる言葉が動作の名前だということはわかる。だけど、モノが変わると同じ動作だと思えない。
「はじめて聞く動詞を「この特定のモノでするこの動作」というように捉えているのです。」

あるいは、「似ている」から(単語を知らないから?)、「蹴る」ではなく「足でナゲル」と言ったり、「噛む」ではなく「唇でフム」と言う、といった間違いをします。

動詞もまた、名詞と同じように「状況と切り離す」ことが大事なわけですね。
(というのを、オノマトペは説明しなくても補完してしまうのだからスゴいよな。)


さらに日本語の動詞の難しさは、「主語を誰にするかによって使える動詞が違う」ということ。

しかも、日本語の場合、主語や目的語を省略することが多いので、カギになるのは「助詞」ということになります。


5歳ごろ

このころになると、あまり大人と遜色なく理解し、会話することができるのではないでしょうか。

はじめて聞く動詞を、モノが変わっても同じ動作に使えることができるし、「ウサギが○○テル」のは、目的語が省略されているだけかもしれないという可能性を理解していて、「ウサギ単体で何かしているほう」と「ウサギがクマに何かしているほう」のどちらか分からず回答は半々になるのだとか。
大人も半々。

ちなみに動詞と名詞で語尾が変わるなどの特徴のない中国語では、八歳ごろにならないと、新しく耳にした動詞を「動詞」だと分からない(まずは名詞だと思う)らしい。

日本語は省略が多いこともあるし、同士が複雑なので「日本人の子どもは、話し手がいいたいことは何かということを、文脈や状況の中から一生懸命探そうとするのではないか」と出てきます。状況理解してないと、正しい動詞も使えないしね。
これって「敬語の難しさ」の本質なのではないかなぁと思います。誰が誰にとって目上で目下で、主体は相手なのか自分なのかも分からないといけない。
英語でも丁寧なお願いは主語が相手になったりすると思いますが、日本は一昔前は親に対して敬語だったし、これを幼少期からやってると思うとすごいっすよね。(それが良いかどうかは別の話だけど。)


また「形容詞」や、その中でも相対的な特徴を表すもの(反対語や、前後左右など)は、5歳~8歳ごろで使えるようになっていくようです。会話の文脈や相対関係ががわかっていないと使えないのですから、確かに難しいですものね。



「言語が思考をつくる」ということ

さて、ここまでは名詞・動詞・形容詞といった視点で私なりにまとめてみました。

色々な単語を知ってはじめて、「システム」の全体像を掴み、正しく言語を扱えるようになる。だから、最初は上手く扱えなくて当然。
そもそも赤ちゃんは「システム」があることすら知らないけど、自然と見聞きしてそのシステムを学んでいきます。

そしてこれは外国語を学ぶときにも大事な視点となります。
本書を後半まで読んでいれば、いろいろな国での実験や例えが出てくるので、「単語の意味というのは、大人普段思っているような絶対的で簡単なものではないし、色々な類似単語や使い方を知っていて初めて正しく使えるようになる」と、読み手は理解できていると思います。
なので、日本語のある単語を和英辞書でひいて出てきた単語を、日本語の文字通りの意味合いでは使えない、というのは直ぐ納得できるでしょう。そして、システムそのものが違うから、日本語のシステムで考えてはいけないということも。


そして最終章では、言語が思考に影響を与えているということが述べられてます。
「数の概念」があるとないとでは、明らかに行動が変わってくる気がしますよね。その実験も出てきます。

そういえば先日、「正義」とか「平和」という言葉は昔の日本にはなくて、欧米から持ち込んだ概念であり、その概念こそが近代日本の根本的な思考に(悪)影響を与えた…といった主旨の文章を読みました。
それが「悪」かどうかはともかく、明治頃、欧米の単語にあたる日本語がなくて新しい単語を生み出した(あてた)という事実は周知の通りなので、やはり影響は少なからずあるのだと思います。

以前出会ったこんな記事も、似たようなことを言ってますね。
AIが翻訳してくれる時代に英語を学ぶ意義はあるか

私が(発達)言語学に興味を持ったのは、「あなたの人生の物語」で、言語学はヒトの思考や心理に強く影響を与えると思い、それについて知れば、もっと「ヒトの真理」について分かるかもと思ったからで、まさにそういう帰結になって非常にスッキリしています。

まとめも、言いたいこと全部言ってくれてほんとにいい感じです。

子育てをする予定の人、子育て中の人、外国語を勉強したい人、いろいろな人に非常におすすめです。
ものすごく読みやすいので、本当に色んな人におすすめしたい。